第23話 カード交換交流会
「うわ~、人がいっぱい!」
ラヴィアンローズの中央公園に来たリンは、プレイヤーたちの賑わいに驚いていた。
この公園は各種イベントの中心地。
公式大会が開かれるスタジアムや、大きなモニターがある特設ステージ、最初に初心者講習会を受けた場所も一角に設けられている。
今日は月に一度の定例行事となっている、カード交換交流会の日。
大きな噴水がある屋外広場で行われるらしく、たくさんのプレイヤーが参加していた。
「これ全部、カードの交換に来た人?
あっ! あの人が着てる服、めちゃくちゃきれい!
うわ~、あっちのもすごい!」
「おいおい、服を見に来たわけじゃないだろ」
兄に苦笑されたが、ラヴィアンローズのプレイヤーはそれぞれの衣装が個性的で、もはやコスプレイベントの様相を呈している。
かくいうリンの一行も、現実世界で着ていたら注目の的になりそうなコスチュームなのだが。
「お祭りみたいな雰囲気ですよね。
カードの交換以外にも、色々なお店がありますよ」
そう語るのは、メンバーの中でも特に目立つ魔女の姿をしたステラ。
続いて、軍服に身を包んだクラウディアが手を腰に当てながら口を開く。
「会場を見て回るのも面白いけど、本来の目的も忘れないでね。
今日の目標は、各自でミッドガルドの攻略に使えそうなものをかき集めること。
特にリン、あなたは持ってるカードが少ないから、片っ端からトレードを申し込むといいわ」
「OK! 見たことがないカード、いっぱいありそうだもんね」
「リンにとっては初めての公式イベントですよね。
ちなみにペットのクリスタルが欲しいなら、鉱石採取ができるユニットを用意しておくといいですよ」
「鉱石採取?」
「どんな素材を集められるのかは、ユニットによって変わるんです。
ペットクリスタルが欲しい場合は、石集めが得意なユニットが鉄板ですね」
「なるほど、石集め……たしかにウチにはいないタイプかも」
そんな言葉を交わしているうちに、イベント開始の時間がやってくる。
正午12時。ボフンッと音を立てて噴水の上に現れたのは、首に赤いスカーフを巻いたキツネ。
この日本ワールドを担当しているコンタローという名のマスコットだ。
「みんな~、こんにちはなのだ~!
今日は月に一度の交換交流会なのだ!
参加者の皆さんはルールを守って楽しくトレードしてほしいのだ」
噴水を見上げる参加者たちから、パチパチと拍手が送られる。
まずはイベントを行うにあたり、コンタローからルール説明がなされた。
Tips――――――――――――――
【 カード交換交流会 】
月に一度、各ワールドで開かれる小規模な公式イベント。
カードのトレードは通常、フレンド同士でなければ行えないが、交流会では誰とでもトレードが可能。
そのため、複数のスタッフによるリアルタイム監視やログの保管など、セキュリティ面が徹底されている。
フリートレード可能な時間は、開始から3時間。
――――――――――――――――――
「と、そんなわけなので、トラブルのないように注意するのだ。
それじゃあ、交換交流会――始まりなのだ~!」
コンタローが手を振りながらボフンッと消えると、参加者たちは一斉にコンソールを操作して小型メッセージを表示させた。
メッセージの文章は短く、各プレイヤーの近くで漫画のフキダシのように表示される。
リンが隣にいる兄を見てみると『Dブラッド・ビースト他、動物タイプ希望』。
ステラは魔術系、クラウディアはミリタリー系と、それぞれ何を欲しがっているのか分かりやすく表示させていた。
「あたしも書いておかなきゃ。
えっと、『レアなし、★1か★2でお願いします』で大丈夫かな?
うわぁ……我ながら肩身が狭い……」
「最初は仕方ないですよ。
でも、同じ希望の人と話しやすかったりしますから、ポジティブにいきましょう」
「じゃあ、3時間後に噴水のところで集合ね。
各員の健闘を祈るわ」
「よっしゃ! みんな頑張ろうぜ!」
そうしてメンバーは散っていき、リンは会場の中をウロウロと歩き始める。
運営側が用意したショップもあるので覗いてみると、コンタローのキャラクターグッズや、ラヴィアンローズのロゴが入った商品などが並んでいた。
「こういうのも売ってるんだ。
せっかくだから何か欲しいけど、ボックスを買ったばかりだし、そろそろポイントを節約しないと……
って、服のコーナーもあるじゃ~ん!」
従来のショップ価格よりも数割ほど値引きされたコスチュームの出店。
さすがに高級な衣装は置いていないが、安いものは100ポイント、高くても500ポイントと、フリーマーケットのように掘り出し物を探す楽しさがある。
思えば、リンの服は初心者に配布された『ビギナーズローブ』と、現在着ている決闘用の勝負服だけだ。
「この世界じゃ服が汚れないのは分かってるけど、沼で泥水をかぶったりしたし、ちょうどフィールド向けの衣装が欲しかったんだよね。
うわ~、これ150ポイントでいいの!?
こっちのも可愛くて安い!
ヤバイよ、ヤバイよ、全部買いたくなっちゃう!」
服を選び始めたリンの頭は、すっかり日曜日の商店街に出かけたJCになっていた。
『ミッドガルドの攻略に使えそうなものをかき集める』という主旨からは外れていないのだが、つい服選びに熱中してしまったリンは、イベント開始直後の45分を買い物に費やしてしまう。
「よし、決まった!
すみませーん、これと、これと、そっちのが欲しいんですけど」
「はい、どうも。
いやぁ~、長いこと選んでいましたな、お嬢さん。
せっかく交流会に来たのに、カードを交換しなくてもよいのですか?」
苦笑しながら応じるショップの店員は、かなり年配の男性。
お爺さんと呼んでも失礼にならないほど、歳を重ねた様子だった。
「あはは……正直、まずいです。
目的があって来たはずなのに……でも、ほら。
あたしのメッセージ、こんな感じですから」
「う~む……なるほど、あまり良いカードを引けていないのですかな?
でも、大丈夫。きっと最高の1枚と出会える日が来るはずです」
「(あれ? なんか勘違いされてる?)」
カードを持っていないのではなく、持っているカードが強すぎてトレードに出せないのだ。
とはいえ、★4や最強最悪のカードを引きましたなどと、ショップの店員に語っても仕方がない。
「ふむ、この服を買ったところを見ると、ミッドガルドに挑戦するので?」
「はい、こっちの世界で新しい友達ができたので、みんなで行くんです」
「それは素晴らしい!
お買い上げありがとうございます。ラヴィアンローズの世界を楽しんでくださいね」
「はいっ、思いっきり楽しんでます!」
正面からハッキリと答えた若いプレイヤーの姿に、老いた店員はニコニコとうれしそうな顔で服を渡してくれた。
こうして買い物を終え、上機嫌で店を後にしたリンだが、時計を見ると開始から50分が経過している。
「うげ、これはヤバイ……誰かとカードを交換しなきゃ!」
人々の往来を見ると、あちこちでトレードが行われ、プレイヤー同士の交流が進んでいる。
せっかく初めての公式イベントに来たのに、このままでは服を買っただけで終わってしまいそうだ。
焦り始めたリンは、人々のメッセージを読みながらトレードできそうな相手を探していく。
しかし、見れば見るほど参加者が希望するものは★3レアカードばかり。
こんなにたくさんの人がカードを交換しているのに、リンが引いた【全世界終末戦争】は出回らないというのだから、色々な意味で恐ろしい。
「(この人混みの中に……もしかしたら、あたしとクラウディア以外の『マスター』がいるかも)」
リン自身がそうであるように、顔や姿を見ただけでは誰がマスターなのか分からない。
会場の中に何人か潜んでいるのか、あるいは自分たち2人だけなのか。
と、そんなことを考えながら歩いていると、不意に後ろから声をかけられる。
「あの~、すみません」
「はい……お、おおおおおっ!?」
リンに声をかけてきた人物は、思わずドキッとするような美しい女性だった。
つい胸に目が行ってしまうほど豊かなプロポーションに、サラサラのロングヘア。
太ももが出る短さのミニワンピースを着込み、その上から真っ白なコートを重ねている。
大人の魅力と清楚なイメージが、絶妙なバランスで入り混じったお姉さんだ。
「メッセージを見たのですが、レア以外のトレードをご希望ですか?」
「は、はい、ご希望でるゅ!」
噛んだ。きれいなお姉さんの前で、いきなり噛んだ。
このゲームを始めて以来、最悪のプレイングミス。
顔の下から上へ向かって真っ赤になっていき、恥ずかしさで目の中がグルグルになったリンの様子に、女性はクスッと微笑む。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。
とても可愛い服を着ていたので、もしかしたら、可愛いカードも好きかなと思って」
「可愛いカード!? 大好きです!」
「ふふふっ、あなたも可愛い反応ですね」
「そ……そうですか……えへへ……」
顔が熱い。今なら頭の上でお湯を沸かす自信がある。
まるで炎を吐くワイバーンのように赤熱したリンは、ようやく最初のトレード相手と出会ったのだった。