第2話 見た目から入るのも大事
「さて、今後についてだけど」
味のしないコーヒーが入ったカップを手に、作戦会議を進めるクラウディア。
このコテージのテーブルは大きく、4人で囲むとスペースが余る。
その余っている部分に視線を投じながら、リーダーである彼女は計画を練っていた。
「ここから先は街道なんて敷かれていない秘境……
いえ、危険な魔境が広がっているわ。
南は来た道を戻るけど、東には洞窟と深い谷、西は密林と海。
そして、北はミッドガルドで最も険しい山岳地帯。
この過酷な環境を、今後も4人だけで探索するのは苦しいと思うの」
「もっと仲間がほしいってこと?」
「ソロで探索するより、誰かに手伝ってもらったほうがいいのは、リンにも分かったでしょ?」
「まあ、たしかに。
ステラが手伝ってくれなきゃ、沼で稼ぐなんて無理だったと思う」
リンが持つ【アルテミス】は強力なユニットだが、一撃ごとに装備を破壊してくるスピノサウルスの群れには押し負ける。
ステラと分担し、相手の勢力を半減させたからこそ成功した狩りなのだ。
ユウにも思うところがあるらしく、メンバーを見渡しながら会話をつなげる。
「ここにいる全員が、いつもログインしてるとは限らないからな。
村の外は未開拓の大自然。
その中でモンスターと戦いながら★5の手がかりを探すのは、この人数じゃ厳しいだろう」
「それでメンバーの補強をしたいわけですか。
一応、私のほうでもフレンドは何人かいますけど」
「俺のほうにも、アテはある。
これだけ女子が多いと、男のダチは誘いにくいけどな……」
長期的にプレイしてきたステラとユウには、それぞれ人脈があるようだ。
始めたばかりのリンには、フレンドなど片手で数える程度しかいない。
……が、ふと交換交流会で出会った女性のことを思い出し、遠回しな質問をしてみる。
「ひとつ聞くけどさ、大人をメンバーに勧誘するのってアリ?」
「年齢は考慮しないわよ。
気が合わない同年よりは、気の合う大人のほうがいいと思うし。
とりあえず、ギルドのメンバーを管理する権限があるのはリーダーだけだから、私が判断することになるわね。
このギルドにとって良いと思える人なら性別や年齢を問わないけど、その逆だってありえる。
まあ、そこまで深く考えないで、いい候補がいるなら気軽に相談してちょうだい」
「「「う~む……」」」
深く考えるなと言われたが、ここにいる仲間たち全員に関わる問題だ。
しばらく真剣な顔で考え込み、まず最初にユウ、続いてステラが口を開く。
「とりあえず、後輩に声をかけてみるかな。
後でクラウディアに相談するよ」
「私も1人、始めたばかりの頃からお世話になってる人がいます。
頼めば協力してくれるかもしれません」
「え、えっと……あたしも一応、探してみるね。
人脈なんて全然ないけど」
各員から返答があったところで、クラウディアは満足げに腕を組んだ。
これも彼女の才能なのだろうか。
リアルの世界で生徒会員か学級委員長でもやっているのかと思うほど、手際よく会議を進めていく。
「メンバーについては、みんなでよく考えながら進めましょう。
それじゃあ、次は今後の活動について。
まずは、みんなでクリスタルの採取から始めようと思うんだけど」
「クリスタル! ペットを増やすんだね?」
出番が来たとばかりに、ぴょこんと顔を上げるリン。
彼女が今欲しがっているものナンバーワン、それはペットの生成に必要なクリスタルだ。
「東の洞窟に採掘できる場所があるの。
その名も『水晶洞窟』」
「洞窟の中が水晶に覆われて、とてもきれいなんですよ」
「よ~し、行こう! 今から行くんでしょ?
あたしはもう、ばっちり用意してきたからね」
言いながら立ち上がり、リンはコンソールを操作して着ているものをチェンジした。
ブレザー風の勝負服から一変、フィールド探索に向いていそうなラフスタイルへと変身。
上は半袖のシャツとベスト、下はデニムのホットパンツに編み上げのマウンテンブーツ。
可愛く大胆に、そしてスポーティーに変化したリンの姿に、メンバーたちは口を開けて驚く。
「へぇ~、可愛いですね! 新しく買ったんですか?」
「うんっ、交流会のお店でちょっとね。
これがリンちゃん、フィールド探索コーデ!」
「やっぱり、買い物してたんじゃねーか。
まあ、動きやすくなったのはいいことだが」
「たしかにね、見た目から入るというのも重要だわ。
じゃあ、私も――」
今度はクラウディアが立ち上がってコスチュームチェンジ。
軍帽に軍服という士官スタイルから、リンのようにラフな衣装へと変化した。
下はコンバットパンツに厚底のブーツ、上はタンクトップ1枚だけ。
手を守る兵士用の指抜きグローブに、肘の関節を守るエルボーパッド、頭には特殊部隊のロゴマークが入ったキャップをかぶっている。
肌の露出が一気に増え、そのままサバイバルゲームに参加してもおかしくない服装になった。
「おお~、クラウディアも格好よくて可愛いね!」
「まさに前線に出るって感じだな。
へへへ……実は俺も少しだけ雰囲気を変えようと思って、コイツを持ってきたんだ」
さらにユウが立ち上がり、額にギュッと赤いバンダナを巻く。
それだけでも黒い革の服とよく合い、かなりイメージが変わって見えた。
しかし、女子からの反応はイマイチ。
「なにそれ、暑苦しい」
「いかにもゲームのキャラって感じね」
「うるせえ、個性を尊重しろよ! 俺の個性を!」
探検用にイメチェンした姿になり、ワイワイと騒ぐ3人。
そんな中でステラは座ったまま汗を流し、何かやらかしてしまったのではないかと、目を白黒させている。
「あれ……これって……
もしかして、何も用意してこなかったのは私だけですか!?」
「あ……ああ、ほら、ステラはもう完成された姿だし」
「そうだぞ、ポイントじゃ買えない特別な服だもんな!
そのままでも全然いいと思うぞ」
なだめに入った真宮兄妹とステラのやり取りを眺めながら、クラウディアは冷静に魔女のコスチュームを見つめる。
それが希少な衣装であることは、初対面のときから見抜いていた。
「(あれはハロウィンイベントの上位報酬。
見るからに魔術デッキの使い手だけど……そろそろ、お手並みを拝見できそうかしら)」
クラウディアは、まだステラの戦いを直接見ていない。
魔女の”お手並み”を拝見した途端、大変なことになるなんて予想できないまま話は進み――
ステラへの恐怖を抱くハメになるのは、およそ1時間後のことだった。




