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第15話 鋼鉄の機甲師団 その2

【 リン 】 ライフ:4000

ブリード・ワイバーン

 攻撃300/防御300


【 クラウディア 】 ライフ:4000

ゴリアテ MkIII

 攻撃1500/防御2600

 それぞれユニットを1体ずつ出し、【平和的軍事条約】で攻撃不可になった状態のまま、ターンはクラウディアへと回される。

 リンが主軸にしている【ブリード・ワイバーン】の成長に必要なターンを、これで順調に稼げるはずだ。


 しかし――クラウディアが戦況を見る目は、とても厳しいものだった。


「リンは、まだ始めて日が浅い。

 初見殺しになりそうで申し訳ないけれど、ひとつ教えてあげるわ。

 私のターン、ドロー! ユニット召喚!」


 再びシュッと腕を振るような動きでユニットを配置する軍服の少女。

 荒野のフィールドも相まって、その姿は戦場で兵を動かす指揮官さながらだった。


 2ターン目に召喚されたのは、現代的な武装に身を包んだ人型ユニット。

 長距離射撃が可能なスナイパーライフルを構えた兵士が、リンのフィールドに向かって狙いを定める。


Cards―――――――――――――

【 孤高なるスナイパー 】

 クラス:アンコモン★★ タイプ:人間

 攻撃1000/防御700

 効果:このユニットは攻撃の強化効果を受けない。

 スタックバースト【ロングレンジ・キリング】:瞬間:相手のユニット1体を指定し、攻撃宣言を行う。

――――――――――――――――――


「ん……? 弱い?

 アンコモンなのにステータスが低いし、強化効果も受けないなんて……」


 配置されたカードのステータスや効果は、お互いに開示された情報である。

 リンが気付いたように、【孤高なるスナイパー】のステータスは低い。

 しかも、『このユニットは攻撃の強化効果を受けない』というデメリット効果は、攻撃力2400を誇る【好戦的なエルフ】のように強力すぎるユニットが持つものだ。


 だが、何も考えずにクラウディアが弱いユニットを配置するとは思えない。

 1ターンに1回しかできない、貴重な召喚の枠を使った以上は何か策がある。


「私はこれでターンエンド、どうぞ」


「じゃあ、あたしのターン。ドロー!」


「グルルルル……ゴガァーッ!」


 ターン開始と同時に【ブリード・ワイバーン】は攻防600へと成長。

 そして、【平和的軍事条約】が解除されて攻撃が可能になる。

 若い竜へと成長したワイバーンは口に火炎をまとわせ、文字どおり闘争心を燃やして戦いに備えていた。


「(で、どうしようかな……?

 目的地は同じだけど、行く道が2つある感じ……)」


 ここでリンは手札を見ながら考える。

 ワイバーンを三頭(トライヘッド)最終形態(・アルティメット)の状態にすれば、この戦いは大きく変わるだろう。

 運も味方してくれたおかげで、考えうる最速のパターンでワイバーンが育つ。


 しかし、道すじが2つに分かれていた。

 1つは今すぐワイバーンをスタックバーストさせ、【トロピカルバード】を召喚して次のワイバーンを手札に引き寄せる流れ。

 もう1つは先に【トロピカルバード】を出し、手札のワイバーンを2枚にしてから連続でスタックバーストする流れ。

 結局のところ、召喚の枠を先に使うか、後に使うかの違いなのだが……


「(あのスナイパー、ものすごく嫌な予感がする。

 スタックバーストに書いてある『攻撃宣言を行う』って、もしかして、相手のターンにも攻撃できるっていうことじゃ……?)」


 リンはちらりと横を向いたが、前回のように教えてくれる兄の姿はない。

 仲の良いステラも声をかけてくれそうな場面だが、2人は違う場所で決闘(デュエル)の真っ最中。

 初心者だからとリンに手を差し伸べる者は、ここにはいないのだ。


「(そっか……本当の戦いでは、誰も助けてくれない。

 たったひとりで……あたしだけの力で頑張らなくちゃいけないんだ!)」


 始めたばかりのリンにとって、厳しい現実となる孤独な決闘(デュエル)

 しかし、彼女は自分の直感を信じると決意した。


「よし、いくよ!

 【ブリード・ワイバーン】、スタックバースト!」


「【孤高なるスナイパー】、スタックバースト! 撃て(ファイエル)!」


 手札のワイバーンを使って強化しようとしたリン。

 しかし、それよりも早くスナイパーから狙撃される。

 超音速で放たれた銃弾が容赦なく竜の胴体を貫き、その体を光の粒子へと変えていった。


「ギャオオオォォーー……ッ」


「ワイバーンちゃん!!」


 リンは思わず叫んで手を伸ばしたが、他のユニットがそうであるように、ワイバーンの体も無慈悲に消え去ってしまう。

 何も知らない彼女が初心者講習会(チュートリアル)を受け、その参加報酬としてもらったパックから出てきたカード。

 【アルテミス】と共に初めてのデッキで活躍し、特に愛されてきたユニットだった。

 ペットになってからは毎日のように可愛がり、ミッドガルドでも一緒に冒険した。


『リン、残りライフ3600』


 損失のショックも消えないうちに、システム音声がライフの減少を伝える。

 これが【孤高なるスナイパー】の能力。

 相手のターンであろうと攻撃宣言ができるため、強くなりすぎないようにデメリット能力が付与されたユニット。

 スタックバーストに依存しているが、防御力1000までのカードなら狙撃で除去することができる。


 その射撃命令を下したクラウディアは、向かい側で自失呆然となるリンを静かに見つめていた。


「(カードゲームをプレイする上で、絶対に避けられない問題。

 それは、愛着を持って使い込んだカードほど戦いに出る機会が多くなって、傷つく姿を見なければいけないということ。

 その痛みはユニットだけじゃなくて、使い手の心にもダメージを与える。

 初心者は必ず通る道だけど、さて……精神的な痛みに耐えられるかしら?)」


 かくいうクラウディアも敗北したことはある。

 お気に入りのユニットが光になって散る姿を、これまでに何度も見てきた。

 ステラも、ユウも、カードゲームのプレイヤーなら誰でも経験することだ。


「というわけで――ひとつ、教えることになったわね。

 相手のターンにも攻撃できるユニットがいる。

 いつも同じ戦略を使えると思って、これまでの勝ちパターンを過信しないこと」


「ありがとう……すっごく痛かったけど、よく分かった」


 リンは泣きたくなる気持ちを抑え、自分の手札を見つめ直した。

 スタックバーストが失敗したため、使うはずだった【ブリード・ワイバーン】は消費されずに残っている。

 今からでも育てることは可能だ。

 しかし、相手にはユニットが2体。こちらにはゼロ。


「(まさか、こっちのユニットがいなくなるなんて……

 どうする? どうすれば、ここからクラウディアに1回でもダメージを与えられる?

 考えろ……考えろ、あたし!)」


 このとき、初めて――リンは心の底から勝ちたいと願った。

 相手がジュニアカップの本選出場者だろうと、お気に入りのワイバーンを倒されて黙っていられるわけがない。

 負けたくない。

 負けたくないなら、頑張って勝つしかない。


 唯一の救いがあるとすれば、まだ召喚の枠が残っていること。

 先ほど見えた道の1つである『先に【トロピカルバード】を出す』という案を選んでいたら★1の鳥だけが残った状態になり、次のターンに集中砲火を浴びていただろう。


「(防御力が高くないと、あのスナイパーに狙撃される。

 でも、今の手札じゃ……出したところで、次のターンを耐えきれない)」


 改めてワイバーンを育て始める余裕はない。

 ここから勝ちを掴みたいなら、たとえそれが愛であろうと執着を捨てなければならなかった。


「うぅ……ごめんね、ワイバーンちゃん。

 手札からプロジェクトカードを発動! 【物資取引(トランザクション)】!」


Cards―――――――――――――

【 物資取引(トランザクション) 】

 クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード

 効果:手札を3枚までデッキに戻してシャッフルし、デッキから同数のカードをドローする。

――――――――――――――――――


 決意したリンは、断腸の思いで【ブリード・ワイバーン】と【トロピカルバード】をデッキに戻す。

 ワイバーンを育てる戦略を捨て、手札を大幅に塗り替えることを選んだのだ。


「へぇ~、なるほどね……ふふふふふっ!

 そう……そうこなくちゃ!」


 思い切った行動に出るリンの姿に、クラウディアも高揚させられる。

 しかし、ユニットカードをデッキに戻すというのは危険な選択だ。

 これでユニットを1枚も引けなかったら、リンの敗北が決定してしまう。


「(お願い、来て……クラウディアに対抗できるようなカード!

 ワイバーンちゃんが痛い思いをしたのは、あたしのせい……

 あたしが弱いから……いつもどおりに上手くいくなんて甘えてたから……

 だから、もっと強くならなきゃいけない!)」


 祈るような思いでデッキからカードを引くリン。

 やがて、恐る恐る手札を確認したとき――彼女の両目は驚きの表情で見開かれた。


「あ……あなたは……!

 ありがとう……これなら戦える!

 まだターンを続けるよ、ユニット召喚!」


 涙目になりながら、しかし、戦意に満ちた顔でリンはカードを(かか)げる。

 その勇気と勝利への願望は、彼女のデッキに眠る強者へと届いていた。


 そして、ここに1億年の時を経て王が蘇る。

 人類の力を誇示するかのように、戦車と狙撃兵を従えるクラウディア。

 その軍隊を鋭い目で(にら)みつけながら――


 月光の中、巨大なスピノサウルスが咆哮した。

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