第12話 作戦会議 その1
「わっはっは~!
元気にしていたか、我が愚妹よ!」
「うっさい。いつもリアルで顔を合わせてるでしょ」
久々にリンのルームへとやってきた兄のユウは、相変わらず黒ずくめの服だった。
潮騒が心地よい孤島のログハウスには、いまいち見た目の雰囲気が合わない。
「沼で荒稼ぎしてたのは、どうやら本当だったみたいだな。
相変わらず、めちゃくちゃなことをするヤツだ」
「まあ、あたしたちはひと区切りついたよ。
そっちはフレンドを手伝ってるって言ってたけど、終わったの?」
「ああ、見ろよ。この美しい景色を!」
「……田んぼ?」
ユウがコンソールから見せてきた画像には、田植えが終わったばかりの水田が写っていた。
「ルームに広い田んぼを作ってる人がいてな、みんなで田植えを手伝ったんだ。
この世界にはトラクターが実装されてないから、ほとんど俺たちの手作業だった」
「えぇ……わざわざVRで畑とか田んぼって……」
「趣味のVRだからこそ、米作りを楽しめるんだぞ。
植物の病気や害虫もないし、売ることを考える必要もない」
「そして、食べられない。
なんで作ってるんだろう……」
これはカードゲームをするためのVRMMOだが、やろうと思えば何でもできる。
開発側の方針として、カードはあくまでも日常の一部に過ぎず、プレイヤーの個々が『薔薇色の人生』を見出すことに主眼を置いているらしい。
とにかく、人の暮らしを精神面で豊かにするのが、ゲームの本質と考えているようだ。
「しかし、新しいフレンドが『鋼のクラウディア』とはな」
「あら、お兄さんのほうは私のことをご存知?」
「知っていますよ。私も、ある程度は」
ニヤリと不敵に笑うクラウディアと、視線を交わす兄。
その会話にステラも混ざっていく。
「去年の日本ジュニアカップ、本選出場者ですよね。
予選では、まったくダメージを受けなかったことから鋼の異名を得た実力者。
そして――リンと同じ称号を持つ『マスター』」
「ええっ!?」
ペットたちに果物を食べさせて可愛がっていたリンは、その言葉にハッと顔を上げる。
『マスター』の称号を持つことの意味を、彼女はよく知っていた。
沼で見た戦車ユニット【ゴリアテ】は★3。
ということは、まだ見ていないのだ。
クラウディアが所有しているであろう、★4のスーパーレアカードを。
「そう慌てなくても、いずれ見ることになるわよ。
あなたなら……ね」
じわりと威圧をかけながら微笑むクラウディア。
あのとき戦車が沼に落ちて慌てていたのがウソのように、ミステリアスな雰囲気を取り戻している。
リンはワイバーンをひざの上に乗せて座ると、香りだけのコーラを飲みながら会話に加わった。
「★4を持ってるのに、それより上のウルトラレアが欲しいの?」
「あなたは欲しくないの?
女神の力を使って、沼を制圧したなら分かるでしょ。
★4があれば、ミッドガルドでは他の人よりも有利に戦えるって」
「うん……まあ……たしかに。
あの作戦が上手くいったのは【アルテミス】のおかげだよ。
でも、それ以上に手伝ってくれたステラのおかげ。
他の人より有利かどうかなんて考えられるほど、あたしには経験がないから」
「ふぅん……でも、あの作戦は見事だったわ。
私は幻の★5を探すために、色々な情報を集めているの。
たとえば、最近日本ワールドで★4を引いた人がいるという情報。
SNSで話題になっていた【ブリード・ワイバーン】を使いこなす女の子の情報。
ミッドガルドで目立った活躍をしているらしい2人組の情報。
あなたにたどり着くのは、とても早かったわよ。リン」
「うへぇ、恐縮です……」
体が熱いと感じてしまうのは、火を吐くワイバーンと触れあっているからではない。
リンが思っている以上に、クラウディアから注視されていたようだ。
「あなたが初心者だったとしても、薄々と気付いているはずだけど……
レアカードは引き当てただけじゃダメ、持ってるだけじゃダメ、使うだけでもダメ。
日本ワールドにある1628枚のスーパーレアのうち、いったい何枚がその力を十分に発揮できていると思う?
優秀なカード以上に、優秀な『マスター』は希少なの。
だから、私はあなたに声をかけた」
「そ、そうなんだ……
てっきり、歳が近いから話しかけられたのかと思ってたけど」
「まあ、それもあるわね。
同い年のプレイヤーとは、今まで交流がなかったから。
こうして、あなたやステラと直接出会えたのは、ここ数ヶ月で一番うれしいことかも」
そう言って微笑む姿は、屈託のない中学生に見えた。
言葉や考えかたは大人びているが、同年代としての親近感もある。
軍人のように厳しいかと思えば、やっぱり普通の女の子だったりするので、色々な印象を受ける子だ。
ひとしきり、クラウディアとリンが言葉を交わしたのを見計らって、ユウとステラも口を開く。
「で、★5のウルトラレアがミッドガルドにあるって話だが」
「その話自体は、実装当時からありますね。
どう考えても怪しい場所ですから」
「そうね。でも、見つからなかった。
世界中にいるラヴィアンローズのプレイヤーが、血眼になって3年近く探し続けても成果はなし。
でも、パックの開封どころか大会やイベントの報酬でも★5は確認されていない。
じゃあ、いったいどこにあると思う?」
「う~ん……あたしは始めたばかりだから分からないけど、その全部が不正解だったりして」
「そう考えるような人は、とっくに他の怪しい場所を調べ尽くしてるんだよなぁ」
このゲームは世界規模であり、プレイヤーの人口は億単位でいるといわれている。
日本ワールドですらアクティブユーザー500万人。
簡単に見つけられるようなら、とっくに発見されているはずなのだ。
飲んでも減らないVRのレモネードを口から離し、ステラはクラウディアに向き直る。
「私も一時期、ウルトラレアに興味を持って調べていた時期があります。
ですが、どの情報も眉唾もので……
クラウディアはミッドガルドが怪しいと思っているんですか?」
「あの場所は広すぎて、いまだに未発見のものや、探索が進んでいない場所も多い。
あなたたちだって、沼のモンスターを倒していたけれど、泥の中まで知り尽くしたわけじゃないでしょ。
すでに人が通った後の道でも、何か見落としていることがある。
私はそう睨んでいるわ」
「なるほど……そう言われると、泥の中が怪しく見えるかも」
「でも、そんな場所は探索できないよな」
「方法は――あるといえば、あります。
今のリンが、まさにそれです」
「へ……あたし?」
いきなりステラから名指しで呼ばれ、身におぼえのないリンは首をかしげた。
海風が吹く南国の孤島で、4人の会談が進んでいく。




