第17話 巫女さんと行く大渓谷の旅 その2
摩天楼渓谷。
そこは周囲と隔絶されたエリアであり、ガルド村との間にある深い谷を越えなければ辿り着けない。
徒歩で行くのはまず不可能。ハンググライダーを使って空から辿り着くというのが順当な手段である。
渓谷があること自体を知らないプレイヤーも多く、上級者の間では絶景スポットとして密かな人気を得ていた。
「これだけ水があるなら、今日のデッキとは相性バツグンだね!
ユニット召喚! 【パワード・スピノサウルス】!」
「グオォォォーーーーーン!」
Cards―――――――――――――
【 パワード・スピノサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:水棲
攻撃2000/防御2000
効果:バトル相手のユニットが装備しているリンクカード1枚を破棄する。
スタックバースト【水辺の王者】:永続:自プレイヤーのフィールドにいる【タイプ:水棲】のユニットに攻撃と防御+1000。
――――――――――――――――――
ワイバーンに続き、リンが召喚したのはスピノサウルス。
15mに達する巨体と特徴的な背中の帆。
いくつもの美しい滝が流れる中、白亜紀の水辺を支配していた王者が蘇る。
「おおお~~~っ、生態系の旧支配者!
これほどの大型ユニットを使役せしめるとは!」
「かっこいいでしょ~?
今日はスピノ親分がメインだから、よろしくね!」
「ガロロロッ」
わざわざダンジョンの奥から赤いクリスタルを持ち帰ってペット化した★3レア。
小型ユニットのような愛嬌はないが、主人であるリンに付き従い、威厳に満ちた顔で見下ろしてくる。
「親分? あははは、スピノ親分か~、そらええなぁ。
ステラと一緒に沼で周回しとったんやろ?」
「うん、ミッドガルドで一番早く会える★3だったし、緑のクリスタルもドロップできたから。
最近はあたしひとりで沼に行けるようになって――その成果が、これ!
【パワード・スピノサウルス】、スタックバースト発動!」
「オオオオオォォォォーーーーーッ!!」
渓谷に王者の雄叫びが響き、スピノサウルスの全身が青白い光に包まれる。
光はすぐに消えていったが、非常に強力な永続効果を持つ【水辺の王者】が発動。
自軍にいる【タイプ:水棲】の攻撃と防御を1000増加し、しかも、自身も水棲であるため効果が適応される。
強化後の数値は攻防3000。
これだけでも頼もしいが、リンの戦略には先があった。
「さらにユニット召喚、【ネレイス】ちゃん!」
Cards―――――――――――――
【 ネレイス 】
クラス:コモン★ タイプ:水棲
攻撃300/防御300
効果:このユニットは【タイプ:神】として扱うことができる。
スタックバースト【海原への導き】:永続:自プレイヤーのフィールドにいる【タイプ:水棲】のユニット1体に、このユニットのステータスを加算する。
――――――――――――――――――
「きゅーい!」
イルカのような声を上げて召喚されたのは、ニンフという神の血を引く水の民。
半人半魚の幼い少女は、本来ならばバトルには不向き。
しかし、【水辺の王者】の恩恵を受けてステータスが1000ずつ跳ね上がる。
「さらに! ネレイスちゃんもスタックバースト!」
「きゅきゅ~っ!」
スタックバーストの2枚コンボ。
【水辺の王者】で強化されたステータスを【海原への導き】でスピノに返すという作戦。
両者のシナジーが見事に重なって、最終的にスピノサウルスは攻防4300。
本来の2倍以上のステータスに仕上がり、圧倒的な王者の威厳を見せつける。
「できた~! 親分とネレイスちゃんのタッグ完成~!」
「おーおー、見事なもんや!
始めて1ヶ月で、ここまで完成しおるんか」
パチパチと手を叩きながら大型恐竜を見上げるサクヤ。
こんなコンボを決闘で決められたら恐ろしいのだが、巫女さんは面白そうに笑っている。
一方、経験の浅いソニアは恐れと興奮を隠しきれずにいた。
「こ、これぞまさしく”ぎょうてんどうち”!
2体のユニットを使ったコンボに、まったく隙がないのです。
強大な三ツ星と、か弱い一ツ星……本来なら天地のごとき差がある両者を、このように重ねるとは!」
「いや~、ははは……やっと完成したんだよ、このコンボ。
使いかたは分かってたんだけど、これを実現させるためにはスピノ親分が2枚必要で。
今日は特に何もないっていう日には、こっそり沼に行ってたんだ~。
で、とうとう2枚目をゲットしたわけ!」
「それ、ひとりで行ってたん?
ただでさえ初心者が通う場所やないのにソロ周回なんて、無茶しおるわ~」
「くっ……情報が頭に! なるほど、見えてきたのです!
リン殿から感じる、初心者にあるまじき強者の気配……
その因果を構成しているのは、レベル差を無視した混沌への挑戦!
つまり、くぐり抜けてきた修羅場の数が違うのですね!」
「ん~、そんなに抜けたかなぁ?
あたし以外のメンバーのほうが、よっぽどいろいろ経験してると思うよ。
クラウディアとか」
「それはもちろん、天上天下にして”ゆいがどくそん”のお姉さまが全米ナンバーワンですとも!
しかし、わたしとリン殿では通ってきた軌跡があまりにも……
あ……ああああ~~~~っ!
リン殿! 後ろ、後ろ~~~~~!!」
「え……?」
青い顔をしたソニアが指さす先で、美しい渓谷の水面が揺らめいていた。
その中をくねるように泳ぎながら、リンたちに接近してくる水棲生物。
Enemy―――――――――――――
【 キャニオンゲイター 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:水棲
攻撃3000/HP3800
効果:このモンスターは★1ユニットからのダメージを受けない。
スタックバースト【デスロール】:瞬間:目標のユニット1体が装備しているリンクカードを全て破棄する。
――――――――――――――――――
「キシャアアーーーーーッ!」
「えええ~~~っ! ワニいんの、ここ!?
うっわ、えぐい能力……【アルテミス】じゃなくてよかった」
渓谷に生息する強力な★2モンスター。全長7mはあろうかという大型のワニ。
従来のワニとは違い、鱗が三角形のトゲのように尖っていて、怪物らしさが強調されている。
恐るべきスタックバースト能力は、リンクカードの一括破壊。
今日は新しいデッキを試すため連れてこなかったが、【アルテミス】にとっては天敵のような相手だ。
「残念だけど、今日はリンクカード付けてないもんねーだ!
スピノ親分、やっちゃって!」
「グォオオオオオーーーーーーッ!!」
すぐさま指示を出したリンの声に応じて、雄々しく立ちはだかるスピノサウルス。
下位とはいえ水の神から祝福を受けた大型恐竜の前では、★2モンスターなど相手にもならなかった。
これだけ大型のワニであれば、渓谷の生態系でも上位に君臨していたことだろう。
しかし、1億年前に水辺を支配していたのはワニだけではない。
先攻を取ったスピノサウルスは、巨木のような前足を【キャニオンゲイター】に向かって振り下ろす。
銃弾すら通さない、天然の防弾ベストを着ているワニだったが、その体はわずか一撃で粉砕された。
相手に何もさせないまま、圧倒的な力の差で踏み砕いた王者。
しかし、勝利したかに見えたところで一瞬の隙を突き、水中に隠れていた2匹目の【キャニオンゲイター】が食らいつく。
人間どころか牛すらも飲み込んでしまいそうな、鋭い牙が生えそろった口。
ワニは自分にとって有利な水中へと獲物を引きずり込もうとしたが、さすがに相手が悪すぎる。
7mのワニに食いつかれても、ビクともしないスピノサウルス。
反撃のターンが回った瞬間、王者はワニを振り払って、逆に胴体へと噛みつき返す。
そして、リンたちが目にしたのは、白亜紀を支配していた王者の勇姿。
信じられないことに、大型のワニが魚のごとく咥えて持ち上げられ、バキンッと音を立てて噛み砕かれた。
人類などサルですらなかった1億年前、水辺で行われていたであろう強者同士の死闘。
それを再現するかのような戦いを制したスピノサウルスは、勝鬨を上げて咆哮する。
「オオオオオオオオオォォォーーーーーッ!!」
「か……怪獣大決戦なのです……」
「強い、強~い! やったね、スピノ親分!
あとはネレイスちゃんがサポートしてくれたおかげだねっ」
「きゅ~い!」
プレイヤーがカードを使って支援するまでもない、勝って当然のような結果。
しかし、リンはユニットたちを思いっきり褒めてねぎらう。
彼女にとってはただのカードではなく、もはや家族も同然の大切な仲間なのだ。
そうして、リンがユニットと勝利を分かちあっている姿を眺めながら、サクヤは扇子を取り出して口元に寄せる。
「ん~、なるほど。
ステラがどういう子とお友達になったのか、よう分かったわ。
ソニアちゃんから見て、どう思う?」
「なんというか……神々しい、です」
「あはは、言葉に詰まってしもうたん?
あれは神々しいんやのうて、あったかいんやで」
「あったかい……?」
「せや、リンはお日さんみたいに情熱的で、自分のカードたちと本気で向かいあっとる。
あの子にとって、カードが強いとか弱いとかは関係あらへんのやろな。
ただ使いたい子を使って、その我がままを通すために努力する。
それこそ、スピノサウルスの巣になっとる沼に、たったひとりで通うくらいの努力をな。
なんで、そこまでするか分かるか?」
「いえ……分かりません、教えてください!」
「好きやからや」
「す、好き……それだけなんです?」
「そう、それだけ。
リンもステラも、それだけで強うなっとるんや。
あの子らはたぶん、まだまだ成長するでぇ……ふふふ、楽しみやわ~」
ラヴィアンローズを長年プレイしてきたサクヤにとって、後輩たちが育っていく姿は喜ばしいものだった。
自分の弟子ともいえるステラに続き、新星のように現れたリン。
いずれ強く育った彼女たちと本気の決闘でぶつかりあえるなら、それも良し。
そして、強烈な太陽の光を浴びる者。
リンの姿を間近で見ているソニアにも、かなりの影響を与えることになるだろう。
それを確信できるほど、幼い少女の視線はリンへと釘付けになっている。
「ほんま、楽しみやなぁ……ふふふふ」
扇子で口元を隠しながら、サクヤは未来の強敵たちが育っていく姿を静かに眺めていた。




