第15話 我がしもべよ、汝はいずこに
「はぁ~、やっぱりダメかぁ」
ダメで元元、当たればラッキー。
そんな気持ちでメッセージを送ってみたのだが、交換会で出会ったきれいなお姉さんはギルドに勧誘できなかった。
ただ、リンが【タイニーコボルド】たちを可愛がっていることには、とても喜んでくれたようだ。
「リン殿、お顔がすぐれないご様子ですが。
もしや、我々の運命を揺さぶる凶事でも?」
「ん~、ギルドに誘いたい人がいたんだけど、お仕事が忙しいから無理そうだって。
ギルド以外では唯一の知り合いだったんだけどなぁ」
「なんと、やはり凶事ではありませんか!
かくなる上は、このギルドの飢えを満たすべく、わたしが”ふんこつさいしん”を尽くしましょう!
全ては偉大なるお姉さまが築く第三帝国のために!」
腕を振り上げながら、元気のいい声で励ましてくれるソニア。
さすがにクラウディアも帝国までは作らないだろうと言いたいところだが、つい年下には甘くなってしまう。
ここはガルド村のコテージ。
他のメンバーは思い思いに出払っており、リンとソニアだけがサクヤとの合流を待っていた。
今日は3人で強力な★3モンスターを捕まえに行く予定だ。
待ち合わせの時間が近づくと、例のキツネ耳と尻尾を付けた巫女さんがドアから入ってくる。
「ども~、お待たせ~、今来たとこや~」
「こんにちは、サクヤ先輩。
って、最後のはこっちが言うセリフじゃない?」
「あっかーん! いい線いっとるけど、テンション低すぎぃ!
関西でそないなツッコミしよったら、しばかれるでぇ」
サクヤは来た瞬間から最高潮。
合流して早々に、いい感じでノッてツッコミを入れなければならなかったらしい。
ソニアとは違う意味で、この先輩の相手をするのも疲れそうな気がする。
「まあ、ツッコんでくれるだけ、ステラよかマシやけどな」
「ハイテンションで漫才するステラとか、たしかに想像できないなぁ……
ところで、今日行く場所ってどんなところなの?」
「あ、それはわたしも聞いておきたかったのです。
今日は三ツ星の強者に出会えるかもしれない闘争の日! 闘争の日!
万全かつ十全にデッキの準備をしておかねば!」
「2人とも、やる気満々やな~。
目的地は谷やけど、今回行くんは高いほう。
ほら、山あり谷ありいうて、高い部分もあるやろ?」
「谷の高いほう……なんとなく分かるけど、探索ユニットは誰がいいかな。
足場が悪そうだから、飛べるワイバーンちゃんかトロピカルバード……
でも、新入りの子たちも使ってあげたいし」
「ヒントを付け加えると、手が届かんような高い岩場もあれば広い水辺もある」
「水辺かぁ……そうなると、スピノ親分を中心にして……う~~~む。
岩場のほうはどうしよう?」
ガルド村でデッキを組めるようになったため、リンたちはコテージの中でカードを選び直す。
初めて行く場所に何を持っていけばいいのかなど、分かるはずもない。
真面目な顔でコンソールを操作するリンたちを眺めながら、サクヤは満面の笑みを浮かべていた。
「ふふふ、悩め、悩め~。悩むんはええことや。
カードが足りんうちは、持っとるもの全部で勝負するしかなかったやろ?
今はどれを持っていこうか悩むほど、デッキに幅があるっちゅーことやな」
「まあ、たしかに……
最初はありったけのカードを使って、どうにか頑張るしかなかったよね」
「うぅ……今のわたしが、まさにそれなのです。
カードとの邂逅を重ねて、世界に選ばれし三ツ星も引いたのですが、いまだにユニットとの顕現は叶わず」
「あ~、つまりユニット以外のレアカードしか持ってないってこと?
それは大変そうだね」
「せやな、このゲームは戦ってくれるユニットがおらんと、どうにもならへん。
アンコモンとレアのユニットには絶対的な強さの違いがあるからなぁ」
ラヴィアンローズのレアカードは強力な効果を持つ代わりに、非常に手に入りにくい。
ユウの話によると、無課金の場合は3ヶ月に1枚程度、パックから引ければ良いほうだという。
そんな状況で★3ユニットがないのでは、戦略の幅も狭くなり、ミッドガルドの探索も辛いだろう。
「でもさ、それならクラウディアとか、交換交流会を頼ればよかったんじゃない?」
「はっ、そう思って色々と試したのですが……いずれのユニットも、我が意にそぐわず。
共にヴァルハラへと赴く戦友は、特別な存在でなければならない。
そうでなければ全力を出しきれないと、素晴らしきお姉さまにも言われて……」
「相棒選びか~、分かる。それは大事やな」
「相棒! そう、相棒が欲しいのです!
まだ見ぬ我がしもべよ、汝はいずこに!?」
おかしなポーズを取りながら叫ぶソニアを見て、リンは自分の運の良さを再認識することになった。
初めて引いたレアカードが★4の女神、★1でも育つと強いワイバーン、沼の王者であるスピノサウルス。
どれも激戦を制してきた最高の相棒たちだ。
しかし、それらと出会わないまま1ヶ月を過ごしていたら、リンは今ほど充実していただろうか。
もしかしたら、他のカードと共に歩んでいたのかもしれないが、目の前にいるソニアはスタート地点に立てていない。
そして、運命の歯車がひとつ違えば、リンがそうなっていたかもしれないのだ。
「うん、よし! 分かった!
手伝うよソニアちゃん。あたしと一緒に最高の相棒を探しに行こう!」
「リン殿……感謝の極みであります!」
「お礼なんていいよ。
あたしはこのゲームでいろんな人に助けられて、支えてもらった。
だから、最高に楽しい今があると思ってる。
恩返しなんて立派なものじゃないけど……
でも、ソニアちゃんにも同じように楽しんで欲しいって思うんだ」
リンは心から湧き上がる感情を、そのままソニアに伝えた。
どうして、みんなが始めたばかりのリンに優しくしてくれたのか。
その意味が、今なら分かるような気がする。
「はあぁ~、さすがはリン殿……
世界最高のお姉さまが”めーゆー”と認めたお方!
いずれ第三帝国が築かれた暁には、この星に名を刻む参謀となるに違いな――」
「いや、ならないって」
「ふふふ、なるほど……ステラが言うとおり、賑やかでおもろいギルドやな。
よぉ~し、うちも乗ったで!
激レアモンスターを捕まえて、クラウディアをびびらせたろ!」
笑顔を交わしながら高揚し、意識を高めあう3人。
そうして10分後、準備を整えたリンたちは探索へと出発したのだった。
■ ■ ■
「なんじゃこりゃあああああーーーーーっ!?」
サクヤは言った。山があれば谷もある、その高いほうへ行くのだと。
だが、聞いてない。
底が見えないほどの断崖絶壁だなんて、まったく聞かされていない。
「サクヤ先輩……もしかして、また騙した?」
「いいや、ここが目的地や。
正確には、もうちょい降りるけどな」
「お、降りるって、あの……
この先は名状しがたき深淵で、ロープもハシゴも見当たらないのですが!?」
「せやな」
「せやなって! なんで、この状況で落ち着いてられるの!?」
「大丈夫、落ちても死なへんって。
この世界のうちらは、落下ダメージで死ぬことになるけどな」
Tips――――――――――――――
【 バトル以外のダメージ 】
ミッドガルドではバトル以外でもダメージを受けることがある。
主なケースは高所からの落下、水中での窒息、炎による燃焼、寒冷地での凍結、強酸や毒などの危険物、爆発に巻き込まれる等々。
他のプレイヤー、およびプレイヤーが使用したカードからはダメージを受けない。
――――――――――――――――――
「と、そないな感じの決まりごとになっとるけど。
人の背中を押して崖から突き落としたら死ぬんやわ、これが」
「まるで、試したことがあるような言いかたを……
邪神だ! サクヤ先輩殿は邪神の巫女に違いないのです!」
「それはステラに言うたれ。あの子こそ、邪神の申し子や」
実際のところ、このゲームに命の危険性はない。
自宅のベッドで横になっているであろう本体は死なないし、恐怖や痛みも過剰に伝わらないようになっている。
だが、この断崖から落ちてもミッドガルドから放り出されるだけなどと、そう簡単に割り切れるはずがなかった。
「で……マジで、どうやって降りるの……これ?」
「2人はまだ初心者やから、知らんことも多いやろな。
ミッドガルドの探索にはアイテムが必需品。
ここみたいな高い場所でも使えるもんがあるんやで――ほいっと!」
サクヤがコンソールに収納されていたアイテムを取り出すと、それは人間以上のサイズに広がって両翼を広げた。
人工的な翼で高所から滑空するために作られた機体。
このフィールドで使える探索用アイテムだ。
「それは、もしかして……ハンググライダー!?」
「そんなもので飛べるのです?」
「うちは何度も飛んどるから平気や。
もしも、落っこちてしもたら……別の意味で飛んでまうやろなぁ。
な~んて、ははは! 今の、笑うとこやで?」
「「(笑えないって……!)」」
グライダーで空を飛んだ経験など、日本の一般的な中学生であるリンにはない。
さらに年少のソニアも同様だ。
光すら飲み込みそうな深い谷の上で、2人は呆然と立ち尽くすしかなかった。




