第14話 鋼鉄の機甲師団 その1
『バトルフィールドへようこそ。
あなたの個人認証が完了しました。プレイヤー、リン。
データから”すごい女神デッキ”を読み込んでいます……読み込みが完了しました。
相手のプレイヤーを確認中……対戦者、クラウディア』
兄との初戦以来、久々にやってきたバトルエリア。
リンの向かい側に立つ相手は、金髪の軍服少女。
ステラと兄は隣のフィールドで決闘を始めているはずだ。
「リン、あなたは始めて2週間よね。
さすがに本気を出すわけにはいかないから、ハンディキャップをあげるわ」
「え? そういうのは、別にいらないけど」
「あなたがいらなくても、私には必要なの。
例の女神を見たいのよ。
そっちだって、私のカードが見たいでしょ――『マスター』?」
日本ワールド全体でも1628枚しかない★4スーパーレア。
その持ち主である『マスター』が対決することになったのは偶然か、それとも引き寄せられたのか。
いずれにせよ、クラウディアはリンに対して本気を出すつもりがないらしい。
「私は『鋼鉄のクラウディア』。
ジュニアカップ予選では、一切のダメージを受けたことがなかった。
だから、1ポイントでも私に傷を与えたら、降参してリンの勝ちにしてあげるわ」
そう言いながら不敵に笑い、手にはめていた白い手袋を噛んで外すクラウディア。
カードを触りやすくするために手袋を外すなら、普通に引っ張ってもいいんじゃないかとリンは思ったが、これも『かっこいいポーズ』の一環なのだろう。
「クラウディアがそうしたいなら構わないけどさ。
1ターンか2ターンくらいで決着が付いても、文句を言うのはナシだからね」
「へぇ~、たいした自信ね。
私に傷をつけるということは、少なくとも大会予選のプレイヤーより強いということ。
まあ、それができたら、その高そうな服にも箔がつくかもね」
『バトルモード、スタンバイ。
対戦フィールドを選択してください』
「そういえば、選べるんだっけ。
じゃあ、沼で」
「沼はやめて!!」
向かいあいながら少しずつ高めていった戦意と緊張感が、一瞬にしてはじけ飛んだ。
戦車が泥に沈みかけたせいか、クラウディアは沼地にトラウマがあるようだ。
あくまでもフィールドは見た目だけなので、カードには影響しないのだが、それでも嫌がるほど苦手らしい。
「しょうがないなぁ、クラウディアが選んでいいよ」
「ふぅ……じゃあ、荒野にしましょうか」
『相手プレイヤーにより、荒野が選択されました。
3秒後にフィールドを切り替えます。3……2……1……』
フィールドが切り替わった瞬間、地平線まで続く大荒野が目の前に広がった。
多くの生命にとって厳しいであろう水のない極地。
遮るものがない岩と砂だらけの荒野を、乾いた風が吹き抜けていく。
しかし、それ以上にリンが驚いたのは天に輝く満月。
フィールドの時間は夜に設定されており、世界は青みがかった月光に包まれていた。
「うひゃあ……【アルテミス】と戦う気満々だ」
「あなたにとっては、こっちのほうがいいでしょ?」
これは月の女神と戦うために用意された舞台。
幸い、地球上で感じる月光よりも明るいらしく、夜でも決闘に支障はなさそうだ。
「それじゃあ、始めましょうか」
「OK、いつでもいいよ!」
ここで双方、手札が5枚になるまでドロー。
そのカードを見たとき、リンは思わず声を上げそうになった。
「(おおっ? マジで、マジで!?)」
手札に来たのは、【ブリード・ワイバーン】が2枚、【トロピカルバード】が1枚。
さらには相手を1ターン攻撃禁止にする【平和的軍事条約】、防御を高める【バイオニック・アーマー】までそろっていた。
「(これ文句ナシの手札なんじゃない?
お願い、後攻……後攻を取らせて!)」
『バトルモード、スタート。
両者、ライフポイント4000。
先攻は――クラウディアです。対戦を始めてください』
「(やったあ~、後攻だ! 最高の動きができる!)」
初手にワイバーンを出し、【平和的軍事条約】でクラウディアを足止め。
次のターンに【トロピカルバード】の後攻効果でワイバーンを引いてスタックバースト。
これで、2ターン目には攻防2400の【ブリード・ワイバーン】が完成し、3ターン目には完全体だ。
「何を考えてるのか知らないけど、顔に出てるわよ」
「ふえっ!?
ないないないない、ぜぜぜ、全然考えてないから!」
「まあ、その考えをいきなり潰すようで悪いんだけど。
私のターン、ユニット召喚――来なさい、【ゴリアテ】!」
カードを指で挟み、シュッと真横に腕を振るクラウディア。
それほど派手ではないが、洗練された召喚ポーズだ。
そして、カードから出てきたのは沼でも見た戦車。
キュラキュラと重厚なキャタピラで荒野を踏み砕き、金属の体を月光に輝かせて登場する。
Cards―――――――――――――
【 ゴリアテ MkIII 】
クラス:レア★★★ タイプ:機械
攻撃1500/防御2600
効果:このユニットがガードしたとき、自プレイヤーへの貫通ダメージを無効化する。
スタックバースト【多重空間装甲】:永続:このユニットがガードしたとき、相手の攻撃力を半分にしてダメージ計算を行う。
――――――――――――――――――
初手から惜しみなく配置された★3レアカード。
人類文明の結晶ともいえる合金装甲は防御力2600を誇り、この固さをリンのデッキで貫く手段は限られている。
「うわああ~ん、いきなり固い~!」
「私はこれでターンエンド。
お手並みを拝見させてもらうわ」
「じゃあ、あたしのターン。ドロー!
出ておいで、【ブリード・ワイバーン】!」
Cards―――――――――――――
【 ブリード・ワイバーン 】
クラス:コモン★ タイプ:竜
攻撃300/防御300
効果:自プレイヤーのターン開始時に成長し、攻撃と防御の『基礎ステータス』が2倍になる。この効果は2回まで行われる。
スタックバースト【突然変異】:永続:1回成長する。この効果は上限に含まれない。
――――――――――――――――――
「ピャアア~!」
リンは迷うことなく、手札からワイバーンの子供を召喚した。
1ターン目なので、ステータスは攻防300。
高いステータスを誇る★3レアカードに対して、あまりにも弱々しいユニットだが、クラウディアは眉ひとつ動かさない。
「そんでもって、プロジェクトカード【平和的軍事条約】!
次のあたしのターンまで、お互いに攻撃できなくなるよ!」
Cards―――――――――――――
【 平和的軍事条約 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:このターンに攻撃宣言を行っていない場合のみ使用可。
使用者の次のターンまで、全てのユニットは攻撃宣言ができなくなる。
――――――――――――――――――
「なるほど、時間稼ぎというわけ。
そうしてワイバーンを育てて、手のつけられない大型ユニットを完成させる。
【ブリード・ワイバーン】を使いこなすためのデッキなんて、なかなか珍しいわね」
「兄貴には、やめとけって言われたんだけどね。
すぐに戦えるカードのほうが強いのは分かってる。
でも、この子はあたしのお気に入りなんだ」
「まあ、そういう矜持も必要ではあるけれど。
ふふふ……その子がやられたとき、あなたは冷静でいられるかしら?」
「え……!?」
何か策があるのだろうか。
ニヤリと不敵に笑ってみせるクラウディアは、底しれぬ強者の余裕を湛えていた。
かくして『マスター』同士の戦いは、バトル禁止という静かな幕開けで2ターン目に進む。
わずかに火花を散らすのは、向かいあったお互いの視線のみであった。




