第20話 巫女さんと行く大渓谷の旅 その5
ハンググライダーで飛ばなければ辿り着けない秘境、摩天楼渓谷。
その秘境の奥に、さらに隠されたエリアがあるとサクヤは言う。
リンはミッドガルドの探索において初めて、ついに自分が所有するユニットへと騎乗した。
ライドしたのは巨大なスピノサウルスの背中。
女子中学生のリン、小さな魚人の【ネレイス】を乗せても、まるで問題なく水上を進む大型恐竜。
その隣りを行くのはソニアを乗せた【キラージョー】。
水に浮かべて泳がせることで、ようやくサメらしくなった。
飛行生物には乗れないというルールがあったはずだが、浮遊しているユニットを水に浸からせるだけで、なぜか乗れてしまうという謎仕様だ。
「ねえ、サクヤ先輩。どうして飛んでるユニットには乗れないの?」
リンは振り向きながら、ちゃっかりスピノサウルスに同乗している先輩へ声をかけた。
サクヤは船で遊覧しているかのようにくつろぎながら、持っていた扇子を広げて答える。
「そら、落っこちたら死んでまうからやろなぁ。
あとは、どこまでも高いところに上がれたら問題やから、この世界のお空に天井を付けなあかんようになるし。
何より便利すぎて、探索に連れていける3枠のうち1枠は飛行に固定されてまう。これが一番まずいんやろな」
「ん~、そんなにまずいかな……?」
「わたしも何となく分かるのです。
飛べるということは、世界がそれを受け入れた状態で創造されるということ。
つまりは飛ぶのが前提の仕様になって、飛べるユニットを持つことが必須になる。
それはこの虚ろなる世界、ラヴィアンローズが求める多様性に反してしまうのではないでしょうか」
「うっ……あたしは全然分かってなかったのに、小学生に的を射たこと言われちゃってる……!」
ユニットと一緒に大空を飛んだら気持ち良いはずなのだが、たしかに何千mも上空まで行けてしまうのはまずい。
険しい森や谷を簡単に飛び越え、あの危険な沼地でさえ、空中にいれば安全に探索できてしまうだろう。
そうなれば当然、それができるユニットと、そうでないユニットの間に無視できない格差が生じるのだ。
「あ~、そっか……
飛べる子を必ず持ってなくちゃいけないゲームだったら、今のあたしは全然ダメってことだね」
「あれ? リン殿は飛行ユニットを持っていないのです?」
「あはは……一応、ワイバーンちゃんとかトロピカルバードがいるけど、みんなちっちゃいからね~。
逆にソニアちゃんが持ってるのは、飛べる子ばっかりだよね」
言われたソニアは、きょとんとした顔で反応した後、サメの頭に止まっている【キジャク】を見つめた。
鳥なので当然ながらタイプは飛行、先ほど捕まえたワシの【スカイグリード】も同じく飛行タイプ。
さらには、彼女が乗っている【キラージョー】は飛行タイプとしても扱うことができる。
「たしかに偶然なのですが、我が軍勢は翼を持つユニットばかり。
これでは鳥を飼っているようなものですね」
「いいじゃない、鳥使い!
飛行使いっていうほうが、かっこいいのかな?
それとも、お姉ちゃんのクラウディアが陸の軍隊だから――空軍とか」
「空軍!!??」
大声で叫びながら、ソニアは急に立ち上がる。
頑丈な機械のサメは、その程度ではバランスを崩さなかったが、驚いた【キジャク】がバサバサと羽ばたく。
「空軍……な、なんという素晴らしい響き! これこそ我に与えられし天啓!
アカシックレコードの奇跡というべき宇宙最高のお姉さまは言いました。
私のことを追いかけていないで、自分らしさを磨きなさいと。
ああっ……そして、今! 我ここに答えを得たり!
第三帝国の大地をお姉さまが支配するならば!
片翼であるわたしは天を! この大空を支配せしめん!」
岩の柱がそびえ立つ摩天楼に、興奮しきったソニアの声が響く。
両手を大きく広げて空に突き上げ、キラキラと目を輝かせながら太陽の光を浴びる少女。
今ここに、飛行タイプ特化型のプレイヤーが誕生したのだ。
「(クラウディア、ごめん……なんか、あたしの発言で火に油を注いじゃったかも)」
「ええやん、飛行ユニット使い。
ちょうど今から向かう場所にもおるんやで、とびっきりの飛行モンスターが」
「なんと、誠でありますか!?」
「自分ら、まだ★2までしか会うてへんやろ?
この渓谷の主がおるんは、双子滝の向こうなんや。ほれ、見えてきたで」
「双子滝……あれかな? すっごい迫力だね~!」
スピノサウルスと機械のサメが並んで泳ぐ先に、ちょうど同じくらいの大きさの滝が流れ落ちていた。
左右から1本ずつ、水しぶきを上げながら流れる滝は、直下に白い霧を作り出すほどの水量だ。
双子滝の間を通って霧を抜けると、周囲を高い岩に囲まれた空間に出る。
隔絶された秘境において、さらに奥まったエリア。
ワニなどの危険なモンスターがいる水上を泳がなければ来られない、秘密の場所が広がっていた。
リンたちはユニットから降りて周囲を見回すが、そこには苔むした岩場が広がっているだけ。
今のところ危険なモンスターが現れるような気配はない。
「ここ……きれいだけど、何もないね」
「今はそう見えるだけや。もうとっくに気付かれとる。
自分ら、準備はええな?」
「了解、いつでも戦えるのです!」
少しずつ足を進め、岩場の中央へと歩いていく3人。
すると――周囲を囲んでいる岩の隙間から、ドライアイスの煙のような白い”もや”が降りてきた。
それはあっという間にエリア内へと広がり、雰囲気の良かった岩場は一転して不気味な暗がりへと塗り替えられていく。
谷の妖怪でも現れそうな、水辺の湿気と、ひんやりした空気。
やがて、リンは大気中にパチッと静電気が発生するのを感じた。
小さなスパークが断続的に生じ、それは電流へ、やがては稲妻のような電光放射へと規模を拡大。
激しい雷鳴は鳥のような姿へと収縮され、1体のモンスターを形成する。
Enemy―――――――――――――
【 オボロカヅチ 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃5100/HP7500
効果:このモンスターとバトルした瞬間、【タイプ:水棲】と【タイプ:飛行】のユニットは次の自ターン終了時まで攻撃と防御がゼロになり、さらに行動不能になる。
スタックバースト【朧雷鳴閃】:瞬間:このモンスターは1回の攻撃宣言で、相手のユニット全てに攻撃できる。
――――――――――――――――――
「ウルオオオオオオオーーーーッ!」
唸るように咆哮したのは、リンが見たこともない奇妙な姿をした★3レアモンスター。
実体がハッキリしているわけではなく、闇と雷光を固めて形にしたかのような、非生物的な肉体――
いや、それが肉体であるのかどうかも分からない、正体不明の存在であった。
この姿が『朧』という名の所以であり、稲妻の化身である『雷神』が続く。
名を現すかのように高圧電流をまとうのは、鋭利な刃にも見える4枚の翼。
頭部は無機質なイメージで大きな角が生え、中世の騎士が着込んでいる甲冑の兜に似ている。
その目にあたる部分に眼球はなく、青い光が燃えるように灯っているだけだった。
「か……かっこいいのですーーーーーー!!」
まるで雷の霊獣というべき、恐ろしくも美しいモンスター。
その姿は中二病の少女にとって、頭にドが付くほどストライクだったらしい。
ソニアは両手を握りしめながら、実体がおぼろげな雷神の姿を見上げる。
「あ、あのさ……ちょっと、能力がおかしくない?
スピノ親分じゃ、まともに戦わせてもらえないんですけど?」
「せやなぁ。実はここ、水棲や飛行しか連れて来んかったら、詰んでまう場所なんや」
「ウソでしょ!? なんで教えてくれなかったの?」
「アホか! 初心者に初見殺しのネタをばらすなんて、そんなんゲームに対する冒涜や!
ここは滝の間を泳いできた、なんも知らん者が『なんてこった~』いうて頭を抱える仕掛けなんやで?
そうなるように考えてくれた人の努力を無駄にしたらあかん!」
サクヤにはプレイヤーとしての矜持があるようだ。
彼女の言葉どおり、この場所には水棲ユニットに乗って来るしかない。
そして、水棲と飛行に対して凶悪な優位性を誇る★3モンスターが待ち受けており、プレイヤーは何もできないまま返り討ちにされるのだ。
実際、スピノサウルスでは何もできない。
いかに水神の加護を受けた攻防4300の王者だろうと、稲妻の化身に対して水は無力だ。
「ま、幸いにも戦えるユニットは1体だけおるし、今日はあの子が主役やろ?
ウチらは少し下がって、応援でもしてよか」
この状況でもサクヤは飄々とした雰囲気を崩さず、ユニットを出さないまま引き下がった。
それに習ってリンもスピノサウルスたちを連れて下がると、【オボロカヅチ】の前に残って対面するのは、ただひとり。
「我は求めていた、そなたのような美しき強者を!
おとなしく我が軍門に下るならよし!
そうでないなら――【キラージョー】、モードチェンジ解除!」
「ギキィイーーーーーッ!」
主人の命を受け、機械のサメは変形してスクリューや魚雷発射管を収納する。
【タイプ:水棲】を解除した今、このユニットだけが水棲でも飛行でもない【機械】の体を持つ。
たった1体の★2ユニットを従え、ソニアはマントをはためかせながら宣戦布告した。
「分からせてやるのです!!」




