第9話 ダンジョンにクリスタルを求めて その6
赤のエリアは大きなトンネルが曲がりくねって、最終的につながる構造になっている。
一言でトンネルといっても、それは超巨大生物が通る道であり、20階建てのビルが横倒しで収まるほどの広さがあった。
その広い空間を、ぎっしりと埋め尽くすような赤い竜の群れ。
地下に生息しているため翼はなく、4本の足で素早く駆ける。
ドラゴンの定義上、こういった翼のない種は『ドレイク』に分類されていた。
Enemy―――――――――――――
【 スカーレット・ドレイク 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃5100/HP7200
効果:このモンスターは群れの上限を超えて接敵できる。
スタックバースト【赤の重圧】:永続:戦いが終わるまで、目標のユニット1体の攻撃と防御を-1000。ゼロ以下にはならない。
――――――――――――――――――
激高して襲い来るドレイクの群れは9体。その全てがステータス3倍補正の★3レア。
さらには、信じられないほど凶悪なユニット効果とスタックバーストを備えていた。
スピノサウルスは自己強化型だったが、ドレイクの能力は相手への強烈な弱体化。いわゆるデバフである。
上限3体までという戦闘ルールを塗り替え、【赤の重圧】を容赦なく浴びせてくるドレイクの群れ。
そんなものに囲まれたが最後、ユニットの攻撃と防御はゼロにまで落とされて、まともな防御すらできないまま踏み潰されるだろう。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
どうしよぉおおおお~~~~!!」
「リン、落ち着いてください!
その装備品をたくさん付けた【アルテミス】、ステータスはいくつですか?」
「え……えっと、攻撃が4500で防御は6200だけど」
「ドレイクの狙いは卵を持ってるプレイヤーよ。
リンはコボルドをしまって、敵を全部【アルテミス】に引きつけて!
みんなも自分のユニットが接敵されないように離脱!」
ドレイクの攻撃目標を一点に集中させるため、クラウディアはその場で作戦を立てた。
メンバーはそれぞれのユニットを離脱させ、リンもコボルドにカードを向ける。
Tips――――――――――――――
【 ユニットの離脱 】
ミッドガルドでは召喚したユニットを再びカードに戻すことができる。
通常時には任意のタイミングで、戦闘中には召喚の代わりに行うことが可能。
ユニットが敗北していない限りは再召喚も可能だが、効果を発動していたリンクカードなどは使用済み扱いになる。
――――――――――――――――――
「コボルドちゃん、この中に戻って!」
「わう~?」
全てはコボルドが抱えてきた竜の卵が原因なのだが、当の本人は何も分からないままカードに戻っていった。
離脱を支持されたユニットたちは光の粒子になって消え、各自のカードに収まっていく。
最終的には多数の装備品で身を固めた【アルテミス】がガード役として残り、さらにリン以外のメンバーは横穴へと退避する。
「あれ? ちょっと、みんな! どこ行くの?」
「悪いけど、リンはそこから動かないで。
敵は全部あなたに向かうはずだから、とりあえず動きを止めるのよ!」
「えええええ~~~~~~っ!?」
クラウディアの言葉どおり、9体のドレイク全てがリンに殺到してきた。
地球上に生息するオオトカゲを、美しい真紅の鱗で飾ったような竜種。
1体あたりは尻尾の先まで8mほど。
スピノサウルスよりも小柄だが、卵を盗まれて激高した大型生物に囲まれるのは、さすがに生きた心地がしない。
「あの……え、え~と……卵のことで怒ってるのかな?
だったら返すけど」
「ゴガァアアアアアアアアアッ!!」
「わああああっ、ごめんなさい、ごめんなさい!
ウチの子に悪気はなかったと思うんです~~~!」
リンの説得など聞き入れるはずもなく、ドレイクたちは怒り心頭。
特殊能力によって9体全てとの戦闘に入り、さらにはスタックバーストの重ねがけ。
【アルテミス】の体が赤黒い霧のようなもので覆われた直後、多数の装備で強化しているにも関わらず、ステータスが下限まで引き落とされる。
「うわああぁ~、【アルテミス】の攻撃と防御がゼロにされた!
しかも、向こう側の先制攻撃!? 9体もいるのに?
もう終わりだぁああ~~~~~~っ!!」
「リン、安心しろー!
死んでもミッドガルドの外に放り出されるだけだぞー」
「そうです、負けてもペナルティはないですよ。
手に入れたアイテムはそのままですから」
「それって、もうやられること前提で話してるよね!?
あたしの冒険、今日はここまでってこと?」
横穴からユウとステラが声をかけてきたが、ドレイクたちは見向きもしない。
すでにリンとのバトルに入っているため、9体が一斉に襲いかかってくる。
「ア……【アルテミス】で防御する……けど、この状態じゃ……!」
竜としては小柄とはいえ、世界最大のワニですら6m。
それを超える大型生物の群れに囲まれ、リンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
――が、その耳に呆れたようなクラウディアの声が届く。
「まったくしょうがないわね……リン、何か忘れてないかしら?
このミッドガルドには同じユニットカードを3枚まで持ち込める。
つまり、スタックバーストは1回きりじゃないのよ」
この作戦を立てたクラウディアは、すでにコウモリとの戦闘で鍵となる策を見せていた。
そして、他の面々がユニットをカードに戻した中、彼女だけはドローンを出したまま。
そこまで条件が重なった以上、やることはひとつ。
頼れるリーダーは1枚のカードを掲げ、万全のタイミングで使用を宣言した。
「【EMPドローン】のスタックバースト発動、【バーストジャマー】!」
それはコウモリ戦でも見せた広範囲ジャミング。
ダメージのない電流がほとばしり、月の女神とドレイクたちを包み込んでいく。
【EMPドローン】が発生させたプラズマフィールドの中にいる間、全てのスタックバーストは無効化されるのだ。
「グァアアアアアッ!」
「シャアアーーーーーッ!」
それと同時に、赤い濁流のような攻撃ラッシュ。
9体のドレイクが強靭な前足を、鋭い牙を、巨木でも砕きそうな尻尾を叩きつけてきたが、女神には傷ひとつ付けられない。
赤の重圧が打ち消され、元に戻った防御力は6200。
【アルテミス】は主人であるリンを守るかのように球体のバリアを展開し、全ての攻撃を防ぎきってみせた。
「はぁ……はぁ……い、生きてる!
【アルテミス】! クラウディアもありがとう!」
「お礼を言うのは、まだ早いわよ。
ドローンの効果でバーストが無効になるのは2ターンだけ。
その間に倒しきらないと、根本的な解決にはならないわ」
「そっか……ドレイクは全部、あたしのほうを向いてるけど。
これって、みんなで後ろから攻撃できたりしない?」
「それは無理だ。
お前が初めてミッドガルドに来たときも説明しただろ?
他のプレイヤーはバトルに割り込めない。
ネームドだけが特殊で、基本的には協力プレイなんてできないんだ」
Tips――――――――――――――
【 バトルのルール補足 】
ミッドガルドにおける通常戦闘の場合、すでにプレイヤーと戦っているモンスターへの攻撃はできない。
また、自分以外のプレイヤーが召喚したユニットに対し、何らかのカードを使って支援や妨害をすることもできない。
これらは野生モンスターの横取りを防ぐための仕様であり、自分以外が行っているバトルに対して有効なのは、以下のケースのみである。
・目標を選択せず、フィールド全域に効果を及ぼすカード。ただし、直接ダメージが発生するもの、および著しい妨害とみなされたものは無効。
・同じ探検隊に所属している場合のみ、野生モンスターに対するプロジェクト、カウンターカードでの支援。
・同じ探検隊に所属している場合のみ、他のプレイヤーが使用した”ユニット以外”のカードを目標にした効果。
――――――――――――――――――
「う~ん、なるほど……
直接攻撃したり、代わりにガードしたりっていうのは、割り込みになっちゃうからダメなんだ。
でも、全体効果なら効くんだね……ふむふむ」
コンソールに表示された説明文を読み、考えを巡らせるリン。
怒り狂った9体のドレイクたちだが、今はプレイヤーのターンなので何もできずに待っている。
一応、吠えたり唸ったりと威嚇しているものの、ルールを無視して攻撃するようなことはない。
なぜなら、これはカードゲームだからだ。
「で、私にひとつ策があるわ。
リンが洞窟探検に持ってきたデッキ次第だけど」
「何? どんなカードが必要なの?」
「あなたのことだから、こっそり持ってきてるでしょ?
ここにいるモンスターを全部――1ターンで焼き払うカードを」
「「「…………っ!!」」」
クラウディアの一言に、全員がハッと両目を見開く。
9体もの★3モンスターを倒しきる、最速にして最高の手段。
それを持ってきたのかという問いに、リンは真剣な顔つきで頷いたのだった。




