第19話 鋼鉄の機甲師団 その6
【 リン 】 ライフ:100
月機武神アルテミス
攻撃2600/防御2600
装備:大怪盗のスーツ
パワード・スピノサウルス
攻撃2000/防御2000
【 クラウディア 】 ライフ:4000
要塞巨兵ダイダロス《ゴリアテ MkIIIと合体》
攻撃2300/防御6000
孤高なるスナイパー
攻撃1000/防御700
バトルを終えた【アルテミス】は、戦車の砲塔から飛び降りてリンの陣営へと戻る。
空中で体を回転させ、あざやかなムーンサルトを決める姿は、その瞬間だけ世界から切り取ってスロー再生しているかのようだ。
華麗なアクロバットを披露して戻ってきた女神は、普段と全く違う姿。
彼女に装備されたリンクカード【大怪盗のスーツ】は、いかにも夜を駆ける怪盗っぽいコスチュームだ。
プロポーション抜群の身体が密着したスーツに覆われ、腰のあたりはスリットを入れたミニスカートのようになっている。
「ア……【アルテミス】……その格好、ちょっと大胆すぎない?」
おそれ多くも穢れを知らぬ月の神。
しかし、その御姿を近距離で見ることになったリンは思わず赤面した。
ステラが黒猫の女神様をプロデュースしていたので、何か可愛い装備品を付けてみたいものだと思い付き、どうにか手に入れてデッキに投入したスーツ。
カードの絵柄はRPGの盗賊っぽいデザインなのだが、実際に装備させてみると、女性の魅力が全開すぎて目のやり場に困る。
そんな見た目をしているにも関わらず、女神が敵から奪ったユニット効果は【ダイダロス】と【ゴリアテ】のもの。
まるで装甲もないのにダメージを反射する能力はもちろん、貫通ダメージ無効化まで備えた完璧な『絶対防御』を盗んできたのだ。
代わりに本来の効果であるリンクカードの無限装備がなくなり、【バイオニック・アーマー】は外れて消えてしまった。
「ふ、ふふふふ……!
【アルテミス】の効果を捨ててまで、そんなカードをデッキに入れるなんて。
その発想力と使いこなす力……あなた本当に始めて2週間の初心者?」
「いやぁ……色々とね。
成り行きでこうなったというか……」
「本来、そのカードは私のフィールドにいる【孤高なるスナイパー】みたいに、デメリット効果しか持たないユニットが使うもの。
★4が使うと本来の強力な効果を捨てるどころか、対戦相手にゆずってしまう危険なカード。
でも、まさか……合体して装備品を付けられなくなった【ダイダロス】を狙うとはね。
ワイバーンを失って戦局が傾いたはずなのに、まるで影響が見られない。
もう一度聞くけど、あなた本当に初心者?」
「は、はい……初心者、です」
「だとすれば、相当なセンスの持ち主ね。
認めてあげる。その力は賞賛に値するわ」
クラウディアから贈られた言葉に、リンは恥ずかしくなってモジモジし始めた。
この軍服を着た少女は、まさに軍人のような厳しい物言いをするが、認めた相手のことは素直に褒めるようだ。
「え、え~と……話しあってるところで悪いんだけど。
まだ、あたしのターンなんだよね」
「それは失礼したわ。
どうやら、この戦いは長くなりそうね」
「そのつもりはないよ。
長期戦になったら、経験の差でクラウディアには勝てない。
だから――ここで勝負を決めて、あたしが勝つ!」
「へぇ……リンの手札は残り1枚。
私のフィールドには、防御力6000の【ダイダロス】。
たった1枚のカードで戦況を覆すなんて、よほどのレアカードを持っているのかしら?」
「いや~、それが★1コモンなんだよね。
私、始めたばかりだから、レアカードなんて2枚しか持ってなくて」
苦笑しながら自分のフィールドを見るリン。
そこにいるのは月の女神と古代生物。彼女が持ちうる数少ないレアカードは、全て出払っていた。
「でも、カードゲームをやってるうちに、これだけは分かったよ。
たしかにレアカードは強力だけど、決闘はいろんなカードの組み合わせで変わっていく。
コモンやアンコモンでも、勝負の決め手になるときが来るってね」
そうしてリンは最後の1枚、手札に持ち続けていたカードを頭上に掲げて宣言した。
「プロジェクトカード発動! 【マジック・エンハンス】!」
Cards―――――――――――――
【 マジック・エンハンス 】
クラス:コモン★ プロジェクトカード
効果:すでに効果を発動しているプロジェクトカードの効果を1ターン延長する。
このカードは3ターンに1枚のみ使用可。
――――――――――――――――――
「そのカードは……まさか!」
再び大きな衝撃を受けるクラウディア。
★1なので手に入りやすく、汎用性も高いカードであるため、慣れたプレイヤーなら誰もが知っている1枚だ。
強い効果を持つプロジェクトカードを延長させたり、特殊なコンボのパーツになったりと、色々な局面で使われる。
「これ、本当は【平和的軍事条約】を延長しようと思ってデッキに入れてたんだよね。
ワイバーンちゃんを育てるために。
でも、こういう使いかただってできる!
延長させるのは、もちろん――クラウディアの【愚かなる突撃命令】!!」
この瞬間、悪夢のような攻撃強制カードは、リンのターンを通り抜けてクラウディアへと引き継がれた。
それはまさに、戦場で下された愚かな命令が、巡り巡って祖国に被害を及ぼすかのような歴史の縮図。
ダメージ反射能力を奪った【アルテミス】に向かって、今度はクラウディアが攻撃させられる番だ。
「ダ……【ダイダロス】の次は、私の突撃命令まで持っていくなんて……!」
「こういうのは、あたしよりもステラのほうが得意なんだけど。
でも……さっきのお返しに、今度はあたしからプレゼントしてあげるよ!
最悪なターンエンドをね!」
こんな状況でのターンエンドは死刑宣告。
自分の口でそう言ったクラウディア自身に、逆転の判決が突きつけられた。
「う……くっ……私のターン、ドロー!」
圧倒的に有利な立場から一転、苦境に立たされたクラウディアはデッキからカードを引く。
しかし、その瞬間――彼女の目は大きく見開かれ、すぐさま攻撃宣言へと移ってきた。
「【孤高なるスナイパー】、攻撃!」
「ふぇっ!? あわわわわわ、スピノ……
【アルテミス】でガード!」
カードを引いた途端に、まるで躊躇うことなくアタック宣言。
明らかに状況を打破する『何か』を引いた顔だ。
急に判断を迫られて慌てふためいたリンは、一瞬だけスピノサウルスに頼るべきか迷ったが、直感で女神にガードさせる。
直後、戦場に響く銃声。
はるか後方のスナイパーから撃ち込まれた銃弾を、片手でバリアを張って受け止める【アルテミス】。
そこに【ダイダロス】から奪った力が流れ込み、バリアは光り輝きながらグォングォンと音を立ててエネルギーチャージを始める。
「(1ダメージでもいい……通って……お願い!)」
心臓を握られたかような緊張に耐え、祈りながら戦況を見つめるリン。
対するクラウディアは真剣な表情のまま動かない。
やがて膨大なエネルギーが臨界に達し、拡散する衝撃となって弾けた。
「これで! 貫けぇええええ!
衝撃反射神器装甲ーーーーッ!!」
前のターンに【ダイダロス】から受けた反射攻撃を、そのまま再現させた女神。
そもそも、そんな必殺技があるのかすら不明だが、リンは自然と技の名前を叫んでいた。
フィールドに巻き起こる旋風と、全てを飲み込むような閃光。
それらが少しずつ収まった後、リンが目を開けると――
クラウディアは微動だにしないまま、軍帽を吹き飛ばされたこと以外、まったく変化がない様子で同じ場所に立っていた。
「うそ……そんな……!」
『クラウディア、残りライフ2400』
「あ……あれ?」
呆然とするリンの耳にシステム音声が告げたのは、クラウディアのライフ減少。
あまりにも堂々としているものだから、てっきり反射ダメージを防ぐものがあるかと思ったのだが、しっかり見直してみても彼女のライフは減っている。
「何か、いいカードを引いたんじゃないの?」
「そんなもの、虚勢に決まってるでしょ。
何かあるように見せかけて、判断をミスしてくれたら良かったんだけど。
ふふっ……それが通用する相手じゃなかったみたいね」
「ええええ~~~っ!?
まったくもう! ドキドキしたじゃない!
そんな駆け引き、初心者に向かってする?」
「もう初心者じゃないわよ。
ジュニアカップの予選では、誰も私を傷つけることができなかった。
それを成し遂げた以上、あなたは予選に参加するプレイヤー以上に強い」
爆風で軍帽を吹き飛ばされたクラウディアは、それを拾い上げて被り直すと、静かにコンソールを操作した。
約束どおり、潔く負けを認めたのだ。
『対戦相手が降参しました。
バトルモード終了――勝者、リン』
「いぃ~……やったぁああ~~~!!」
全てを出し尽くし、カードを1枚も持っていない手を振り上げて、リンは勝鬨をあげる。
特殊ルールとはいえ、誰もアドバイスや応援の言葉をかけてくれない、たったひとりの戦いを制したのだ。
今回は学んだことや心境の変化が多く、プレイヤーとして大きく前進したように感じる。
「この程度で喜んでる場合じゃないわよ。
言っておくけど、大会の本戦は化け物ぞろい。
私ですら、この戦法をあっさり破られて負けることになった」
「クラウディアですら、あっさり?」
「ええ……この世界の広さを知ることになったわ。
もしも、リンが今後も強さを――
より高みを目指すなら、私と行きましょう。ジュニアカップの本戦へ」
「より高みを目指す……」
その言葉を聞いたとき、リンの脳裏に【アルテミス】をパックから引き当てたときの光景が蘇る。
たしか、月の女神はこう言ったはずだ。
『あなたが遥かなる頂、天にも届く高みに至らんと欲するならば――手に取るのです。この力を』
あのときには何が何だか分からず、女神の言葉を理解しないまま手を伸ばしてしまった。
だが、今なら少しだけ分かるような気がする。
分かったぶんだけ【アルテミス】やカードたちと深くつながり、まだ見ぬ世界へ進めるような気がする。
「うん、行こう!
どれだけ強い人たちがいるのか、あたしも見てみたい!」
まっすぐに答えるリン。
その向かい側で、クラウディアは初めて優しげな少女の笑みを見せる。
こんな可愛い顔もできるのかとリンは驚いたが、言うとやめてしまいそうなので、黙っておくことにした。
かくして顔合わせとなる戦いは終了し、両者は激戦を経た友となる。
隣のバトルフィールドで【好戦的なエルフ】を召喚したユウと、それをコピーしたステラが過激な筋肉バトルを繰り広げていたことは、まだ知る由もなかった。




