第17話 鋼鉄の機甲師団 その4
【 リン 】 ライフ:3600
パワード・スピノサウルス
攻撃2000/防御2000(+500)
装備:バイオニック・アーマー
【 クラウディア 】 ライフ:4000
要塞巨兵ダイダロス
攻撃800/防御3400
ゴリアテ MkIII
攻撃1500/防御2600
孤高なるスナイパー
攻撃1000/防御700
リンにターンが回り、カードを1枚ドロー。
対戦相手であるクラウディアのフィールドには巨大な機動要塞や戦車など、『絶対防御』を誇る鋼鉄の機甲師団が並ぶ。
対するリンのフィールドでは、機械装甲で身を守る【パワード・スピノサウルス】が防壁になっていた。
お互いに相手の防御ユニットを突破できないまま、両者の睨みあいが続く中――
リンの手札に来たのは、自身が持ちうる最強のスーパーレアであった。
「(相手が固すぎる……今すぐ出したところで状況は変わらない。
でも、このタイミングで来たっていうことは、【アルテミス】は今だと言ってる……ような気がする)」
何でもありなVRの世界だが、残念ながらカードから声が聞こえるような機能はない。
しかし、こうして手元に引き寄せられたことを、リンは偶然の一言で片付けてはいけないと感じていた。
「よし、覚悟を決めた! あたしからも★4を出すよ!」
「そうそう、そうこなくっちゃ」
人並み外れた幸運によって選ばれたプレイヤーだけが持ち、そして、使いこなせる『マスター』だからこそできるスーパーレア同士の真剣勝負。
待ち望んでいた★4のぶつけあいに、クラウディアは心から喜んだ。
「ユニット召喚! 力を貸して、【アルテミス】!」
これまでと同じく、リンがカードを掲げると、レーザービームのような閃光が天を貫いた。
普段は昼を夜へと変えて登場するが、今回はすでに夜のフィールド。
世界を青白く照らす月から飛来した女神は、地の底から現れた要塞と対を成して弓を携える。
奇しくも出典を同じとする古代ギリシャの名士。
天の高みに座する月の女神と、天空を目指したがゆえに息子のイカロスを失った発明王。
21世紀の仮想世界に顕現した両者は、金属や機械に覆われた未来派な姿で相まみえた。
Cards―――――――――――――
【 月機武神アルテミス 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:神
攻撃2600/防御2600
効果:リンクカードを何枚でも装備できる。
スタックバースト【超次元射撃】:永続:装備されているリンクカードを1枚破棄するたびに攻撃宣言を追加で1回行う。
――――――――――――――――――
「そう、それがあなたのカード……【アルテミス】。
同じ『マスター』として、お会いできて光栄だわ」
敬意を払うかのように頭から軍帽を取り、一礼して女神を迎えるクラウディア。
リンよりも長くマスターを務めてきたためか、実現が極めて難しい★4同士の戦いは、彼女にとって特別な意味を持つようだ。
だが、クラウディアが再び軍帽をかぶって対峙したとき、これまでとは大きく気配が変わる。
お互いに防御ユニットを出しあってきた戦況は、ここから一気に激戦へと流動していくのだ。
「あなたはそれでターンエンド?
女神様にリンクカードを装備しなくていいの?」
「タ……ターンエンド!
(その女神様をフィールドに出しただけで、いっぱいいっぱいなんだよ、こっちは!)」
「まあ、いいわ……私のターン、ドロー。
役者が揃ったみたいだし、そろそろ種明かしを始めるわね」
「種明かし?」
「あなただって、気付いてるでしょ?
私のデッキは防御特化だけど、こうして守っているだけじゃ勝つことはできない。
実際、【ダイダロス】たちではスピノサウルスはおろか、装備も付けてない状態の女神すら突破できない」
クラウディアのように防御を重視したユニットばかり並べると、皮肉にも防御力の高い対戦相手が苦手になる。
固い防壁を突破するには、それ以上の火力で押し切る必要があるからだ。
現にクラウディアの軍勢は、こちら側に防御力1600程度のユニットが1体いれば足止めできてしまう。
と――そんな話をした以上、おそらくは高火力のユニットを召喚する前口上なのだろう。
リンはそう踏んで、残り2枚になった手札を確認しながら身構える。
「ふふっ、何か察したみたいだけど、私の攻撃であなたが負けることはないわ」
「え……?」
「まずはプロジェクトカード。
私のフィールドにいる2体の機械ユニットを対象にして発動!
【ニューエイジ・マシン・フュージョン】!」
Cards―――――――――――――
【 ニューエイジ・マシン・フュージョン 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:永続効果。【タイプ:機械】の自プレイヤー所有ユニット2体を合体させる。
合体後のユニットはリンクカードを装備できなくなるが、『基礎ステータス』は2体の合計となる。
カード名とクラスは任意で片側を引き継ぎ、効果は矛盾しない限り共有、スタックバーストも双方を発動可能。
――――――――――――――――――
「ニューエイジ……え……えっ?」
リンがカードの効果を読解する前に、クラウディアの陣営で2体のユニットが動き出した。
まず、戦車ユニット【ゴリアテ】が上下まっぷたつに分離して空中へと浮上。
続いて4足歩行の【ダイダロス】が手足を折り曲げ、カメのように平たく変形する。
その下部に戦車のキャタピラが、上部に司令塔と砲塔がドッキングし、ガキィイインと金属音を立てて合体が完了する。
20mの【ダイダロス】をベースにした要塞戦車は、もはや、こんなものをどこで走らせるのかと思うほど巨大。
世界最大の超重戦車と呼ばれたドイツ陸軍の『マウス』ですら、この半分程度でしかないという規格外にも程があるスケールで大地にそびえ立つ。
「ふふふふふ……あっはっはっはっはっ!
これが私の【ダイダロス】! 砲撃形態!」
「うっそでしょ……合体しちゃった……!」
★3レアらしい、ユニークかつ強力な効果を持つプロジェクトカード、【ニューエイジ・マシン・フュージョン】。
【タイプ:機械】に限定されるが、2体のユニットを合体させてステータスを足し合わせ、カードの効果やスタックバーストも引き継ぐ。
デメリットとしてリンクカードは装備不可になるものの、それを差し引いても絶大な支配力を持つ。
★4と★3の希少なレアカードを合体させるという、圧倒的な戦力の結合。
そうして誕生したのは攻撃力2300、防御力に至っては6000という、まさに難攻不落の要塞。
しかし――クラウディアのターンは、これだけでは終わらなかった。
「これでもまだ、あなたの防壁は越えられない。そう思うでしょ?
だから、もう1枚! プロジェクトカード発動!」
Cards―――――――――――――
【 愚かなる突撃命令 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:次の自プレイヤーのターン開始時まで、全てのユニットは必ずアタック宣言しなければならない。
ユニットが複数いる場合、レアリティの低いものから順に攻撃する。
――――――――――――――――――
「げっ!? 必ず攻撃しなくちゃいけないって……まさか!」
「そう、そのまさか。
ここまで完成してしまえば、私のデッキには攻撃力なんていらないの。
あなたは自分のターンに攻撃して、反射ダメージで自滅することになる!」
「ヤッバ……え、ちょ……ほんとヤバイんですけど!」
クラウディアの『絶対防御』、ここに極まれり。
今の状態では、スピノサウルスで攻撃しただけで【ダイダロス】から4000ものダメージが跳ね返ってリンは即死。
それをどうにかしたとしても、次は【アルテミス】が攻撃する。
「もちろん、私は全ての攻撃を【ダイダロス】でガードするわ。
でも、その前に……こちらのターン。
【愚かなる突撃命令】に従い、全軍攻撃!
まずは【孤高なるスナイパー】!」
攻撃宣言をしながら、パチンと指を鳴らすクラウディア。
直後に後方で控えていたスナイパーが持つ、狙撃ライフルの銃口が光った。
「くううっ、スピノ親分でガード! ここは耐えて!」
とっさに親分と呼んでしまったが、実際それくらい頼もしい存在である。
鉄壁となったスピノサウルスの巨体は、リンや女神には石ころ1つ通さないかのような気迫で守り抜く。
若いワイバーンを撃ち抜いた狙撃兵だが、さすがに防御力2500の前では無力だった。
沼の主は容易に銃弾を弾き返し、グルルと唸って敵を威嚇する。
「【ダイダロス】、攻撃宣言!」
続いて要塞戦車と化した超大型ユニットの攻撃。
ウィィンと砲塔を動かし、リンの陣営へと狙いを定める【ダイダロス】。
対するスピノサウルスは背中を覆う発電板をフル稼働させ、自らの全身を電磁バリアで包み込んだ。
「撃て!」
指揮官のクラウディアが腕を振ると、すさまじい爆音と衝撃波を発生させながら戦車は砲撃した。
もはや軍艦に匹敵するほどの破壊力。
レアカードですら一撃で吹き飛ばすほどのダメージだが、【バイオニック・アーマー】を装着したスピノサウルスならば耐えられる。
「グルァアアアアーーーーッ!!」
着弾と同時にスピノサウルスは咆哮しながら攻撃を打ち消し、無事に陣営を守り抜いた。
しかし、巻き起こった爆風は荒野の砂を巻き上げながら荒れ狂う。
「く……うぅ……っ!」
強烈な砂嵐の中で顔を覆うリン。
やがて、それらが過ぎ去ったとき、向かい側には攻撃を終えたクラウディアの軍勢が並んでいた。
「安心しなさい。
あなたのユニットを私のターンで倒すような、もったいないことはしないわ」
今の行動は、あくまでもカードの効果に従っただけのこと。
【愚かなる突撃命令】は、まず使用したターンに自軍が攻撃しなければならない。
ゆえに、先ほどの攻防戦はデモンストレーションに過ぎないのだ。
「普通、対戦相手のターンエンドは喜ぶべきもの。
自分にターンが回って攻めることができる、安心と至福の瞬間が来る合図。
でも、今のあなたには死刑宣告ね……くっふふふふふ!」
「(ほんとヤバイ……どうしよう……どうしよう!)」
「最悪なターンエンドをプレゼントしてあげるわ。
今度はあなたが私に総攻撃をする番。
命令に逆らえないまま、死の特攻で散りなさい!」
かくしてクラウディアのターンは終了。
それは彼女の言葉どおり、リンに対する死刑宣告。
ダメージを反射する【ダイダロス】に向かって総攻撃を強制させられるという、地獄絵図の幕開けであった。




