第18話 巫女さんと行く大渓谷の旅 その3
ソニアにとって、クラウディアは絶対にして完璧な姉であった。
ストイックではあるが面倒見がよくて優しく、容姿端麗、文武両道、リーダーシップを取る才能もある。
そんな姉と血を分けた存在として生まれ、同じ家で暮らすというだけで、ソニアは至上の幸運を手にしていると感じていた。
この10年間、ひたすら姉を尊敬し、姉を崇拝し、姉の背中を追い続けてきた日々。
しかし、最近は家の中で接する機会が大きく減っている。
学校から帰るなり、クラウディアがVRの世界へ行ってしまうからだ。
姉と共にありたいと願うソニアは、誕生日プレゼントを前倒しする形でVR機器を手に入れ、ラヴィアンローズへとやってくる。
仮想世界においても姉は輝き、すでに『マスター』、『鋼のクラウディア』といった称号や二つ名を持つ強者であった。
ソニアの心は、そんな姉の姿を見ているだけでも幸せで満たされる。
しかし、姉は言うのだ。私のことを追いかけてるだけではいけないと。
「光よ 闇よ 真理よ 栄光よ
虚ろなる世界の盟約に従い 今こそ封印より解き放たん
ユニット召喚――いでよ、【キラージョー】!」
Cards―――――――――――――
【 キラージョー 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:機械
攻撃1700/防御1500
効果:このユニットは【タイプ:水棲】および【タイプ:飛行】として扱うことができる。
スタックバースト【シャーク・カノン】:瞬間:バトル終了まで、このユニットの攻撃に防御ステータスを加算する。
――――――――――――――――――
「ギキィイイーーーーーッ!」
「さ……サメぇえ!?」
驚愕したリンの声が大渓谷に響く。
ソニアが召喚した戦闘用ユニットは、なんと金属で作られたサメ。メカシャークであった。
全身が白銀のメタルボディで造られ、歯からヒレまで光り輝く金属製。
ところどころでサイバーなパーツが青く発光し、その全長は5mほど。
機械のサメは空中を泳ぐように浮遊し、ポーズを決めて立つソニアを護衛する。
「いや~、もう何が出てきても驚かないだろうって思ってたけど、こんなのもいるんだね」
「我が軍において最強の座に君臨する白銀の牙!
この子も素晴らしきお姉さまの推薦でデッキに加えたのです!」
「あれ? もしかして、【タイプ:水棲】扱いにすれば、スピノ親分の効果が乗るんじゃない?」
「そうなのですか!? ならば、試しに――
我が命に応えよ! さすれば、その身にウンディーネの加護を成さん!
モードチェンジ、【水棲】!」
「ギギギッ!」
『【タイプ:XX】として扱うことができる』という能力はシンプルな記述だが、非常に汎用性が高い。
そのタイプであるかどうかを任意に選ぶことができるため、状況に応じて切り替えられる。
ゆえに、ソニアが扱う【キラージョー】は実質3種類のタイプを持っていた。
ガキン、ガキン、とメカシャークの形状に変化が現れ、ヒレの下に4基のスクリューが出現。
胴体には魚雷発射管まで搭載し、水中での活動に特化した姿になった――が、やはり空中に浮いたままである。
「【キラージョー】、変形完了! 潜航モードなのです!」
「うわ~、変形しちゃったよ……!
(こういうとこ、お姉ちゃんにそっくりだなぁ……この子)」
リンとの戦いで機械ユニットを合体させ、堂々と胸を張りながら『砲撃モードよ!』と言っていたクラウディア。
やはり姉妹というべきか、そういうところは非常によく似ている。
「このサメはアヴァタールのごとく、臨機応変に姿を変えるのです!
むむ……しかし、残念ながら【水辺の王者】の恩恵は受けられず……」
「あ~、ダメなのかぁ」
「そらそうや。効果に『自プレイヤーの』って書いとる場合、影響があんのは基本的に自分だけやで。
せやないと、みんなでスピノ軍団作ってバフかけあったら、えらいことになるやん?」
「あ、たしかに……って、サクヤ先輩!
効かないって分かってたなら止めてよ~!」
「ふふふ、うちのことはお構いなく。
ここに連れてくるっちゅー役目も終わったし、今日はのんびりお散歩や。
あとは若いもん同士で頑張りぃ~」
「ええ~っ、一緒に戦ってくれないの?」
サクヤはユニットを出さず、リンたちに戦闘を任せるようだ。
まるで公園に子供を連れてきて、どんな遊びをするのか眺める親のようなポジション。
ステラやクラウディアと戦ったときにも、リンは格の違いを感じていたが、サクヤは格上すぎてまったく全貌が見えない。
「初心者がおっても、ほったらかして好きなことさせんのが、うちの流儀でな。
失敗も成功も、なにひとつ無駄にならんから、安心して”やらかす”とええで」
「そう簡単に、やらかさないっての!
まあ、とりあえず探索しよっか……
ワイバーンちゃんは高いところ、ネレイスちゃんは水の中、スピノ親分は……どこでもいいかな。
みんなで【物資収集】!」
「ピヤァ~!」
「きゅきゅ~!」
「ガロロロッ」
全てペット化したユニットなため、リンは3体での【物資収集】が可能になっていた。
ワイバーンは飛翔し、ネレイスとスピノサウルスは水中へ潜っていく。
「続け、我が軍勢よ!
この世に隠されし秘宝を見つけ出すのです! 【物資収集】!」
ソニアのユニットたちもペット化は済ませてあるようで、カササギは空を、メカシャークは水中での探索を始める。
そうして、待つこと2分ほど。
水中からザバーッと大迫力で姿を見せたのは、リンのスピノサウルスであった。
「早~い! 一等賞だね、親分!
親分に探索を頼んだのは始めてだけど、何を持ってきてくれたのかな~?」
巨大な恐竜がアイテムを持ってきてくれるというだけで、当然ながら期待は高まる。
しかも、★3レアユニット。さぞかし良いものを持ってきたのだろう。
キラキラと期待の眼差しで見上げる主人のもとへ歩み寄り、大きな口を開くスピノサウルス。
その直後――ポリバケツをひっくり返したかのような大量の水が、リンに向かってぶちまけられた。
さらに、恐竜の口内から飛び出したのは80cmほどに育った立派なイワナ。
活きのいい魚体がリンに激突し、地面に落ちて跳ね回る。
Tips――――――――――――――
【 摩天楼イワナ 】
渓谷のレア食材。とても立派に育った天然の淡水魚。
食べごたえは抜群であり、塩焼きにすると非常に美味。
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たしかにスピノサウルスの探索は優秀だった。
レア食材の大イワナを、生きたまま捕まえてきたのである。
ただ、ネコが獲物を咥えて主人に差し出すのとは規模が違った。
びちゃびちゃになって仰向けに倒れるリンの隣で、今もイワナが跳ね続けている。
「ぷっ……ふふふ……あははははは!
あははははははははは!!」
「レ、レア食材なのです!
よかったですね……リン殿!」
涙が出るほど大笑いしているサクヤと、おろおろと取り繕うソニア。
VR空間では水に濡れてもすぐに乾くが、リンがショックから立ち直るまで数分ほどの時間を要したのだった。
■ ■ ■
結果的に【物資収集】で得たものは木の実や魚介類。
それ以外ではソニアのカササギが、ルームで栽培できる植物の種を見つけてきた。
探索を終えた一行が歩き始めると、摩天楼渓谷の雄大な景色が目を楽しませてくれる。
「いやー、すごいよね。
ウチの兄貴、ずっとVRに入り浸りだから、なにやってんだろうって思ってたけど……
こんな世界で冒険してたら、時間なんていくらあっても足りないよ」
「ほんま、作られた空間っちゅーのが、まったく分からんなぁ」
「至極、同感なのです。
10代にして人間国宝ともいうべきお姉さまですら虜にしてしまった世界。
これほどのものを創造するなんて……ああ、人類とは素晴らしくも罪深い!」
天を貫くかのような岩の塔が点在する大渓谷。
流れ落ちる滝に虹がかかり、清らかな水と緑の香りが鼻をくすぐる。
自分の本体がVRゴーグルを付けて寝ていることなど、忘れてしまいそうなほどリアルな仮想空間だ。
「あ、あれ見て! なんか可愛いのがいる!」
「おお~、モフモフ!
神の祝福を授かりし至上のモフモフであります!」
Enemy―――――――――――――
【 渓谷チンチラ 】
クラス:コモン★ タイプ:動物
攻撃200/HP200
効果:このモンスターはプロジェクトカードの効果を受けない。
スタックバースト【緊急回避】:瞬間:このモンスターが受けた攻撃を1回だけ無効化する。
――――――――――――――――――
少し高い岩場に並んでいたのは、真っ白な毛に包まれた動物モンスター。
ウサギとネズミを足して2で割ったような姿をしており、日本でもペットとして飼う愛好家が多い。
「うわ~……あの子、欲しいかも!
けっこう高いところにいるから、ここから届くのはワイバーンちゃんだけかな。
危ない感じじゃなさそうだし……よし、行ってきて!」
「ピヤァ~!」
まったく育っていないが、ワイバーンは攻防300。
大抵の★1に対しては善戦できるし、一応スタックバーストの用意もしてある。
パタパタと上昇してチンチラがいる岩場へと向かうワイバーン。
しかし――
「あっ、危ない! ストップ!」
リンの声を聞いて動きにブレーキがかかる。
その直後、子竜の前を通り過ぎていったのは、より大きく強靭な捕食者の鉤爪であった。




