第8話 ダンジョンにクリスタルを求めて その5
赤のエリアで始まった『鬼ごっこ』。
超巨大ネームドモンスターが戻ってくる前に、クリスタルを取って離脱しなければいけない。
このエリアは地下鉄のトンネルに似た構造で、ある程度進むと横穴でショートカットができる。
どう考えても人間の足のほうが遅いため、この横穴を使うのが重要なようだ。
「あのさ……【ズユューナク】って、【全世界終末戦争】も効かないんだよね?」
「そうね、あらゆるカードが効かない以上、打つ手は無いに等しいわ。
細かい仕様を言うと、ネームドモンスターを”指定”してカードを使うこともできないみたい」
「私の【ダークネス・ゲンガー】でコピーするのも、召喚したときに相手を”指定”しなければいけないのでダメです」
「そっか……でも、勝った人もいるんでしょ?」
「単純な話、ユニットを強化して殴り勝つしかない。
【ズユューナク】の場合は【タイプ:竜】からダメージを受けないユニットに、貫通ダメージを無効化する装備品を付けて、50ターンくらい殴れば理論上は勝てる。
ただし、竜や神はユニットの中でも高位の種族だ。
竜からダメージを受けないなんて★4の【ジークフリード】くらいだし、50ターンも無事でいられる保証はない」
仲間たちの言葉を、リンは呆然としながら聞くしかなかった。
持っていることすら奇跡的な★4が必然な時点で、もはや攻略法としては参考にならない。中途半端な戦略で倒せる相手ではないのだ。
「まあ、倒したところで★5のカードはもらえないらしいわ。
いくつかのアイテムと、大量のポイントが手に入ったそうだけど」
「ポイント! あたし、かなり使っちゃったからポイントが欲しい!」
「誰だって欲しいわよ。
私もギルドの設立に投資したから、今後は節約しなくちゃいけないし」
「この世界の通貨ですからね。
ポイントが欲しいっていうのは、プレイヤーなら誰でもそうだと思います」
「だから、ネームドに挑む人はたくさんいる。
俺も友達と突っ込んでいったことはあったが……まあ、結果は聞くな」
全世界で相当な数のプレイヤーが挑んで散っていった最強モンスター。
ゲームである以上、攻略法が分かってしまえば情報が流され、あっという間に乱獲される。
そうなっていないということは、討伐した例が非常に少ない上に、他の人では再現不可能ということだ。
「別に、倒す作戦を考えてもいいけれど。
やるなら、あと4人……最低でも2人以上。
ネームドには8人で挑めるから、仲間を集めた後にしましょう」
「それがよさそうですね。
私の知り合いは、すごく強い人なので力になってくれると思います」
「(ステラから見ても強いんだ……いったい、どんな人なのかな?)」
この洞窟での立ち回りを見ても、ステラは十分に良い仕事をしている。
そんな彼女が強いというのだから、戦力を期待しても良さそうだ。
と、考えながらリンが歩いていると、まだコボルドを探索させていないことに気がつく。
「ねえ、みんな! ちょっと待って!
コボルドちゃんに【物資収集】してもらってもいいかな?」
「そうね、今のところモンスターは感知してないから、各自のユニットでやっておきましょう」
「分かりました。
じゃあ、私も――【土星猫】、お願いします」
「ゲヒヒヒヒヒヒ!」
突然響いた悪魔の笑い声に、ステラ以外の3人はギョッとしてしまう。
【土星猫】と合体しているため、返事をして探索に向かったのは【レライエ】であった。
4本腕の化け物が喜々として探索に向かうというのは恐ろしい光景だが、見た目さえ気にしなければ優秀なユニットである。
実際、【レライエ】がステラのために拾ってきたアイテムは、この上なく実用的だった。
「あああ~~~っ、赤いクリスタルです!
ありがとうございます、【土星猫】と【レライエ】!」
「フヒ! グヒャヒャヒャ!」
奇声を上げながら悪魔が魔女に差し出したのは、煌々と輝く赤いクリスタルの結晶。
それさえあれば、希少な★3レアカードをペットにすることができる。
リンたちがダンジョンの深部まで来た目的であり、メンバーの誰もが欲しがる貴重品だ。
「今日はすごいじゃない、ステラ!」
「カードも手に入れたし、かなり運が高まってるみたいね」
「こういう日があるから、ミッドガルドは面白いんだよな」
ギルドの面々は、羨ましがりながらも祝福する。
こればかりは時の運。今日はステラが活躍し、たくさんの報酬を得る日なのだろう。
「よ~し、あたしも負けてられないよ!
行ってきて、コボルドちゃん!」
「わぉん!」
鉱石を司る精霊といわれているコボルドだが、今のところ拾ってきたのはキノコとウシガエル。
リンを採掘ポイントまで案内してくれるものの、【物資収集】の結果はイマイチと言わざるを得ない。
そんなコボルドが探索できる最後のエリアだったが――
「あれ? 戻ってこない……」
「え? そんなことってあるんですか?」
コボルドが元気よく横穴に潜り込んでいってから3分が過ぎ、やがて5分経とうとしていた。
普通なら、ほんのわずかな時間で探索を終えて戻ってくるはずだ。
「うそ……コボルドちゃんに何かあったの!?」
「【物資収集】に出かけたユニットが襲われるっていう話は、あまり聞いたことがないわね。
危険なモンスターの姿が見えているならともかく、ドローンを使っても感知できないし……
あ、待って! たった今、モンスターの反応が発生したわ!」
「えええっ!?」
モンスターがいる状態では、そもそも【物資収集】ができない。
そして、ユニットが出かけている最中にモンスターが襲ってくると、当然ながら戦闘には参加できない。
コボルドがいなくても【アルテミス】で戦えるが、あまり良い状況とは言えないだろう。
青ざめて焦る妹を見かねたのか、ユウが筋肉エルフたちを連れて動き出す。
「しょうがねえな、俺が見てきてやるよ。
……って、おい! 戻ってきたみたいだぞ!」
「ほんと!? コボルドちゃん、おかえ……り……」
報告を聞き、喜んで出迎えようとしたリンだが、その言葉と動きがピタリと止まる。
たしかにコボルドは帰ってきたのだが、かなり様子がおかしい。
両手で自分の体よりも大きな『物体』を抱え、フラフラと歩いていたのだ。
それは楕円形で全体的に深い緋色。上側が細くなっていく一方、下側はずっしりと太くなっている。
この物体が何に見えるのかと10人に聞いたら、おそらく全員がこう答えるだろう。
『卵だ』――と。
Tips――――――――――――――
【 赤晶竜の卵 】
こっそり盗んできた卵。
料理に使ってもいいが、【マグマ岩】を使って温めれば孵化させることもできる。
このアイテムを持っていると野生の赤晶竜が激怒し、優先的に襲われる。
――――――――――――――――――
「た……卵……? しかも、竜の!?」
「聞いたことがないわよ、そんなものが【物資収集】で手に入るなんて」
「と、とにかく受け取ってあげませんか?」
「そうだね! コボルドちゃん、ありがとう!
重くて大変だったよね」
「わううぅ~~~~~っ」
コボルドではなく、卵が歩いてきたと言ってもいいほど、それは大きく重厚だった。
ずっしりと中身が詰まった温かい卵は、縦幅1m以上。
ダークレッドの殻に黒い亀裂のような模様が入っていて、なんとなく禍々しい。
リンが触れることで竜の卵はアイテム化されて消え、コンソールの所持品リストに登録される。
「よしよし、今回は頑張ったねぇ~。
戻ってこないから心配しちゃったけど、すごく力持ちなんだね」
「わぉ~う!」
「レアっていうか、もはや未知のアイテムだと思うんだが。
それにしても、今の卵……すごくヤバイことが書いてなかったか?」
「そうですね……竜が激怒して優先的に狙われるとか」
嫌な予感を察知したのか、ユウとステラがコボルドを見ながら考え込む。
竜の卵が【物資収集】で手に入るという話は、4人とも聞いたことがない。
やがてクラウディアも顔を上げ、深刻そうな声で状況を伝えた。
「みんなに、まずい報告があるわ。
ドローンで確認したんだけど、私たちは大量のモンスター……
おそらく親の竜に囲まれてるみたいね」
「「「は……?」」」
聞き返したときには、時すでに遅し。
奥へと続いていくトンネルの先、そして、反対側からも蠢く集団が迫ってくる。
まるで濁流のように押し寄せる軍勢は、それら全てがモンスターの中でも上位種の【タイプ:竜】。
先ほどコンソールに表示された説明文のとおり、盗まれた卵の親たちが激怒し、両目を真っ赤に輝かせて突っ込んできたのだった。




