第5話 兄との合流
「それにしても、あれほどVRが嫌いだったスズ――
いや、リンがカードゲームを始めるとはな」
「別に嫌いじゃないよ。今まで機会がなかっただけ」
翌日、今度は失敗しないようにフレンド登録し、ラヴィアンローズの世界で兄と合流できた涼美。
この世界で勇治は『ユウ』というアバター名を使っていた。
単純に本名から2文字取っただけだが、大丈夫なのだろうか。個人情報的に。
「でさぁ、兄上……その格好は何?」
「何って、コスチュームだよ。かっこいいだろう?」
「ん~、ヘビーメタルの人?」
「ダークヒーローと言ってくれ!」
ユウは全身黒ずくめ。黒い皮のズボンに黒いシャツ、黒い指ぬきグローブ、黒いジャケット。
普段から家でだらしない姿を見ているため、どうにもコスプレっぽい感じが否めない。
「初心者講習会を受けたなら、お前もコスチュームをもらってるだろ?」
「そういえばそうだね。たしか、持ってたはず。
後で更衣室に行って着てみようかな」
「ふふふ、VR初心者だな、妹よ。
更衣室なんて、ここにはない――というか必要ない。
コンソールで設定すれば服が変わるから、一瞬で着替えられるのだよ」
「へぇ~、講習会ではそういうこと教えてくれなかったから助かる!
やっぱ、バカ兄貴に相談してよかったわ~」
「感謝するなら、バカ呼ばわりするなっての!」
ラヴィアンローズを始めてみたけれど、分からないことが色々あるから教えてほしい。
そう言って兄とコンタクトを取ったのだ。
我ながら良い作戦だった。
おかげで、あまり口論にならずに合流できたし、この世界のことも分かって一石二鳥。
兄は涼美が自発的にゲームを始めたと思ってるようなので、母が関わっているのは黙っておくことにした。
「えっと、『ビギナーズローブ』……これを選択すればいいのかな?」
Tips――――――――――――――
【 コスチューム 】
この世界では様々な衣装を着ることが可能になっている。
衣装の入手方法はクエスト報酬、大会での参加賞、ショップでの購入など。
一部のコスチュームには特殊効果が付与されているが、カードゲームには影響しない。
――――――――――――――――――
「あ、説明文が出た。
それじゃあ、服装をビギナーズローブに変更っと」
仮想空間なため、ほとんどの情報は空中に半透明のパネルで表示される。
リンは目の前に現れた『説明文』をタップして消すと、コンソールを操作して着替えを行った。
決定ボタンを押した直後、兄が言ったように一瞬で服が変わる。
講習会で配布されたビギナーズローブは、白を基調にした柔らかい生地のコスチューム。
教会の聖歌隊が着ているような、ゆったりとした見た目のローブだ。
「へぇ~、なかなか可愛いじゃない」
「プッ……ふふっ、はっはっはっ!」
「ちょっ! 笑うことないでしょ!」
「いやいや、似合うとか似合わないとかじゃなくてだな。
それは初心者が最初に着る服だから懐かしくて」
「あ~……つまり、この服を着てる人は初心者ですってことね。
他の服はどこで買うの?」
「ショップだが、それにはポイントが必要だ」
「ポイント……クエストポイントってやつかな?」
Tips――――――――――――――
【 ポイント 】
クエスト達成やカードゲームの対戦結果に応じて配布される。
この世界の仮想通貨として使えるため、ショップで買い物ができる。
現金でポイントを買うこともできるが、その逆を行うと規約により強制退会の対象となる。
――――――――――――――――――
「説明文にも書いてあると思うが、ポイントとかカードを現金で売りさばく行為はRMTにあたる。
どのゲームでも厳しく罰せられるから気をつけろよ」
「そんなこと、するつもりはないけど……
兄貴さぁ、このゲームでお金使ってたりしないよね?
それも、ちょっと親には言えないくらいの額を」
「ば、ばばばばば、バカ言うなって!
ちょっとだけ……ちょっとだけしか使ってないぞ!」
「本当に~?」
正直者の兄は、嘘をついているとき目を合わせようとしない。
そのことを知っている妹は、ヒョイヒョイと左右に動いて視界に入ろうとしていた。
「ええい、そんなことよりパックを開けろよ!
デッキを組まなきゃ何もできないだろうが!」
「あ、そうそう。もらったカードを確認しなきゃ」
昨日の初心者講習会で配布された参加報酬。
まずはコモンとアンコモンカードをランダムで30枚。
生まれて初めて手にする自分だけのカード。
その絵柄と効果をリンは1枚ずつ丁寧に眺めていった。
「ふぅ~ん、へぇ~、こういう効果もあるんだ……あ、このカード可愛い!」
「ははっ、初めてカードに触ってる感じがして面白いな」
「そういう兄貴だって、初心者だったときがあるでしょ」
「だから面白いんだよ。新しく始めた人を見ると」
ユウは妹を馬鹿にしているわけではない。
カードゲームに限らず、新人を見ると楽しい気分になってしまうものなのだ。
プレイ人口が増えたことへの喜びと、かつて自分も初心者だったという懐かしさから、ついつい顔がほころんでしまう。
「えーと、これがカード5枚入りのパックだね。
いいものが当たりますようにっ」
「まあ、初心者講習会で配られたやつだし、アンコモンが出たら当たりってとこか」
「そういえば、講習会ではレアカードが貴重とか言ってたね。★が3つとか何とか」
「このゲームのレアリティは6段階ある。実質4段階みたいなものだが」
Tips――――――――――――――
【 レアリティ 】
カードには以下のレアリティが設定されている。
LG ★★★★★★:レジェンドレア
UR ★★★★★:ウルトラレア
SR ★★★★:スーパーレア
R ★★★:レア
UC ★★:アンコモン
C ★:コモン
――――――――――――――――――
「ん? 6段階あるのに実質4段階?」
「最高峰のレジェンドレアはたった4枚しか存在しない。
そして、それは世界大会で優勝したワールドチャンピオンたちに贈られたんだ。
まさにレジェンドってわけだな」
「すごいねー!
たとえば、あたしが世界大会で優勝したら、レジェンドレアをもらえるの?」
「そういうこと。
ま、初心者ローブ着て、まだデッキも作ってないようじゃ、プレイヤーですらないけどな!」
「くうぅ~、夢を見るだけならタダじゃない!」
世界にたった数枚だけのカードをもらえる権利。
それがワールドチャンピオンとして掴み取る最高の栄誉なのだ。
そんなカードを持っているだけでもすごいのに、戦いで使うこともできてしまう。
しかも、リアルな演出が行われるVR空間の中で。
「じゃあ、講習会で見た騎士っぽいおじさんも専用のカードを持ってるんだ?」
「初代チャンピオン、騎士王のハインリヒさんだな!
こういう王様みたいな称号、つまりは肩書きもチャンピオンに贈られる賞品のひとつだ」
「へぇ~っ!」
言いながら、カード5枚入りのパックを開けてみるリン。
ペリッと破くビニールの感触と、封入された新しいカードの束。
本当にカードゲームのパックを開けているような感じだ。
しかも、ビニールが途中で曲がって切れなくなるというイライラがVRの世界にはない。
「あ……あああああ~~~~~っ!!」
「お、どうした? レアが当たったのか!?」
「これ見て、このカード! すっごい!」
Cards―――――――――――――
【 ブリード・ワイバーン 】
クラス:コモン★ タイプ:竜
攻撃300/防御300
効果:自プレイヤーのターン開始時に成長し、攻撃と防御の『基礎ステータス』が2倍になる。この効果は2回まで行われる。
スタックバースト【突然変異】:永続:1回成長する。この効果は上限に含まれない。
――――――――――――――――――
「いや、コモンだろ……それ」
「でも、めっちゃ可愛いよ、この子!」
翼竜種と書かれているが、カードの絵柄はヤモリを思わせる大きな目をした赤ちゃん。
前足はなく、代わりに生えたコウモリのような翼で飛ぼうとしている姿が可愛らしい。
「出したターンは弱いし、3ターン生き延びても攻防1200にしかならないんだよなぁ、これが。
運良くバーストできれば戦力になるんだけど」
「バーストって……この、スタックバーストっていうやつ?」
Tips――――――――――――――
【 スタックバースト 】
すでに召喚されている自分の所有ユニットと同種同名のカードが手札にある場合のみ発動可能。
手札から対象のカードを消費し、スタックバースト効果を発動させる。
この行動は相手のターンでも行える。
――――――――――――――――――
「なるほど~、同じユニットが手札にあったら使えるんだ。
ネットでルールを読んだときには書いてなかったんだけど」
「それはたぶん、『基本ルール』を読んだからじゃないか?
スタックバーストは後から追加された『拡張ルール』。
同種同名のカードはデッキに3枚までだから、最大2回バーストさせられる。
コモンやアンコモンは手に入りやすいから、バースト効果を気軽に使えるわけだ」
「へぇ~……色々と考えてあるんだね、このゲーム。
とりあえず、ワイバーンちゃんはデッキに採用決定!」
「マジかよ……めちゃくちゃ運に左右されるのに」
「運も実力のうちって言うじゃない。
それに、好きなカードを使ったほうが楽しいに決まって――」
言いながら次のパックを開封したとき、リンは奇妙な違和感をおぼえた。
例えるなら、知らない人と会ったはずなのに、ずっと前から知り合いだったような気がする、あの感覚。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ、いきなり『お兄ちゃん』って呼ぶなよ。
また可愛いカードでも見つけたか?」
「可愛いっていうか、このカード……なんか光ってるんだけど」
「は……?」
そんな会話をした次の瞬間、パックの中から空に向かって虹色の閃光が放たれた。
まるで極太のレーザービームのようにラヴィアンローズの空を貫いた光に、兄妹は思わずひっくり返る。
「な、なんだぁあああ!?」
「ちょっ……えぇ……えええっ!?」
七色に輝く光の柱を見上げ、言葉にならない声を上げる2人。
何が何だか分からないリンの前に、ゆっくりと人型の影が降りてきた。
まばゆい光の中から現れた人影は、少しずつ全貌を表していく。
この世のものとは思えないほど美しい銀髪の女性。
静かに開いた両目はエメラルドグリーンに輝き、サイバーなデザインの光輪が頭上に浮いていた。
その姿を見たリンは思わず、とある存在の名を口にする。
「……女神……様?」
修正:【ブリード・ワイバーン】の効果を修正しました。