第18話 鋼鉄の機甲師団 その5
【 リン 】 ライフ:3600
月機武神アルテミス
攻撃2600/防御2600
パワード・スピノサウルス
攻撃2000/防御2000(+500)
装備:バイオニック・アーマー
【 クラウディア 】 ライフ:4000
要塞巨兵ダイダロス《ゴリアテ MkIIIと合体》
攻撃2300/防御6000
孤高なるスナイパー
攻撃1000/防御700
これほどまでに絶望的なターンの始まりはないだろう。
【愚かなる突撃命令】によって、リンはダメージ反射能力を持つ要塞戦車に対し、全軍での攻撃を強制されている。
クラウディアのライフを1ポイントでも削れば勝ちという特殊ルールだが、リンは生き残ることですら精一杯だった。
「あたしのターン、ドロー!」
手札は3枚。リンの表情は、いつになく真剣そのもの。
VRの世界で汗をかくというのも不思議な話だが、プレイヤーの表情や緊張感に合わせて肌に汗が浮かぶようになっている。
対するクラウディアは余裕の笑みで目を細め、このターンで勝負を決めようとしていた。
「さあ、かかってきなさい」
「嫌だって言っても、攻撃するしかないんでしょ!
カードを使う順番は……これをこうして、その後こうして……」
【愚かなる突撃命令】の最も厄介な点。
それは『レアリティが低いものから順に攻撃する』という、現状ではクラウディアしか得をしない効果だ。
この記述があるせいで、リンは一か八かの賭けに出なければならない。
「ふぅ~……よし、やるよ!
【パワード・スピノサウルス】、攻撃宣言!」
「【ダイダロス】で防御!」
かくして始まったのは、ステラのルームで行って以来の怪獣大決戦。
ヒレの付いた手足で荒野を駆け、金属装甲に覆われたスピノサウルスが要塞戦車に突っ込んでいく。
その光景は、さながら地球防衛軍の兵器と戦うバイオモンスターのようであった。
しかし、このまま攻撃するだけでは【ダイダロス】の反射ダメージでリンは即死する。
その運命をねじ曲げるための策は、すでに彼女の手中にあった。
「カウンターカード発動、【極秘輸送任務】!」
Cards―――――――――――――
【 極秘輸送任務 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーが装備しているリンクカード1枚を、他の自プレイヤー所有ユニットに移し替える。
――――――――――――――――――
「【バイオニック・アーマー】、キャストオフ!」
「グォオオオオオーーーーーッ!!」
スピノサウルスの咆哮と共に、全身を覆っていた金属装甲が弾け飛ぶ。
【バイオニック・アーマー】がユニットから外されたとき、1ターンの間だけ防御効果が攻撃へと転換する。
ほんの500の効果だが、今はそれが運命を大きく変えるのだ。
電磁バリアを張りめぐらせて防壁になっていたスピノサウルスは、鎧を脱ぎ捨てて強烈なタックルを仕掛けた。
鉄筋コンクリートの建物すら粉砕しそうな突撃と、絶対防御を誇る要塞戦車がぶつかりあう。
「それじゃあ、私もいくわよ――
【ダイダロス】! 衝撃反射神器装甲!」
大型恐竜のタックルを受け止めた【ダイダロス】は、その機体に強大なエネルギーを収束させていく。
グォングォンと要塞の内部から発せられるパワーチャージの音。
それは次第に高く、そして短くなっていき、やがて全方位に拡散する波動となって弾けた。
「きゃあーーーーーっ!!」
閃光に飲まれたリンは、悲鳴を上げながら両腕で身をかばう。
戦車の砲撃など比較にもならない衝撃が吹き荒れ、凄まじい早さで彼女のライフカウンターが削られた。
プレイヤーへの貫通ダメージ、なんと3500。
これこそが『絶対防御』の真骨頂。
月の女神と出会い、その特性を活かすべく装備カードを使い込んでいるリン。
それと同様にクラウディアは機動要塞と出会い、”完成された防御こそが最強の攻撃”という稀有な境地に至っていた。
爆風によって発生した砂煙が消えていく中、攻撃を終えて自陣に戻ってきたスピノサウルスは、地面の一部に向かってフンッと鼻息をかける。
そこに埋もれていたリンは、積もった砂の中から掘り出してもらうと、どうにか戦いの場へと復帰した。
「あはは……ありがとう、親分。
ケホッ、ケホッ……どうにか生き残れたよ」
『リン、残りライフ100』
「うわぁあ~ん、もうやだ~!
残りライフ100になるのやだぁ~!」
涙目になりながらも、自身の生存を確認したリン。
これで3戦連続、瀕死の状態で踏みとどまったことになる。
「どうやら、ギリギリで耐えられたようね。
でも、今度は【アルテミス】が攻撃する番」
「そうだね……でも、あたしは……」
圧倒的に不利な状況にも関わらず、リンは対戦相手を正面から見据える。
その瞳から光が消えることはなく、むしろ戦意の炎が灯り始めていた。
【極秘輸送任務】によって金属装甲を受け継いだ月の女神も、目元を覆うバイザーの下から主人の姿を静かに見つめている。
「あたしは勝つよ、クラウディア!」
「へぇ……状況は絶望的、ライフは100、手札も2枚。
そこから私の【ダイダロス】を突破する方法があるとでも?」
「まあ、生き残りさえすればね。
今のバトル、一番怖かったのは【ダイダロス】じゃなくて、合体してる【ゴリアテ】がスタックバーストすること。
バトル相手の攻撃力を半分にするバースト効果。
そんなものを使われたら、カウンターなんてするヒマもなく負けたと思う」
「ふふ……それも私の常套手段。
残念ながら今回はバーストできなかったけれど」
「そう、バーストしなかった。
つまり、あたしにとどめを刺すチャンスを失ったの。
最後のチャンスをね!」
「(何よ、その自信……いったいどこから出てくるというの?)」
実際、リンは最も大きな賭けに挑戦し、それを乗り越えた後だった。
【ダイダロス】と合体していても、戦車【ゴリアテ MkIII】はスタックバーストを発動できる。
そして、その効果はバトル相手の攻撃力を半減させ、結果的に【ダイダロス】の反射ダメージを増幅させるのだ。
それが来てしまったら、ライフが4000あったとしても完全に消し飛んでいただろう。
生き残ったリンは戦意に満ち、その手に勝利を掴もうとしていた。
ここまで追い詰められているのに胸を張るプレイヤーなど、多くの対戦を経験してきたクラウディアでも見たことがない。
「(あの真っ直ぐな目……虚勢とは思えない。
一体、何をするつもり?)」
「さてと、待たせちゃってごめんね、女神様。
ここからは思いっきり活躍してもらうよ!
【アルテミス】にリンクカードを装備!」
リンにとっては初めての使用となる、デッキを組み直して投入した新しいカード。
その1枚が発動したとき、クラウディアは驚愕のあまり目を見開いた。
Cards―――――――――――――
【 大怪盗のスーツ 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:プレイヤーが所有するユニットに対してのみ有効。
このカードを装備しているユニットがバトルしたとき、バトル相手のユニットと【効果】を入れ替えることが可能。発動は任意。
――――――――――――――――――
「な……っ? 効果を入れ替える!?」
「【アルテミス】、攻撃宣言!」
「くっ、【ダイダロス】でガードするしか……ふぇええっ!?」
防御を宣言した瞬間、クラウディアの足元に1枚のカードが突き刺さり、余裕に満ちていた表情が少しだけ崩れた。
それはゲーム用ではなく、ラヴィアンローズのロゴが描かれたカード。
さしずめ怪盗の予告状といったところだろうか。
突然のことに気を取られていたクラウディアが戦場に視線を戻すと、リンの陣営に大きな変化が起こっていた。
隣に巨大なスピノサウルスがいようと、神々しい【アルテミス】は非常に目立つ。
しかし、攻撃宣言したはずの女神は今、煙のように消え去ってしまったのだ。
「ア……【アルテミス】はどこ?」
「上だよ、上!」
リンに言われて見上げてみると、ビルの屋上のような高さにある【ダイダロス】の砲塔に、人型ユニットの影がひとつ。
青白く光る満月を背に、光り輝く金属装甲をまとった女神が、それはもう見事なくらいスタイリッシュに立っていた。
どこからともなくダガーナイフを取り出した【アルテミス】は、その刃を戦車に突き立てる。
当然ながら、そんなものが通用するはずはない。
が、しかし――
「まずい! バトルを行ったら、お互いの効果が!」
クラウディアが叫んだときには全てが遅かった。
【アルテミス】の行動は正当な『攻撃』であり、【ダイダロス】はそれを『防御』してしまったのだ。
かくして、バトルを行った両者のユニット能力が入れ替わる。
【ダイダロス】と【ゴリアテ】の能力は全て女神に吸収され、代わりに【アルテミス】の効果を与えられた。
しかし、リンクカードを何枚でも装備できるという能力を得たところで、皮肉にも合体のデメリットによって何も装備できない状態。
巨大な要塞戦車は防御力6000を誇るものの、実質的には何の能力を持たないユニットになり下がってしまう。
「わ、私の……私の絶対防御が盗まれた!?」
唖然とした表情で戦車の砲塔を見上げるクラウディア。
ガードを指示したこと自体は、プレイングミスではない。
1ポイントでもダメージを受けたらリンの勝ちになると決めたせいで、【孤高なるスナイパー】でガードするという選択肢を消したのが最大の過ちだった。
プレイヤーたちが見上げる視線の先で、煌々と輝く満月を背に立つ女神。
複数のリンクカードを装備する効果を失ったことで、体から【バイオニック・アーマー】のパーツがはがれ落ち、粒子になって消えていく。
重厚な金属装甲の下から現れたのは、宵闇に溶け込みそうな深い紫色のボディースーツ。
まるで何者かに変装していた怪盗が正体を表すかのように、女神はその美貌を月光の下へと晒したのだった。




