第22話 この美しい世界に終末を
ラヴィアンローズにおいてレアカードは非常に希少であり、デッキの主役となる存在だ。
入手しにくいカードを大切に扱うことでプレイヤーも愛着を深め、やがて自分なりの方向性――いわゆる個性を確立していく。
レアカードはプレイヤーの象徴、その人の顔ともいえる1枚なのだ。
しかし、リンが引いてしまった★3レアは、プレイヤーの方向性を大きくねじ曲げるものだった。
【全世界終末戦争】、それは考えうる限り最強にして最悪のプロジェクトカード。
ユニットを1体指定し、その攻撃力と同数のダメージを全てのユニットに与える。
味方どころか指定したユニット自身も巻き込み、防御力に達するダメージを受けた場合は力尽きて散る。
まさしく、問答無用の大量破壊兵器。
敵味方のユニットを無差別に消し去る、この世の終わりを模したカードであった。
「な……ななな……なんじゃこりゃ~~~~!?」
いきなり核弾頭を手に入れてしまったリンはパニックに陥り、青ざめてガタガタ震える。
違う、そうじゃない。どうしてこうなった。
色々な考えが頭に浮かび、どんなに苦しい決闘でも消えなかった光が、瞳の中からスーッと消えていく。
そんな彼女とは正反対に、強力なレアカードが出てきたことで周囲は大いに盛り上がっていた。
「お……おめでとうございます!
やりましたね、★3レアカードですよ!
リンが学校で言っていたような、ババーンと使える強いカードです」
「ヤバイの引いちまったなあ、おい!
どれだけ運がいいんだよ、お前ってやつは!」
「★3プロジェクトの中でも最強といわれる【全世界終末戦争】。
これがあれば、ジュニアカップどころか世界大会にだって手が届くわ!
やっぱり、あなたは『マスター』としてカードに愛された逸材ね!」
「チガウ……ソウジャナイ……ソウジャナイノ……」
大興奮のフレンドたちから声をかけられたが、当の本人は魂が抜けきった状態。
たしかにレアカードが欲しいと願った。
しかし、誰がここまでやれと言ったのか。
と――そんな騒ぎを繰り広げているうちに、パタパタと飛んでくるペットが1匹。
昼寝から起きたワイバーンの子供が、ぐったりとしたリンの顔を不思議そうに見つめる。
子竜の透き通った純粋な瞳は、主人の混濁した意識をわずかながらに回復させた。
「ああ……なんで、こうなったんだろう。
あたしはこの子たちを守りたいと思った。
だから強さを求めたし、そのためにボックスを買った。
でも、世界を滅ぼしたいなんて望んでない!
この子たちと触れあっているだけでも、あたしは幸せだったのに!」
まるで最終回のようなセリフを口にしながら、リンはワイバーンの頭を撫でる。
なにゆえ、人類は地球を吹き飛ばすような破壊兵器など作ってしまうのだろう。
リンは中学2年生。世の中の不条理から逃げ出したくなる年頃だ。
やがて、その肩にポンッと優しい温もりが置かれる。
それは白い手袋に包まれたクラウディアの手であった。
「リン……平和を守るためには戦うことも必要よ。
人を傷つける兵器だって、もともとは人類の願いから作られたもの。
自分の意志で決闘に身を投じた以上、覚悟を迫られるときが必ず来るわ」
「クラウディア……でも、あたし……」
「何も言わなくていい。
あなたにとって心の負担になるようなら、無理強いはしない。
たとえば、そう――手放してしまえばいいのよ。
そのカードは私が上手に使ってあげるから、トレードしましょう!
今すぐに! ねっ!?」
「……え?」
言葉が進むうちに、物欲を隠せなくなってきたクラウディア。
たしかに★3のカードなのでトレードは可能だ。
何やら雲行きが怪しくなり始めた会話に、横からスッと他のメンバーも入り込んでくる。
「私も交換に応じますよ。
リンが欲しがりそうな★3レアは、あまり持ってませんけど……
でも、そのカードを私のデッキに組み込んだら、どれくらいの威力が出るのか気になります。
魔術と最終兵器の融合……ふ、ふふ……見てみたいと思いませんか?」
「ステラぁ!? 目が笑ってないんだけど!」
「やあ、愚妹よ。お前には頼れる兄がいることを忘れるなよ?
どうせ、この後は俺とトレードするんだ。
交換するカードが1枚増えたところで問題あるまい」
「あるっての! 全然違うカードだし!」
フレンドたちは我先にとトレードを持ちかけてくるが、3人とも邪悪な欲望に満ちていた。
特にステラの動機は過激すぎて、ツッコミの入れ加減が分からない。
「ダメ! トレードなんて絶対にダメ!
このカードは誰にも渡さないし、渡せない!
こんな危ないもの、人の手に渡ったりしたら……」
無慈悲な者や、悪意のある者なら躊躇わずに使うだろう。
自分のユニットが巻き込まれようと、勝利のために全てを吹き飛ばすに違いない。
かつて兄が【ダークブラッド・ビースト】を召喚し、自分のユニットたちを犠牲にしたように。
リンは禍々しいオーラを放つ★3レアカードを、じっと見つめて熟考した。
勝負の流れをひっくり返すほどの影響力を持つ切り札――カードゲームでは『エンドカード』と呼ばれる存在。
まさに必殺の一手だが、強すぎるがゆえに自分まで飲まれかねない。
「じゃあ、それはリンが自分のデッキで使うんですね。
交換交流会に持っていくレアがなくなっちゃいましたけど」
「まあ、トレードじゃ出回らないようなカードを引いたんだし、ボックスとしては大当たりじゃないか?」
「当たりも当たり。交流会に通い続けても手に入らないわよ、こんなもの。
私だって実物を持ってる人は初めて見たわ」
「クラウディアでも見たことないの?」
「★3レアが手に入りにくいっていうのは分かったでしょ?
その上で狙ったカードを引き当てるなんて、数百万の課金をしても不可能と言われているの。
だから、【全世界終末戦争】みたいに破格の強さを持ったカードは所有者が少ないし、滅多に出回ることもない」
「うへぇ……」
【アルテミス】に続いて、とんでもない価値のカードを手に入れてしまったことで、ブルッと震えるリン。
どうして上級者や渇望する人ではなく、始めたばかりの自分のところへ来るのだろう。
「手に入りにくいレアだからこそ、交換交流会が流通の助けになってるんですよね。
特にスタックバーストさせたい★3ユニットは、他の人との交換が必須ですから」
「そうなんだよな。
俺のデッキには【ダークブラッド・ビースト】が2枚入ってるんだが、片方はトレードしてもらった。
同じカードを自力で複数引くなんて、学生には無理だぜ」
「私の戦車【ゴリアテ】も同じよ。
で、その交流会なんだけど……リンはレアなしの参加になりそうね」
「ま、まだパックは半分くらい残ってるし!
この中から出てくるかもしれないじゃない」
そう言って再びボックスを開封し始めたリンだが、もはや運など使い果たしていた。
かくして、『すごいレアは引けたけれど、すごすぎてトレードに出せないからレアがない』という状態のまま時は過ぎ、交換交流会の日が来てしまう。




