第12話 新たなギルドメンバー
新メンバー加入の日、ラヴィアンローズ公共エリアのオープンカフェに、ステラ以外の3人が集っていた。
公共エリアは大部分が各エリアへ向かう通路だが、ショップや飲食店などが並ぶ憩いの場でもある。
そのカフェの一卓で、香りと炭酸だけのコーラなどを飲みながら3人はステラの到着を待つ。
大事な初顔合わせということで、リーダーのクラウディアは軍服と軍帽。
リンも勝負服に着替えていたが、ユウは赤いバンダナが気に入ったのか頭に巻いたままだ。
「悪いな、俺のほうは連れてこられなくて」
「仕方ないわ。
ただ、もう他のギルドに所属していたっていうのは……」
「気になるよね。
あたしたちのライバルになるかもってことでしょ」
ユウも後輩を誘ってみたが、すでに他のギルドへ加わっていたようだ。
ギルドに入るということは、ミッドガルド中域の村をセーブポイントにするということ。
幻の★5を探しているのは決して【鉄血の翼】だけではない。
「村のコテージは順番待ちになるほど人気だから、ギルド自体は多いわ。
なんとなくポイントがあったからとか、クリスタル採掘のためだけにギルドを作る人もいる。
ユウの後輩が、どこのギルドに入ったのかは知らないけど……
『プロセルピナ』っていう名前に聞き覚えはない?
神様じゃなくて、プレイヤー名で」
「プレイヤー名で『プロセルピナ』?
どこかで聞いたような気もするが……すまん、分からん」
「私も知らないな~」
「そう、それならいいの。少し気になっただけだから」
クラウディアの口から出た名前は、なんとなく女性のようであったが、どんな人物なのかは分からない。
ただ、軍帽の下に隠れた彼女の表情から察するに、あまり好意的ではないようだ。
「すみませーん、遅くなりました」
と、そこにステラが到着する。
このカフェを待ち合わせ場所にして、ギルドに新規加入するメンバーを連れてくることになっていたのだが――
ステラが連れてきた少女を見た瞬間、3人はまったく同じ文字を頭に浮かべた。
「「「(巫女……!?)」」」
見れば見るほど純和風。
伝統的な白衣と緋袴を大胆に改造し、上半身は肩が、下半身は太ももが出た動きやすい巫女装束。
足はニーソックス風の白い布に包まれ、ヒールの高いロングブーツを履いている。
フワフワとしたくせのある髪をポニーテールにまとめ、それを結っているのは大きなリボンにも見える赤い紐。
目元に差した赤いメイクが東洋女性の色っぽさを感じさせているが、その姿は10代半ば。
極めつけは頭から突き出たケモノ耳と、腰の下から生えているキツネの尻尾。
そんな装飾過多かつ属性過多な巫女さんが、魔女の隣に並んでいる。
「こちらはミマサカ・サクヤさん。ユウさんと同じく高校1年生です」
「ども~、サクヤって呼んでください」
「あれ? 関西の人?」
日本人なら即座に分かる訛り。特に『ください』の『く』がアクセントになっているのは関西の特徴だ。
「せや。この世界でしゃべると関西人なのがバレてまうさかい、面白がられて最初は嫌やったんやけどなぁ。
ほんなら逆にとことん目立ったろ思て、この姿になったんよ」
「はぁ……」
クスクスと笑いながら、畳んだままの扇子を口元に寄せるサクヤ。
これが高校1年生かと思うほど艶やかで上品だが、かなり派手好きなのも見て取れる。
しばらく呆気にとられていた面々は、やがてクラウディアを皮切りに自己紹介を始めた。
「はじめまして。私は最近【鉄血の翼】を立ち上げたリーダー、クラウディア・シルフィード。
年下だけど、言葉はこのままでいいかしら?」
「ええで。そういうのは気にせんから、好きにしてもろて。
これからよろしゅうな、リーダーさん」
「こちらこそ、よろしく。来てくれてうれしいわ」
「えらい、べっぴんさん揃いのギルドやな~。
ふふふ……ま、うちが一番やけどな!」
堂々と言い放ったサクヤについていけず、反応に困る一同。
ステラが小声で『笑うところです』と言うと、リンたちは苦笑したような表情で流れに合わせる。
「俺はユウ。同年だ、よろしくな。
こっちは妹のリンで、先月始めたばかり」
「はじめまして、リンです」
「これはご丁寧に。よろしゅうな~。
ステラから聞いとるけど、リアルでも顔見知りなん?」
「はい、クラスメイトなんです」
「ええな~、学校の友達と一緒にギルドなんて。
うちはひとりで始めてしもたから、右も左もよう分からんかったわ」
「でも、すごいんですよ。
たった1人で知り合いもなく始めたのに、ゲームは上手いし、知識も豊富で。
私が初心者だったころ、偶然サクヤさんと知り合って色々助けてもらったんです」
かくいうステラが初心者だったのは2年前。
そのステラを助けたということは、少なくとも2年以上の長期で続けているプレイヤーなのだろう。
そうして順調に進む自己紹介の間も、リンの視線はキツネの尻尾や耳へ釘付けになる。
非常に高性能なようで、サクヤの感情に合わせて耳が立ったり座ったり、尻尾が左右に振られたりするのだ。
これもまた、VR世界ならではの産物なのだろう。
「ふふふ、気になるやろ? この耳と尻尾」
「すごいですね、リアルに動いて本物みたいです!」
「実はほんまにキツネが取り憑いてしもて。
プレイヤーにくっついて、離れんようになるユニットがおるんや」
「へぇ~、そういうのもいるんですね。
あたしにも取り付いてくれるかな?」
「違うわよ。日本ワールドのオリジナルイベントだった『白面襲来』の上位報酬。
それを持っているのは、古参かつ上級者だけ」
「へ……?」
クラウディアに言われて、リンはホイホイと騙されかけていたことに気付く。
ネタばらしをされても、サクヤは堂々と正面で笑っていた。
「ちょっ、ウソだったんですか!」
「あっははははは!
それそれ、その反応が見たかったんよ。
ステラなんて『そうなんですか~』言うて、それっきりやからな」
「サクヤさん、言ってることがウソか本当か分からないんですよね……」
苦笑するステラの顔を見て、メンバーたちは大かたの事情を察する。
このサクヤという人物、どうやら相手をからかうのが好きらしい。
見た目も相まって、本当にキツネが憑いてイタズラしているのかと思うほど、姿と性格が一致していた。
「まあ、初心者さんを騙すのは、ちと悪いことをしたわ。堪忍な」
「別にいいですけど……
そういうキツネの耳とか尻尾が手に入るイベントもあったんですね」
「あれは辛いイベントやったわぁ。
バランス調整をしくじって、運営が詫びを入れるほど強いボスが野放しにされてな」
「えっと……クラウディア?」
「疑うことを覚えたようね、リン。
でも、今度は本当のことを言ってるわ。
過去に行われた『白面襲来』は、伝説の大妖怪『九尾の狐』が放った9種類のボスモンスターを、ミッドガルドで倒すっていうイベント。
その9体全てを倒すことで、サクヤが装備している【天狐の装飾パーツ】が手に入るの」
「だがしかし、そのボスがあまりにも強力すぎた。
ミッドガルドの★3モンスターすら凌駕する『九尾の化身』を前に、プレイヤーの7割以上が脱落。
9体倒すことに成功した人は、ほんのわずかだったと言われているな。
俺はまだ始めてなかった時期だが、日本ワールドの黒歴史ってことで有名なイベントなんだ」
「へぇ~……」
クラウディアやユウの説明を聞く限り、実際にバランス調整が失敗していたらしい。
強すぎるキャラを実装してしまったり、イベントの難易度が高すぎたりするのは、ネットゲームではたまに起こることだ。
「あのイベントの報酬を持っているなら、腕前は相当なもの。
しかも、ミッドガルドの経験者でもあるわね。
これは本当に心強い仲間が来てくれたわ」
「まあ、”それなり”やけど。
クラウディアちゃんも、若いうちからようギルド立てて、みんなをまとめとるなぁ。
ステラと同じ中二やろ? ウチが知る限り、最年少のリーダーやわ」
「ふふっ、それはどうも。
私のことは呼び捨てでいいわよ」
「あ、あたしもリンでいいです」
「ほなら、リンも敬語使うんはナシやで。
学校ならともかく、ここで気ぃ遣うても仕方ないやろ?」
「はぁ、分かりまし……うん、分かった!」
イタズラっぽいところはあるが、サクヤは気さくで打ち解けるのも早い。
女子たちが笑顔を交わしながら仲良くなっていく中、唯一の男性であるユウは深く息をつく。
「はぁ~、ますます女所帯になってきたな。
妹の面倒を見てたら、いつの間にかコレだぜ」
「肩身が狭いなら、男子のメンバーを入れてもいいわよ。
ただ……あと1人、女子が増えそうだけど」
「え? 他にも誰か来るんですか?」
思わぬ知らせに驚く一同。
さらなる新メンバーの参入は朗報だが、クラウディアにとってはそうでもないらしい。
ユウに負けじと息をつき、両腕を組みながら『やれやれ』と表情を曇らせるリーダー。
そんな彼女が説明を始める前に、元気な声がカフェに響く。
「ふふふふふ……わははははははーーーーっ!!
光あるところに、闇もまたあり!
暗黒の決闘ソルジャー、ソニア・シルフィード! 参! 上!」
バサッと黒いマントをはためかせ、ちょっと高いところから登場したのは、身長150cmくらいの小さな少女。
左目が赤、右目が青というオッドアイが特徴的な可愛らしい子だ。
派手な登場をした少女に向かって、真っ先に声をかけたのはクラウディアである。
「ソニア、そこから降りなさい」
「はっ、了解です! お姉さま!」
立っていたカフェの椅子から飛び降り、いちいちマントをバサッとはためかせる少女。
よく見るとクラウディアに顔立ちが似ていて、同じ色の金髪だ。
「クラウディア……えっと、その子……」
「まあ……言わなくても理解できたと思うけど。
見てのとおり、私の妹よ」
頭痛を押さえるかのように、額へ手を当てながら答えるクラウディア。
その場にいた一同に衝撃が走ったのは、もはや言うまでもなかった。




