第5話 ミッドガルド初挑戦 その5
ミッドガルドが実装されて以降、世界中のプレイヤーたちが冒険エリアに夢をはせた。
広い空間だが、踏破を目指す者たちによって次々と情報が明らかになり、かなり有益な攻略情報も出回っていく。
その中で必ず交わされる言葉がひとつ――『初心者は沼に行くな』。
沼地は入り口から比較的近く、林を抜ける戦力があれば辿り着けるが、あまりにもモンスターのレベルが違いすぎる。
大量に現れる毒ガエルの群れや、固い甲羅で身を守る野生の【ジャイアント・スナッパー】は、まだ序の口。
特に凶悪な生物として恐れられているのは、沼に生息する恐竜であった。
Enemy―――――――――――――
【 パワード・スピノサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:水棲
攻撃6000/HP6000
効果:バトル相手のユニットが装備しているリンクカード1枚を破棄する。
スタックバースト【水辺の王者】:永続:このユニットが水に触れている間、攻撃と最大HPが+1000上昇する。
――――――――――――――――――
約1億年前の白亜紀にいた水陸両棲の爬虫類。
恐竜好きなプレイヤーや男の子には、大人気のスピノサウルス。
かのティラノサウルスすら上回る巨体で、水辺では間違いなく最強の生物だったとされている。
ワニのような細長い口は大きく裂け、無数の鋭い歯が並ぶ。
特徴的な背中のヒレは、それだけで2mくらいありそうだ。
レアリティ補正によるステータスは、なんと3倍の攻防6000。
さらに能力が恐ろしく、リンクカードによる強化がまったく通用しない。
「よく見ると、この子もワイルドでかっこいい~!
でも、リンクカードを破棄って……もしかして、相性最悪?」
もしかしなくても最悪である。
攻撃だろうと防御だろうと、とにかく【アルテミス】がバトルをすればリンクカードが壊されていく。
しかし、もはや逃げられない距離まで接敵しているため、戦わざるをえない状況だ。
「マスター、戦闘の指示を」
「OK、【アルテミス】。やるしかなさそうだね。
このでっかい恐竜を、やっつけちゃおう!」
バトルモードに入ると、リンのコンソールに『先攻』と表示された。
これが戦いの流れを大きく分けることになる。
「やったぁ、先攻! これなら何とかなるかも!
先制攻撃だよ、【アルテミス】!」
「了解しました。マスター」
【アルテミス】は口数が少ないが、人の言葉を話すことができる。
発言のパターンは決まっているので、ゲームでいうところのNPCに近いのだが、リンは相棒として信頼していた。
人類が存在せず、神々の名を語り継ぐ者もいなかった太古の白亜紀。
地球が作り出した大型生物の完成形ともいえるスピノサウルスに向かって、月の女神が弓を引き絞る。
壮絶な火力をともなう光の矢が放たれると、12個のビットが同じ攻撃目標に突っ込んでいった。
大抵のモンスターなら何もできないまま粉砕されるのだが、スピノサウルスはヒレのような尻尾を叩きつけて応戦。
ボンッという爆発音とともに【汎用アタッチメント・ブレード】がビットごと破壊され、光の粒子になって弾けてしまう。
バトルによるダメージ計算は、その後に行われた。
「グルァアアアアアーーーーッ!!」
空気をビリビリと震わせる怒りの咆哮。
すさまじい攻撃を受けたスピノサウルスだが、5200もの大ダメージを耐えきってみせた。
残りのHPは800。決闘と違い、ミッドガルドのモンスターに与えたダメージは蓄積される。
「【アルテミス】、ガードに備えて!
けっこう迷ったけど、これだけは仕込んできたんだよね。
カウンターカード、【タクティカル・ディフェンス】!」
これまでリンを紙一重のところで生かし続けてきた起死回生のカウンター。
持ち込める15枚のうち、ユニット1枚、リンクカード12枚、回復ポーション1枚。
そして、最後の1枚はカウンターカードという、実に極端なデッキ構成だった。
全てのビットが盾となり、攻撃力の増減値を自己防衛に転換する【アルテミス】。
そこに巨木のような前足が叩きつけられ、またひとつのビットが弾け飛ぶ。
攻撃力を700も盛る【対戦車狙撃砲】が破壊されてヒヤリとしたが、どうにか防御は6000以上を維持して耐え抜いた。
「ふぅ~、危なかったぁ~!
あたしのほうが後攻だったら、次はなかったけど……
でも、これでトドメだよ!」
反撃のターンさえ回れば、こっちのもの。
再び光の矢をつがえた【アルテミス】は、今度こそトドメとばかりに巨体を射抜く。
だが、スピノサウルスも最後まで戦意を失わなかった。
ビットと共に【ドワーフの大斧】が叩き壊され、リンクカードを道連れにしながら巨体が傾いていく。
「オオオオオォォォ……ン」
「うわーっ、ちょっと待って!
近い! 倒れる場所、近いって!
あああ~~~~~~っ!!」
ドシャアッと沼に倒れ込んだスピノサウルスは、大量の泥水をリンに浴びせた。
幸いにも、この世界では服が汚れないし、体が濡れてもすぐに乾く。
全ては精神的なダメージに過ぎないのだが、お笑い番組の罰ゲームみたいな仕打ちにリンは顔をしかめる。
「ううっ……うへぇ……ありがとう、【アルテミス】。
先攻なのに装備を3枚も壊されちゃったね。
これが後攻だと4枚かぁ……とんだ暴れん坊だよ」
そもそも、後攻では攻撃に耐えられなかった。
先攻を取るという運に助けられ、【アルテミス】だからこそリンクカードの物量で押し切ることができたのだ。
何枚もの装備を重ねてスピノサウルスに対抗できるユニットなど、ラヴィアンローズの中でも数えるほどしかいない。
激戦は幕を閉じ、大きく口を開けて倒れ込んだ恐竜の巨体は、大量の光の粒子になって消えていった。
その光の一部がリンの手元に誘導され、いつもと違った演出が行われる。
「あれ? これって……!」
コンソールに『DROP ITEMS』と表示され、入手した戦利品が実体化していく。
それは、ひし形に整えられた美しい緑色のクリスタル。
Tips――――――――――――――
【 ペット・クリスタル 】
カードからペットを召喚するためのアイテム。
緑はコモン、青はアンコモン、赤はレアのユニットカードに対応している。
現在、ペットを召喚できるのは自分かフレンドのルーム内のみ。
――――――――――――――――――
「おおおお~、これだぁ~!
やっとワイバーンちゃんをペットにできるよ!
もしかして、この沼って美味しい狩場?
今の恐竜だって★3レアだし、運が良ければ私のカードにでき――」
大はしゃぎするリンだったが、やがて凍りついたように動きが止まる。
ザブリ、ザブリと水をかき分ける、とても聞き覚えのある音。
恐る恐る振り返ってみると、霧の中から2体のスピノサウルスが現れるところだった。
これには、さすがのリンも青ざめて脱兎のごとく逃げ出す。
「は、はい……もう帰ります!
ごめんなさい! さようなら!
2体とか無理無理無理無理マジで無理ぃ~~~!!」
女神を引き連れて霧の中から脱出し、どうにか兄たちと再会したのは15分後のことだった。




