第3話 初心者講習会
※時系列はプロローグの直後です。
デパートの屋上でヒーローショーをやるような小さめの舞台。
『WELCOME』という文字が書かれたステージの上に、司会進行AIのウェンズデーが立っている。
向かいあう客席側には数名の参加者たち。
リンと歳が近そうな少年少女から、小さな子供を連れた親、こんな人まで仮想空間に来るのかと思うほど年配の夫婦まで、VRをたしなむ年齢層は幅広い。
そして、参加者の前には彼らと同じ数のハチドリが、ブブブブブブと翼を鳴らして飛んでいる。
Cards―――――――――――――
【 ハチドリル 】
クラス:コモン★ タイプ:飛行
攻撃200/防御200
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「今回は講習会モードですので、敵として召喚されたユニットは皆様の前に分身しています。
本来は1ターンに1体ずつしか召喚できません。
どのユニットを呼び出すのかは慎重に。そして、そもそもデッキは計画的に組みましょう」
参加者たちは講習会の特殊なモードになっているため、デッキがなくても一時的に手札が配布される。
現在、手の中には『ユニット』と呼ばれるカードが1枚。
どうやら、これを召喚して戦わせるようだ。
「でも、かっこいいポーズって……」
手札からユニットを召喚するときには、かっこいいポーズを取る。
ラヴィアンローズの世界では、そんな恥ずかしい罰ゲームのようなことが必須事項らしい。
「おやおや、どうやら皆様には戸惑いの心があるようですね。
召喚のポーズは大事ですよ~!
ここはひとつ、納得して頂くために初代ワールドチャンピオンの召喚ポーズを見てみましょう」
イベント担当AIのウェンズデーが指をパチンと鳴らすと、ステージの上がスクリーンになって映像が再生された。
そこに映っていたのは鋭い眼光を放つ男性。
白銀のプレートメイルに身を包み、吹きすさぶ風にマントをなびかせている。
「は? ちょ……なに、あれ……?」
「王に魂を捧げし者たちよ!
今こそ忠義を示すとき、目覚めのときなりぃい!」
騎士だ。
この21世紀、テクノロジー社会のどこにあんなものがいるんだと思うほど、まったくもって騎士らしい騎士だ。
リンの理解が追いつかないまま映像は進み、コスプレおじさん……
いや、騎士の姿になりきった男性は、手札から1枚のカードを天高く放り投げた。
すると、カードは光に包まれて1本の剣へと形を変えていく。
もう分からない。
カードゲームで手札を放り投げるのも分からないし、それが剣に変わるとか荒唐無稽にもほどがある。
「来たれ、我が騎士団の猛き剣よ!
ユニットぉおおおお! 召喚!」
バサッとマントを広げるように腕をかざし、騎士はユニット召喚を宣言。
すると、彼の前に1人の勇猛な重装兵が現れ、空から落ちてきた剣を片手でガキイィンと掴んだ。
これは試合の記録映像らしく、熱狂する観客たちの声援や、割れんばかりの拍手が騎士に送られている。
「は~い、いかがでしたか?
騎士王の称号を持つワールドチャンピオン、ハインリヒさんの召喚ポーズです!」
「すげぇー! かっこいいー!」
「噂には聞いていたけど、こうして見ると迫力が違うなぁ」
「ワシにもできるかのう」
講習会の参加者たちは男の子を中心に盛り上がっていた。
たしかに迫力はあったが、正直なところ中学2年生の真宮涼美はこう思う。
「中二じゃん……」
「それでは、皆様も配られたカードを手に持って、魂を込めて召喚してください!
レッツ! 召喚ターイム!」
「「「おおーーーーーっ!!」」」
初心者講習会の空気が、だんだんおかしくなってきたのを実感するリン。
さすがに、いきなり派手な召喚ポーズを取るのは恥ずかしい。
色々と悩んだ結果、ちょっと控えめな感じでカードをかざしてみることにした。
「えーと、こうかな……し、しょ……召喚!」
「いっくぜぇえ! 召喚!」
「ワシはこうじゃ! 召喚!」
「私なんかこうだもんね! 召喚!」
「フッ、ボクには勝てないよ……召喚」
講習会の参加者たちは魂を燃やし、思い思いのポーズを決めてユニットを召喚する。
本当に何の罰ゲームなんだろう、これは。
やがて、召喚が終わると全員同じユニットを配置していた。
つまるところ、初心者講習会で使われるカードは完全に固定されているのだ。
で、召喚されたユニットの姿なのだが――
Cards―――――――――――――
【 バターバッター 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:昆虫
攻撃500/防御500
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現れたのは金属バットを持ったバッタ。
VR技術の無駄遣いをしているのか、あたりに立ち込めるバターの香り。
全身にバターを塗ったバッタのバッターである。真夏の甲子園では溶けそうだ。
「もうやだ、この世界。どこから突っ込んでいいのか分からない」
「なんとぉー! バッタの攻撃力がハチドリの防御力を超えていますね。
ここですかさず攻撃宣言!
すると、私のユニットはやられてしまいま~す!」
言われたとおりに攻撃してみると、バッタは容赦のないフルスィング。
カキィーンと良い音がして、打ち上げられたハチドリは空の彼方へ飛んでいった。
しかも、参加者全員の前にズラリと並んでいるので、まるでバッティングセンターだ。
カキィン、カキィン、カキィンと、次々に音が響いてくる。
「いたた……クリーンヒットでした。
攻撃側がハチドリの防御力を300超えたので、私にダメージが入ります。これで残りライフは3700!」
攻撃側のユニットから攻撃力を、防御側のユニットから防御力を参照し、その差がプレイヤーへの貫通ダメージとなる。
単純な話、相手の防御よりも高い攻撃で上から殴ればいいのだ。
初期ライフは4000ポイント。これを全て失った側が負けとなる。
「それでは、私も少し本気を出しちゃいましょう……
えいっ! とうっ! ユニットぉおおお、召喚!」
異様なテンションに包まれたステージの上で、ウェンズデーはさらに激しく、さらにおかしなポーズを取りながらユニットを召喚した。
先ほどよりも大きくて派手なエフェクトが輝き、今度は大きな人型を形成していく。
Cards―――――――――――――
【 イフリート 】
クラス:レア★★★ タイプ:悪魔
攻撃2000/防御2000
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「グォオオオオオオーーーーーーーッ!!」
「きゃあ~、すごい迫力ですね!
なかなか手に入らない★3のレアカード、炎の化身イフリートです!」
牛と人間が融合したような筋肉ムキムキの魔人。
その姿だけでも大迫力だが、全身を包む火炎が渦を巻いて燃え盛っていた。
リンを含め、仮想空間でのゲームに慣れていない者は思わず身を引いてしまう。
「ご安心ください。ここはVRの世界なので熱くありません。
たとえドラゴンにブレスを吐かれても皆様は安全です」
「そ、そんなこと言われても……!」
「ここはひとつ、実際に受けてみましょう。
いっきますよ~! イフリート、火炎放射!」
「ゴガアァーーーーーーーッ!!」
「うわああ~~~~~っ!!」
大きく息を吸い込み、真っ赤な炎を吐いて観客席を火の海にするイフリート。
哀れ、バッタは燃え尽きて消し炭。
またしてもVRの無駄遣いなのか、焦がしバターの香りがする。
「う、うぅ……あれ? 本当に熱くなかったし、どこも燃えてない」
「ね、大丈夫だったでしょう?
バトルのほうでは、皆様1500のダメージを受けてしまいましたが」
「いや、体は大丈夫だけど、さすがにやりすぎなんじゃ……」
いくら娯楽だろうと、こんな演出は刺激が強すぎる。
そう思って参加者たちを見てみると、みんな笑顔で拍手喝采だった。
泣いてもおかしくない小さな子供までキャッキャと喜んでいる。
「えぇ……めちゃくちゃウケてるし。
仮想空間って、いつもこんな感じなの?」
実際、いつもこんな感じである。
リンには分かっていなかったが、2036年の人々にとって、過激なVRは珍しいものではない。
たとえばレースゲームで事故を起こせば大惨事になるし、RPGでドラゴンや魔王と戦えばイフリートどころの騒ぎではないだろう。
すさまじく深い谷を見下ろすこともあるし、その奈落に向かって飛び降りることもできる。
それがVRの良いところであり、恐ろしいところでもあるので、当然ながら刺激や痛みといったフィードバックは抑えてあるのだ。
「さあ、皆様のターンです!
この強敵を相手に、どのような対処をすれば良いのでしょうか?」
もう分かりきっているのだが、このターンはイフリートを倒すためのカードを使うはずだ。
今は講習会モードなので、参加者たちの手札は自動で追加されていく。
「皆様の手札にいるユニットは、おそらく1体だけのはず。
それを召喚してみてください」
「よぉーし、召喚!」
「今度はこんな感じでどうかしら? 召喚!」
「フッ、意味が伝われば別の言葉でもいいんだよ――サモン・ユニット!」
大いに盛り上がる講習会の中、あーはいはいという感じでリンは投げ出すように召喚した。
Cards―――――――――――――
【 セバスチャン 】
クラス:レア★★★ タイプ:人間
攻撃1900/防御2500
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「な~んと、またしても★3レアカード!
数々の名家に仕えたという伝説の執事セバスチャン!」
召喚に応じて登場したのは、執事服に身を包んで片眼鏡をかけた老紳士。
異様な威圧感を放ち、見るからに強そうな執事と、燃え盛るイフリートが真っ向から対峙した。
しかも、参加者の数だけ同じ組み合わせがズラリと並んでいる。めちゃくちゃ暑苦しい。
「もう、ほんと……何なの……これ」
「さーて、困りましたね。
セバスチャンは強いのですが、イフリートの防御力に100だけ届いていません。
このまま攻撃してもガードされて無駄になってしまいます。
ということで、こちらをご覧ください!」
ここで参加者たちの手札に3枚のカードが追加された。
Cards―――――――――――――
【 初心者講習会マジック 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:3ターンの間、【タイプ:人間】のユニット全てに攻撃力+200。
【 初心者講習会ソード 】
クラス:コモン★ リンクカード
効果:装備したユニットの攻撃力+300。
【 初心者講習会トラップ 】
クラス:レア★★★ カウンターカード
効果:使用したバトルの間のみ、ユニット1体の攻撃力と防御力の数値を入れ替える。
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「皆様、もう分かりましたね!
実は実は~、どのカードを使っても勝ててしまうんです!」
「なるほど、タイプが人間のユニットはセバスチャンだけだから、イフリートには効かない。
今のタイミングで『初心者講習会マジック』を使えば自分だけが有利。
それ以外に剣を装備してもいいし、攻撃と防御の数値を入れ替えても倒せる、と」
リンは思考を巡らせるタイプなので、こういったことを考えるのは得意だ。
将棋やオセロ、トランプをやっても兄には高い確率で勝ち、数々のおやつ争奪戦を制してきた。
「と、いうことで――おめでとうございま~す!
皆様は講習会の受講を完了しました」
どこからともなく紙吹雪が舞い散り、ずらりと並んで暑苦しかったイフリート&セバスチャンも消えていく。
ようやく、このおかしな空間から解放してもらえるようだ。
「今回は説明を省きましたが、もちろん、も~っと色々な戦略性が秘められています。
説明文を読んだり、お友達と情報を交換したりしながら、どんどん強くなってくださいね。
では、皆様に初回限定のプレゼントです!」
ウェンズデーがパチンと指を鳴らすと、通知音が響いて参加者たちのコンソールに文字が並んでいく。
ちなみに先ほどから出ている説明文も、空中に半透明のパネルで表示されていた。
Notice――――――――――――
【 報酬が配布されました! 】
・コモン&アンコモンカード(ランダム) 30枚
・カード5枚入りパック 5袋
・クエストポイント 1000pt
・コスチューム『ビギナーズローブ』
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「カードがたくさん手に入ったと思いますので、後でデッキを組んでみてくださいね!
それでは、本日は初心者講習会に来て頂き、ありがとうございました。
皆様とカードの未来が薔薇色の人生となることを、心よりお祈りしています」
パチパチと響く参加者の拍手に釣られて、いつしかリンも手を叩いていた。
おかしなノリについていけなくなったり、VRの迫力に驚かされたりする場面もあったが、思っていたより悪くはなかったという印象である。
これがとんでもなく深い沼への第一歩になることなど、リンはまったく予想していなかった――




