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第7話 ダンジョンにクリスタルを求めて その4

 青水晶の採掘ポイントは、そのほとんどが水中に沈んでいる。

 しかし、よく探してみると陸地にも水晶塊が点在していて、ある程度は入手できるようだ。

 コウモリがいなくなった地底湖の岸辺に、軽快なツルハシの音が響く。


「よぉーし、青いクリスタルもゲット!」


「やりましたね。これで★2のアンコモンまでペットにできますよ」


「うんっ、帰ったらウサギちゃんに使うんだ~」


 このエリアの脅威は排除したので、1時間ほどは安全が保たれているらしい。

 リンとステラが採掘しながら談笑していると、そこに【物資収集(ギャザリング)】を終えたコボルドが帰ってくる。


「わうっ!」


「コボルドちゃん、おかえり~!

 今度は何を取ってきてくれたのかな~……」


Tips――――――――――――――

【 地底湖ウシガエル 】

 口に入るものなら何でも食べてしまう貪欲なカエル。

 食用肉として使用可能だが、一部のペットはそのまま食べる。

――――――――――――――――――


「ぎゃあああああああーーーーーーっ!!」


 コボルドが両手で抱えてきたのは、でっぷりと太ったウシガエル。

 見る人が見れば良質な食材なのだが、耐性がないリンは絶叫しながら顔を引きつらせた。

 持ってきたコボルドは平気らしく、天使のような笑顔でカエルを差し出す。


「やっ、ちょ、そんなに近づけないで!

 これって、受け取るには触らなくちゃダメ!?」


「採取道具、持ってないんですか?」


「道具? ツルハシのことじゃなくて?」


「物を挟むトングとか、保管用のガラス瓶がセットになった『採取道具一式』があるんです。

 それを持っていれば、直接触らなくてもアイテム化できて便利ですよ」


「旅に出る前に言ってよぉ~!」


「わう、わ~う」


「わ、分かった……受け取るから!」


 ()かすようにウシガエルを突き出してくるコボルド。

 道具があることを知らなかったリンは、それを素手で触るハメになる。

 覚悟を決めて少しずつ手を伸ばしていくと、粘液にまみれた冷たい皮膚にヌルッと指先が触れてアイテム化した。


「うわあああああああああ~~~~っ!!

 最悪だぁああ~~~~!!」


「わう~?」


「……次からは道具を持ってこよう。

 コボルドちゃんも手がヌルヌルだから、あっちで一緒に洗おうね」


「わぉん!」


 仲の良い姉妹のように、連れ立って水辺へ向かうリンたち。

 意外と面倒見がいい友人の後ろ姿を見送りながらステラは微笑む。

 学校では見えないクラスメイトの一面に驚いているのは、リンだけではないのだ。


 そんな感じで一行が探索を終えるころには、いくつかの青いクリスタルを採掘できた。

 アンコモンまでなら、しばらくは気軽にペットを増やせるだろう。


「さて、今から行くのが赤のエリア。

 ちょっとやそっとの(から)め手じゃ、どうにもならない最深部よ」


「ついに来たな……鬼ごっこの時間だぜ」


「鬼ごっこ?」


 この青いエリアですら、大きな音を立てればコウモリの群れが襲ってくる。

 当然ながら、最奥には上級者向けの脅威が待ち構えているはずだ。


 先導するクラウディアについていくと、岩壁を引き裂いたような、ほんのわずかな亀裂の間に潜り込んでいく。

 【アルテミス】は平気そうだが、体が大きい【レライエ】や筋肉エルフはギリギリ通れるような狭さだ。

 そこを抜けると世界の色は一変して青から赤へと変わり、再び広い空間が一行を出迎える。


「お……おぉ……」


 青いエリアに来たときほどの感動ではないが、最深部の光景も幻想的だ。

 あちこちで赤水晶が発光し、洞窟の内部を炎のように照らしている。

 先ほどのホールに比べると見通しは悪く、異様に幅の広い道が奥のほうまで続いていた。


「みんな、この亀裂から出ないで。通り過ぎるのを待つわよ」


「通り過ぎるって……何が?」


「まあ、見てれば分かるさ」


 クラウディアが全員の足を止めさせ、亀裂の中で隠れるように指示した。

 会話によると、何かが通り過ぎるのを待っているらしい。


「ん? 地震……?」


 やがて、リンはグラッと揺れるような振動を感じ取る。

 地震かと思ったが、どうも様子が違うようだ。

 ずっと揺れ続けているのではなく、揺れては止まり、止まっては揺れ。

 一定の間隔で刻まれる振動は、ズンッという轟音とともに激しくなっていく。


 数分後には立っていることすら難しいほどの、すさまじい揺れに飲み込まれた一行。

 亀裂の壁に身を寄せながら、どうにか耐えていると――


 その振動の発生源が、リンの眼前に現れた。


「な……なにこれぇえ……!?」


 亀裂の間から見ることになったのは、おそらく前足である。

 おそらくという言葉を使ったのは、リンの視界にはそれしか入りきらなかったからだ。

 片方の前足だけでも在来線の車両くらいはあり、それが振り上げられて地面と接触した瞬間、とてつもない衝撃が亀裂の中を吹き抜ける。


 次に見えたのは脇腹と思われる”何か壁のようなもの”。

 鱗と呼ぶのも馬鹿馬鹿しいような、硬質の組織に覆われた赤い体。

 それがしばらくズルズルと通り過ぎてから、ようやく後ろ足らしきものが見える。


 もはや訳が分からないほどの巨体が移動しているため、その1歩ですら足元にいる者には脅威だ。

 人間など、ちっぽけなアリのように厄災が過ぎるのを待つしかない。


 ようやく最後の部分となる尻尾が見え、尻尾が続き、尻尾、尻尾、尻尾、まだ尻尾。

 それら全てが亀裂の前を通り過ぎると、激しい振動も少しずつ収まっていった。

 あまりのことに絶句していたリンは、蒼白になりながらも言葉を取り戻す。


「あの……えっと、聞きたくないけど……今のって……」


「もちろん、モンスターよ。この洞窟の主でネームドモンスター。

 【赤晶巨竜”ズユューナク”】!」


Enemy―――――――――――――

【 赤晶巨竜”ズユューナク” 】

 クラス:??? タイプ:竜

 攻撃92000/HP113000

 効果:このモンスターが受けたステータスの低下は、上昇効果に変換される。

 スタックバースト【???】

――――――――――――――――――


 コンソールに表示されたモンスターのデータを見た途端、リンは書いてある数字を疑った。

 HPは11万に達し、攻撃力も9万超え。

 もはや、カードゲームのユニットで戦える相手ではない。

 ★4スーパーレアの神である【アルテミス】にリンクカードを100枚付けて、ようやく立ち向かえるステータスだ。


「も、もしかして、アレが★5のウルトラレア?」


「残念ながら違います。

 クラウディアが言ったように、【ズユューナク】はネームドモンスター。

 このミッドガルドで何体か存在が確認されている、伝説級の魔物です」


Tips――――――――――――――

【 ネームドモンスター 】

 ミッドガルドの各地に生息する非常に強力な個体。

 ネームドモンスターには8人までのプレイヤーで挑むことができるが、相手も全てのプレイヤーに範囲攻撃ができる。

 このモンスターにはレアリティがなく、ブランクカードで捕獲することもできない。

 また、ネームドモンスターは全てのカード効果を受け付けない。

――――――――――――――――――


「捕獲不可能な上に、カードの効果も通用しないって……まともに戦うようにはできてないってことかな?」


「これまでに数多くのプレイヤーが挑んだが、討伐できたっていう話はほとんど聞かないな。

 最初から討伐を目標にして、ガチな精鋭のメンバーを8人用意した上で、ありったけのカードをぶつける。

 それでも、勝率は全世界で小数点以下って言われてるんだ」


「い、一応、倒せてはいるんだね……」


「全世界で、ですよ。

 日本ワールドでの討伐になると、さらに数字は低いはず……

 もしかしたら、成功例はゼロかもしれません」


 ミッドガルドの各地で頂点に君臨する規格外の怪物、ネームドモンスター。

 先ほど通り過ぎた【ズユューナク】も、その中の1体である。

 数々の巨大生物を見てきたリンですら、全身を視認することができなかったのは初めてだ。

 足の大きさや胴体の長さから推測しても、全長60から70mくらいはあっただろう。


 なぜ、そんなものが野放しになっているんだとリンは戦慄したが、ここは神話の舞台であるミッドガルド。

 この水晶洞窟(クリスタルケイブ)ですら、広大な世界の一部でしかない。


「それじゃあ、行きましょう。

 このエリアは一本道になってて、アレは道に沿って歩き続けてる。

 追いつかれる前にクリスタルを採取して、ここに戻ってくるのが目標よ。

 時間は限られているわ」


 クラウディアに続いて亀裂から抜け出した一行は、ついに最深部となる赤のエリアを探索する。

 徘徊する巨竜との遭遇は、(まご)うことなき死を意味するだろう。

 リンは異様に広い通路の奥を凝視(ぎょうし)したが、かのネームドモンスターは尻尾の先端ですら見えなくなっていた。

2022/04/05 ネームドモンスターについての仕様を変更しました。あらゆるカードが効かなくなった代わりに、挑める人数を8名に増加。

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