第13話 鉄血の六翼
中二病とは、中学2年生が発症するもの。
一般的にはそう思われがちだが、何ごとも統計である以上、『上ぶれ』と『下ぶれ』が存在する。
多感な年頃の14歳が中央値なだけで、もっと早い時期から発症するケースもあるのだ。
「わたしはソニア・シルフィード!
偉大なる姉、クラウディア・シルフィードの比類なき片腕!
好きなものは超かっこいいカードと、世界を統べるべき最強のお姉さま! です!」
ビシッ、シュバッ、と色々なポーズを取りながら自己紹介する小柄な少女。
椅子から降りてみると本当に小さい。
姉のクラウディアが軍服を着込んでいる一方、ソニアはミリタリー風の長袖シャツにショートパンツ。
腰に装飾用と思われる大きな革のベルトを巻いている。
背中には黒いマントを羽織り、いかにも『部下です!』と言わんばかりのポジションで姉に付き従っていた。
「えっと……ソニアちゃん、歳は?」
「齢は地球時間に換算すると10年――もうすぐ11歳になるのです!」
「ってことは、今は10歳……小5やな」
「よかったじゃん、兄貴。仲間が増えて」
「いや、小学生と同類にするなよ」
もともと13から14歳の中学2年生が中心だったギルド【鉄血の翼】。
そこに高校生のサクヤが加わったことで平均年齢が上がる。
――かのように見えたが、ここに来て10歳の小学生が参入。
いや、乱入と言ったほうが良いかもしれない。
ギルドの管理権限を持つクラウディアの顔は、見るからに『仕方ないから入れてあげた』という家庭の事情を物語っていた。
「わたしは全世界の理にも等しい――
いや、もはや人類ごときの言語で汚してはならないレベルで絶対的に尊いお姉さまの絶対なる猟犬!
このギルドが、いずれ第三帝国の門出を迎えられるよう、じん……
”じんりき”する所存であります!」
「はぁ~……悪い子じゃないんだけど、ずっとこの調子だから疲れるのよね。
この世界が唯一の隠れ家だったのに……さようなら、私の平穏」
見るからに『お姉さま大好きオーラ』を放っている妹と、くたびれた顔で天井を見上げる姉。
別に仲が悪いわけではないのだろう。
ただ、同じ家に住んでいて、ずっとこの調子のままブレないソニアの相手をするのは非常に疲れる。
この世界での平穏を失ったクラウディアは、敗戦の日を迎えたかのように、儚く両目を閉じていた。
「えっと……ソニアちゃん。
このゲーム、いつから始めたの?」
「はっ! 日を30数えて3回まで遡りし追憶――
その日は、そう! ちょうど3ヶ月前!」
「へぇ~、あたしとそんなに変わらないんだ」
と、なんとなくソニアに話しかけたのが藪蛇だった。
開眼して生気を取り戻したクラウディアは、白い手袋に包まれた拳をグッと握る。
「そうよ! そうだったわ、リンがいるじゃない!」
「へ? あたし?」
「初心者同士なら一緒に覚えることも多そうだし、あなた子供好きでしょ?
ソニア、今後は私の盟友についていきなさい。
何があってもリンから離れないこと。これは絶対遵守の命令よ!」
「はっ、素晴らしきお姉さま!
この忠実なる猟犬、永遠が終わるそのときまで、命令を絶対遵守として”うけたままり”ました!」
「え、ええええええ~~~~!?
ちょっ、あたしの意志は……」
「めーゆーのリン殿ですね、よろしくおねがいしまんきゅ!
こ、こんなときに噛むとは……よろしくおねがいします!」
シュバッとリンの前に現れて、真正面から握手を求めてくるソニア。
その瞳にはまったく曇りがなく、ミリタリーと中二病にかぶれていなければ、ものすごく可愛い容姿をしている。
しかも、大事なところでセリフを噛んだせいか、ちょっと涙目になっているのが反則だ。
こうなっては、もはや断れるはずもない。
リンはソニアの手を取り、体よく”おもり”を押し付けられたのだった。
■ ■ ■
「ほえぇ~、★5の探索にネームドの討伐計画、アプデで消えたはずの卵を発見。
えらいことしとるなぁ、このギルド……自分ら、ほんまに中高生なん?」
【鉄血の翼】の現況を聞かされたサクヤは驚きの声を上げた。
場所は変わって、ステラのマイルームである魔女の館。
メンバーが2人増えたことで賑やかさが増し、さほど大きくないテーブルの席は満員になっている。
これまでの経緯を話し合う間も、命令を厳守しているソニアはリンの真横に座って離れない。
ステラが見せてくれた美しい【水晶ヤモリ】を興味深げに眺める姿は、まさしく小学生のそれなのだが、口を開くと元気が良すぎる。
人形のように整った容姿と、姉を尊敬するあまり突っ走ってしまった方向性が、絶妙なバランスで融合したのがソニアだった。
「(それにしても、すごいなぁ……このメンバー)」
【鉄血の翼】はリンを含めて6名。
軍服を着込んだギルドリーダー、クラウディア。
その妹である中二病全開小学生のソニア。
真っ黒なレザーと赤いバンダナが暑苦しいユウ。
もはや説明の必要がないほど魔女らしい姿のステラ。
キツネの耳と尻尾がついた巫女装束のサクヤ。
そして、この中では比較的まともな見た目だが、デッキの中身がおかしいリン。
普通とは、いったい何なのか。
このギルドに所属する者は全員、個性と属性に満ちあふれている。
「さて、これで私たちのギルドは6人になったわ。
これからは全員揃ってない場合でも、ログインしてる人たちで行動できそうね」
「探索する戦力としては十分だと思います。
学校が同じなのは私とリンだけなので、テストの時期はバラバラになりそうですよね」
「とはいえ全員学生なんだし、だいたい夜にはインしてるだろう」
「幸い受験生もおらんしな。
うちもインしてる時間は長めやさかい、気軽に誘ってもろてもええで」
明るい声で声を交わしあう面々。
気ままに探検するもよし、何か目標を立てて達成を目指すもよし。
今後のミッドガルド探索は、かなり自由度が高くなりそうだ。
「あたしはどうしよっかな……火山はまだ難しそうだし。
ソニアちゃん、どこか行きたいところはある?」
「行きたいところというか……
わたしには誇るべき武勇に至る力、つまりはレアカードが足りないので、何か超かっこよくて強いモンスターを我が軍勢に加えたいのです!」
「★3レア探しか~。
そうだね、あたしもいろんなモンスターを見たいから、そうしよう!」
リンが賛成すると、ソニアは満面の笑みを見せる。
初心者同士、まだ見ぬミッドガルドの秘境を探検するのもよいだろう。
そう思っていたのだが――
「ほほ~、超かっこよくて強いモンスター。
ほんなら、ええ場所を知っとるで。サクヤ姉さんに案内させてや」
「は……はぁ……」
メンバーの中で最も胡散臭い、キツネの巫女さんに目をつけられてしまった。
いったいどこに案内されるのか非常に不安なところだが、相手はフィールド探索に長けた先達者。
せっかくの新メンバーなので交流する機会になるだろうと思い、リンは3人での冒険を了承したのだった。




