第1話 剣と魔法のファンタジー
「ここが中間キャンプの『ガルド村』よ」
「おお~、ファンタジー村だ~!
ラヴィアンローズって、こんな場所もあるんだね!」
クラウディアが使役する戦車ユニット【ゴリアテ】に乗って一気に進んだリンたちは、ガルド村と呼ばれる場所へやってきた。
そこは森を切り拓いた中世ヨーロッパ風の村。
木やレンガで作られた古風な家々に、レトロな石橋が掛けられた小川、黄金色に広がる小麦畑。
まるで名匠の絵画を再現させたかのような光景に、リンは目を輝かせる。
「すごい、すご~い!
ステラなんて、もうここの住人みたい」
「ふふふっ、ここに来るとNPCと間違えられるんです」
「そのまんま、魔女だからな」
「ホウキでも持っていたら、いよいよ見分けがつかないわね」
戦車の上から降りて笑顔を交わすリン、ユウ、ステラ。
全員が降りたのを確認すると、クラウディアは【ゴリアテ】をカードに戻した。
スタート地点の平原から続く街道は、沼へと分岐する林を抜け、丘陵や山道を経てガルド村へと至る。
街道から外れなければスピノサウルスのような桁外れの強敵は襲ってこないため、戦車で突っ切ることも可能だった。
しかし、ここから先には安全な街道など無い。
「乗せてもらえて助かったぜ、クラウディアちゃん。
俺も何度かここまで来たことはあるが、さすがに今回は最短記録だ」
「それは、どうも。
お役に立てたのはうれしいけど、私に”ちゃん”はいらないわ」
「あ、ああ……分かった。
ステラも”ちゃん”は付けないほうがいいか?」
「私はどちらでも。お兄さんの好きなように呼んでください」
「そうか……じゃあ、ステラとクラウディア。これでいいな」
「失礼じゃないようなら、私もユウと呼ばせてもらうわね」
メンバーたちは、それぞれの呼びかたを決めたようだ。
妹と同学年の女子と接しているのに、明らかに女慣れしていない様子のユウ。
情けない兄をジト目で見た後、リンも会話に加わる。
「ほんと、ビックリしちゃったよ。
ユニットの上って乗れるんだね。
まあ……戦車だし、乗るのが普通だと思うけど」
「ユニットに乗るためには制約が多いんですよ。
私たちが説明するより、説明文を見たほうが早いかもしれません」
「どれどれ……」
Tips――――――――――――――
【 ユニットライド 】
ミッドガルドでは一部のユニットに騎乗することができる。
ただし、以下の条件を満たしていなければならない。
・人を乗せられるだけの十分な大きさである。
・騎乗に適したユニットである。
・持ち主によってペット化されている。
・フレンドが同乗する場合、必ずカードの持ち主が先に乗っていなければならない。
・原則的に飛行するユニットには乗れない。
プレイヤーが騎乗している状態ではフィールド探索を行えず、攻撃宣言ができない。
防御のみ可能で、ユニットの効果とスタックバーストは通常どおり発動する。
――――――――――――――――――
「うわ~、制約が多い上に戦えなくなっちゃうんだ。
完全に移動用っていう感じだね」
「でも、人間の足よりはずっと速いので、ライド用のユニットがいると便利ですよ」
「探索用の次はライド用かぁ……
ユニットって、ただ戦わせるだけじゃないんだ」
「決闘で戦って、ペットになって、一緒に冒険して。
本当に家族みたいな子たちですよね。
このゲームを始めてから、私は寂しいと思ったことがありません」
「(そっか……ステラの家は共働きで1人っ子だから、周りに誰もいないんだっけ)」
リンとステラでは、まるで家庭環境が違う。
だが、少なくとも学校やラヴィアンローズの中で会う彼女は、本心から楽しんでいるように見えた。
何にでも宇宙猫を合体させることにさえ目をつぶれば、ステラもリンに負けないくらいユニットへの愛情を持っているのだ。
と、そんな感じで物思いにふけりながら歩いていると、先を行くクラウディアが振り返る。
「リン、ここに来るのは初めてよね。
とりあえず、鍛冶屋からツルハシをもらってくるといいわ」
「あ、採掘用の道具かな?
それじゃあ、行ってくるね」
一行から抜け出して鍛冶屋へ向かうリンの目に、ファンタジー風な村の家々が映る。
さっきまで戦車に乗っていたというのに、本当に異世界へ来てしまったかのような雰囲気だ。
カンカンと物音がする方向へ進むと、これぞファンタジーといわんばかりに、長いヒゲのドワーフが鉄を叩いていた。
「あの~、すみません」
「まったく、作っても作ってもキリがないぜ。
あんたもクリスタルを掘りに来たんだろ?
すまんが、このとおり手が離せねえ。
ツルハシが欲しいなら、そこにあるのを持っていってくれ」
「は、はあ……」
ドワーフはリンに目を向けることもなく、ひたすらハンマーで鉄を叩いている。
鍛冶屋の店内を見てみると、剣や盾、斧に農具、そして目当てのツルハシが並んでいた。
「これって、タダでいいんですか?」
「まったく、作っても作ってもキリがないぜ。
あんたもクリスタルを掘りに来たんだろ?
すまんが、このとおり手が離せねえ。
ツルハシが欲しいなら、そこにあるのを持っていってくれ」
一言一句、間違えることなく同じセリフを繰り返すドワーフ。
あれだ、プログラムで配置されたNPCというやつだ。
ゲームに疎いリンだが、こういったおかしな状況にも慣れてきた。
どうやら無料でもらえるらしいので、店に置いてあるツルハシに手を触れてみる。
それは持ち上げる必要もなく、キラキラと粒子化してコンソールに収納された。
「お~い、もらってきたよ~」
目的を終えてメンバーたちと合流したリンは、クラウディアの案内でコテージが並ぶキャンプ場へと向かう。
コテージの1つに入ってみると、休憩できそうなソファーやテーブルなどが置いてあった。
外から見ると小さな建物だが、内部は空間が拡張されているらしく、10人くらいは入れそうなほど広い。
休憩を取りつつ、4人で大きなテーブルを囲むと、さっそくクラウディアの主導で作戦会議が始まった。
「さて、まずはガルド村の前線基地へようこそ。
ここは私が借りてる専用コテージだから、好きに使っていいわ」
「借りたんですか!?
かなりポイントが必要なはずですが……」
「『マスター』になったときの報酬も残ってるし、大会のポイントも稼いでいるから、支払いについては気にしなくていいわ。
ここを使う条件は、私のギルドに入ること。みんな問題ないわよね?」
「ああ、『鋼のクラウディア』のギルドに入れるなら何も文句はない。
これで探索が進みそうだぜ!」
興奮気味に語りあう面々。
またしてもリンは置いていかれそうになり、スッと手を上げて言葉を挟む。
「えっと……ギルドって何?」
「ミッドガルドでは、プレイヤーが集まってチームを組めるんです。
本来は『探検隊』っていうんですけど、日本では馴染みがない言葉なので、ギルドと呼ばれています」
Tips――――――――――――――
【 ガルド村のコテージ 】
探検隊を組み、代表者がポイントを支払うことでコテージを借りられる。
コテージが維持されている限り、所属メンバーはガルド村から冒険をスタートすることが可能。
コテージ内ではデッキの組み直しもできるが、すでに発動したカードや敗北したユニットは翌日0時まで使用不可。
――――――――――――――――――
「へぇ~、ここから始められるんだ!
デッキまで組み直せるなんて、色々と便利だね」
「な、探索が進みそうだろ?
ミッドガルドの攻略には欠かせない前線基地だが、空いてるコテージは争奪戦が激しい。
ほんと、よく用意したもんだよ」
「はぁ……クラウディアって、すごいんだ」
腕を組んで得意げな顔をしているクラウディアは、『もっと褒めてもいいのよ』と言わんばかりだ。
実際、この中でリーダーに向いているのは彼女なので、主導してくれるのはありがたい。
リンが隣を見ると、魔女の三角帽子を脱いだステラが笑顔で頷くところだった。
「私も問題ありません。改めて、よろしくお願いします」
「あたしも大丈夫。よろしくね、クラウディア」
かくして全員が参加に同意し、ここにミッドガルド探検隊が結成された。
リーダーであるクラウディアの案を取り入れ、ギルド名も決定する。
【鉄血の翼】――それが4人の初期メンバーで創設された新しい探検隊の名であった。




