第14話 ガートルード
その日、とあるルームの中を1人の女性が歩いていた。
プレイヤーが自由に構築できるマイルームは、まさに持ち主の個性を象徴する場所だ。
ある者は雄大な山岳を好み、ある者は紺碧の海と共にあろうとする。
ならば、このルームの持ち主は、はたして何者なのだろう。
ドーム球場に匹敵するほど広大な面積を誇りながらも、ここは地上のどこにも属していない。
かつて、古代バビロニアの王族は空中庭園なるものを作ったが、それはあくまでも人類が行える範疇のこと。
高い建物の上に庭園を作ったのであり、実際に浮遊していたわけではないのだ。
しかし、ここは高度1500m。
広大なルームの土地が丸ごと浮遊しており、外界から完全に隔絶されている。
その浮いた土地の上に広がるのは、天空に創造された植物たちの楽園。
春のフリージア、夏のブーゲンビリア、秋のリンドウ、冬のサイネリア。
四季折々の花が咲き誇り、清らかな水辺にはスイレンなどの水生植物。
光の尾を引きながら飛び交う幻想的なチョウは、わざわざミッドガルドで捕獲してきた昆虫モンスターである。
景観を眺めて楽しむために作られた石造りの邸宅も見事で、もはや人間が立ち入ることすら恐れ多いほどの威厳に満ちていた。
いったい、どれほどの権力者や資産家が、こんな空中庭園を作ったのだろう――と思うところだが。
その全ては何もないところから、たった1人の女性プレイヤーが少しずつ作り上げていったのだ。
ここまでの完成度に至るには、莫大なポイントの出費が必要となる。
ただの一般プレイヤーでしかなかった彼女は、大会に出場して上位報酬のポイントを稼ぐしかなかった。
そのためには、他のプレイヤー以上に強くなくてはならない。
彼女は地道な努力を重ね、敗北と勝利を味わいながら空中庭園の創造に没頭し、気付けば世界大会への出場権を手にしていた。
第3回ワールドトーナメント。
観衆たちは第1回を制した騎士デッキの再興か、前回に続く魔術デッキの覇権かと騒いでいたが、そんなことはどうでもいい。
彼女はただ、自分の庭を完成させたかっただけ。
個人的な趣味のために出場し、ただひたすらに勝ち続けた彼女は、ついに頂点へ――女性で初となる王位へと至る。
「お久しぶりです、千花女王ガートルード」
「お久しぶり。といっても、前に会ったのは3週間前だったかしら」
この日の来客は、男性たちの目を釘付けにしそうな美しいロングヘアの女性。
出迎えて接客する庭園の主、ガートルードは女王に相応しい身なりをしていた。
プレイヤーたちから『青薔薇』と称される姿は、氷のようなアイスブルーのドレスとアクセサリーで統一。
淡いブルーの口紅とアイシャドーも彼女の特徴であり、まさに空中庭園に咲いた青いバラの一輪。
心構えのない者は会った瞬間に心を奪われ、恐縮してしまうであろうカリスマを纏った女王だ。
「前日、お知らせしていたものをお持ちしました。
こちらのほうで十分にテスト済みです。どうぞ、お試しください」
「ついに完成したのね。いただくわ」
来客の女性から箱を受け取って開けると、中から出てきたのは絶妙な焼き加減のアップルパイ。
女王に献上されたパイは、素朴ながらも一級品。
芳醇なリンゴと焼けた生地の香ばしさ、主張しない程度に染み込んだブランデー。
ガートルードはコンソールからティーセットを取り出し、銀色のナイフで切り分ける。
少し刃を入れただけで、パリッと小気味よい音を立てる生地。
彼女は上品な仕草でそれを口へ運び、しばらく味わった後――
勢いよく椅子から立ち上がって、女王の威厳を放り投げながら叫んだ。
「んんんん~~~~~っ、美味っっっしい!
これよ、これが欲しかったの!
お庭の花を眺めながら、美味しいお茶とお菓子!
はぁあ……ついに、ここまで来たわ……我が人生に悔いなしっ」
「お気に召されたようで何よりです。
これで開発部の皆さんも報われますね」
「本当に感謝するわ。
技術的に難しいって言われたから、もっと先になるだろうと思っていたけれど」
「今度の5周年で実装される大型アップデートのひとつになります。
料理システムも追加されて、ようやく味気のない飲食物から解放されますよ」
ワールドチャンピオンになった者には、ひとつだけ運営に『願いごと』を言うことができる。
ただし、それは『1000億ポイント欲しい』という利己的なものではなく、ラヴィアンローズ全体の未来につながる願いでなければいけない。
要は運営に何でも実装してもらえる権利といったところだ。
例を挙げると、初代チャンピオンはカードの購入をもっと簡易的にできないかと進言した。
その当時、販売されていたパックはシリーズごとにバラバラであり、数が増えれば増えるほど、どれを買えばよいのか分からなくなってしまう。
そこで全シリーズのカードが入った『統合パック』を実装。
カードゲームが陥りがちなパック購入の複雑さを、VRならではの方法で解決して多方面から好評を得た。
同様に2代目のチャンピオンは、ユニットへの愛着を深められるようにと、ペットシステムを提案。
そして、3代目であるガートルードは、飲食物を味わえるようにして欲しいと願ったのである。
「んんん~~~、最高!
実装されたら、毎日これを楽しめるなんて」
「女王さま、アップルパイを切らないままフォークに挿して、そのままかじるのは……」
「ここには、あなたしかいないでしょう?
まったく、威厳があるキャラを作るのも疲れるのよ。
チャンピオンになってから取材とかオファーとか。
有名人になりすぎて、気軽にミッドガルドの探索にも行けなくなったし」
「女王さまが出歩いていたら、大騒ぎになりますからね。
私も立場上、あまり本格的にプレイできないのが悩みでして」
「あなたはまだ、そのへんを歩けるだけマシだと思うわよ。
エージェント・ハルカ」
と、その名を呼ばれたとき、彼女の――ハルカのコンソールに着信の通知が入った。
女王に一礼して少し離れ、受信したメッセージを確認する。
差出人は『リン』。
先週、日本ワールドの交換交流会で出会った少女だ。
トレードしたユニットたちを可愛がってくれているらしく、南の島で一緒に写っている画像や、【タイニーコボルド】と共に洞窟探検している画像も添え付けられている。
可愛らしいお礼の言葉とともに、ギルドメンバーを募集しているという旨も書かれていたが、それについては残念ながらお断りするしかない。
「失礼しました。私用のメールです」
「構わないわ。よかったら、あなたも一緒にどう?
お茶のほうには味がないけれど」
「では、お言葉に甘えて。
いずれ全ての食品に味が付きますよ。5周年が待ち遠しいですね」
女王とのお茶会は会話が弾み、今後のことについて情報が交わされる。
置かれた立場は違うが、共にラヴィアンローズの繁栄を願う者として、両者は天空で語りあっていた。




