第8話 予選ブロックの行く末 その1
ギルドの面々が話しあったように、日程が進めば進むほど強いプレイヤーだけが残るようになる。
実力者同士が激突することも珍しくなく、戦況はより佳境に至っていく。
「どういうことだい。あんた、予選にいるような人じゃないだろう」
「意外か? 去年は準備が足りず、予選で負けてしまってな。シード枠には入っていない」
LWC予選試合、とあるブロックの一角では、無観客のまま異様な組み合わせが実現していた。
片や老婆。
体は老い衰えているが、彼女を侮ってはいけない。
すでに10人以上の選手を下し、予選ブロックの上位まで駒を進めた猛者である。
そして、もう片方は中年の男性。
全身から漂う威圧感は、もはや彼と彼以外のプレイヤーに分けられるほど別格。
まるで裏社会から出てきたかのようなスーツ姿の男性が、旧式のマスケットライフルを背負っている。
「すまないが、ご老人といえど手加減はできない。
ここまで勝ち進んできた以上、相当な腕前と見える」
「ほっほっ、年寄りを労る気兼ねくらいは見せたらどうだい」
「いいや――お断りする」
そう言って鋭い眼光を放つ男、オルブライトは相手の力量に気付いていた。
向かい側に立つだけで射抜かれてしまいそうな威圧感に、老婆は顔のしわを深めて笑ってみせる。
まるで台風の日に外へ出たみたいだ、とサクラバは感じた。
気を緩めれば一瞬で吹き飛ばされるだろう。
だが、これ以上は望めないほど極上の相手。帝王とのマッチングは不幸であり、幸運でもある。
「西側はサクラバ選手、東側はオルブライト選手。
それぞれ、手札が5枚になるまでドローしてください。
初手にユニットカードが1枚もない場合は、私に申告して引き直しを。
ルールに改訂が入ったため、公式大会で何度も引き直すとペナルティが課されます」
「私は大丈夫だよ」
「俺もだ」
「おや? 引き直さなくてもいいのかい?」
「ああ、必要ない」
何度も引き直すことで、強力なユニットカードを確実に初手で引く戦法こそが、オルブライトの強みだったはずだ。
それを行わないということは、運良く最初のドローで引いたのか。
あるいはルールの改訂により、その戦法を防がれてしまったからか。
そうでなければ――抜け道に頼らずとも、十分に機能するデッキを持っているのか。
「ほっほっほっ! 楽しいねえ、これだからVRはやめられない」
この男になら、自分の全力をぶつけられる。
老いた体に闘争心をみなぎらせ、サクラバは苛烈な戦いの予兆を愉しむのだった。
■ ■ ■
さらに時は進み、ジュニアカップの予選4日目。
この日の結果次第では、即日に代表が決まるグループと、翌日のサドンデスにもつれこむグループに分かれる。
各ブロックの参加人数は等しくなるように調整されているはずだが、敗北以外にも何らかの理由で失格する者がいるため、ゴールにばらつきが発生するのだ。
最も多い失格の原因は不戦敗。
遅刻、体調不良、ネット回線や機材のトラブルなど、とにかく試合会場に現れなかった場合は問答無用で負けとなる。
そういったケースが多くなるほど参加者の減少は加速し、早めに代表が決まる場合もあった。
特にこのBブロックは全12試合が予定されていた中、11試合目で決勝戦に至っている。
「我がユニットの真髄、見るがいい! スタックバースト発動!」
「ぐぬぬ、とうとう3枚目が……!」
早めに決勝戦まで来たグループは、他よりも試合回数が少なくなるのでラッキー。
などと言えるほど、世の中は甘くなかった。
それは勝者のセリフであり、負ける者にとっては初戦だろうと最終戦だろうと消えることに変わりはない。
トレードマークの黒いマントをなびかせて対戦しているのは、【鉄血の翼】に所属するソニア。
そして、Bグループの頂点を競いあう最後の相手。
どうして2036年のVR空間にいるんだと思うほど、絵に描いたような女忍者、いわゆる『くのいち』が陣営を展開している。
「ククク、我が風魔軍団に敵なしと知れ!」
「ヤバいであります……あのカード、あの術さえ何とかなれば……!」
長いポニーテールが尾を引き、ちょっと発育のいい15歳くらいの忍者少女、シラユキ。
なりきり指数も、空軍を自称するソニアより上回っている。
序盤は良い感じだったのだが、相手側に1体のユニットが出現してからソニアは不利に陥った。
シラユキの陣営にいるのは、1体の白い獣。
しなやかな長い体で軽快に動き、左右の腕から鋭い刃が伸びている。
Cards―――――――――――――
【 鎌鼬 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物/飛行
攻撃1800/防御1400
効果:同じターン中、このユニットが同一の相手に攻撃した場合、与ダメージが蓄積する。
スタックバースト【三身一体】:永続:攻撃宣言を追加で1回多く行える。
――――――――――――――――――
日本妖怪の中でも、かなり名が知れ渡っているイタチ型のユニット。
かなり特殊な効果を持っており、スタックバーストを発動させると1ターンあたりの攻撃回数が増えると共に、2体目、3体目の【鎌鼬】が並ぶ。
その状態で同じ目標に向かって何度も攻撃すると、1800、3600、5400とダメージが蓄積していくのだ。
【鎌鼬】は三兄弟。すでにスタックバーストは上限まで使われ、3体が並んでいた。
相手は飛行タイプなので、ソニアなら撃破は容易なのだが――
Cards―――――――――――――
【 オボロカヅチ 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃1700/防御2500
効果:このユニットとバトルした瞬間、【タイプ:水棲】と【タイプ:飛行】のユニットは、ターン終了まで攻撃と防御が半分になる。
スタックバースト【朧雷鳴閃】:瞬間:このユニットは1回の攻撃宣言で、相手のユニット全てに攻撃できる。
――――――――――――――――――
無論、【オボロカヅチ】はとっくに配置済みである。
にも関わらずピンチなのは、肝心のユニットが動いてくれないからだ。
Cards―――――――――――――
【 影縫い 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:フィールド上のユニット1体を指定して発動。
使用者の次のターンまで、目標のユニットは攻撃と防御の宣言ができなくなる。
――――――――――――――――――
リンが使っていた【平和的軍事条約】の★3レア版。
1体に限られるが、ユニット1体の動きを封殺する強力なプロジェクトカード。
くのいちを自称するシラユキは、これを複数所持している。
よって、肝心の【オボロカヅチ】は何もできないまま棒立ち。
その横をすり抜けて、相手のユニットが風のごとく斬りかかってきた。
「【鎌鼬】、攻撃宣言!
イィヤアアアァァァーーーーーーーッ!!」
「くっ、被弾やむなし!
【キラージョー】でガード! スタックバースト【シャーク・カノン】発動!
さらにカウンターカード【タクティカル・ディフェンス】!」
Cards―――――――――――――
【 キラージョー 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:機械/水棲/飛行
攻撃1700/防御1500
効果:このユニットが受けるダメージは常に500軽減される。
スタックバースト【シャーク・カノン】:瞬間:バトル終了まで、このユニットの攻撃に防御ステータスを加算する。
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
――――――――――――――――――
「ギキイィーーーーーーーッ!!」
ソニアを守る盾として、金属の体で立ちふさがる機械のサメ。
【鎌鼬】の多段攻撃に対し、判定1回ごとにダメージを軽減できる効果は相性が良かった。
しかし、さすがに3連撃には耐えられない。
本来は攻撃に使う【シャーク・カノン】のステータス上昇を利用し、ソニアは可能な限り防御壁を張る。
「好機なり! 秘蔵のカウンターカード発動!
忍法【やわらかステーキバーガー】!」
「忍法【やわらかステーキバーガー】!?」
Cards―――――――――――――
【 やわらかステーキバーガー 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:1ターンの間、目標のユニット1体に攻撃+400。
このカードはデッキに1枚しか入れられない。
――――――――――――――――――
とんでもないネーミングと絵面になったが、その効果は絶大。
【鎌鼬】は兄弟仲良くハンバーガーをムシャムシャと平らげ、その効果を最大限に活かして斬りかかる。
「参るぞ! 壱の太刀!」
1匹目の斬撃。
強化が乗った2200ダメージに対し、機械のサメは1700に軽減して耐える。
「弐の太刀!」
2匹目の斬撃。
【鎌鼬】のユニット効果により、蓄積されたダメージの合計は3400。
ここで耐えきれなくなり、200の貫通ダメージと共に【キラージョー】は爆発四散した。
「いざ! 参の太刀ぃいいいーーーーーーっ!!」
「うわぁああああーーーーーーーっ!!」
ガードできるユニットがいなくなったソニアに振り下ろされる第3の刃。
2200のダメージが直撃し、完全に追い詰められてしまう。
「ソニア選手、残りライフ200」
「薄皮1枚が残ってしまったか……ククク、まあ良い。
拙者はこれにてターンエンド」
「わたしのターン、ドロー!
さすがは予選の決勝戦。なりきり指数もレベルが高くて、色々な意味で悔しいであります!
ですが――このターンで決着を付ける!」
「ほう? 威勢がよいな、童。
拙者のライフは4000丸ごと残っている。
さらにそちらの手駒は、まだ【影縫い】で縛られた状態だが?」
「そんなもの、なくなってしまえばいいのです。
『長い召喚演出は最初の1回だけにしてくださいね』とウェンズデー女史に注意されたので、今回は略式召喚!
いでよ、我が空軍の翼! 【エアリアル・グリフォン】!」
Cards―――――――――――――
【 エアリアル・グリフォン 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃2200/防御2100
効果:このユニットは常に【タイプ:飛行】以外のユニット全てに攻撃と防御-1000を与える。
スタックバースト【裂空波】:瞬間:フィールド上に存在するユニット以外のカード全てを破棄する。
――――――――――――――――――
「グェオオオーーーーーーーーン!」
このターンでようやく引けた、ソニア空軍の主力。
ワシの頭にライオンの体、世界に名を轟かせる幻創種が羽ばたいた。
「【鎌鼬】は飛行タイプゆえ、弱体化はせぬが……よもや、手札に2枚目を!?」
「Exactly!
先ほどのドローでわたしが引いたのは、2枚目のグリフォン!
今こそ唸れ! 勝利へ向かって、スタックバースト発動!
【裂空波】ーーーーーーーーーーーッ!!!」
試合会場のコロシアムに、すさまじい暴風が吹き荒れる。
ユニット以外、ありとあらゆるものを彼方へ飛ばす全体効果。
その風が収まったとき、封印が解けた【オボロカヅチ】は全身に雷のエネルギーを帯電させていた。
「さあ、これで形勢逆転であります!
【オボロカヅチ】、攻撃宣言!」
「さすがに飛行ユニットで防御はできん! 拙者が受ける!」
【鎌鼬】では相性が悪すぎる相手だ。
電流放射がフィールドを駆け、先ほどのお返しとばかりにシラユキのライフを大きく削る。
「シラユキ選手、残りライフ2300」
「まだまだ! 【エアリアル・グリフォン】、攻撃宣言!」
「南無三! 今一度、拙者が受けよう!
カウンターカード! 【受け流しの極意】!」
Cards―――――――――――――
【 受け流しの極意 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:使用者が2000以上のダメージを受けたときに発動可能。
ターン終了まで、目標のユニット1体の攻撃力に-1000。
――――――――――――――――――
空中からグリフォンが突っ込み、その強靭な前足でシラユキに襲いかかった。
しかし、受け流しによって大幅に激減。
「シラユキ選手、残りライフ1100」
「ク……フフフフ……はぁーっはっはっはっ!
どうした? このターンで終わらせると言ったな?
召喚も攻撃も尽き果てたが、ずいぶんとライフが残っているぞ」
「その悪役ニンジャムーブ、かなりいい感じなので参考にしたいのですが……
受け流しを使おうと、このターンに決着が付いていたのは同じこと、であります」
「ほざけ! この期におよんで、何があるというのだ?」
「ラスト1枚の手札……これはお姉さまとのトレードで仕入れておいた、とっておきの三つ星!
使う以上は必ず勝たなくてはならない!
それはそれは、本当にもう多大なる覚悟が求められる切り札なので、敬愛する世界最高――
いや、全宇宙最強のお姉さまからも、このカードを使う者には大いなる力と責任がともなうと、口が酸っぱくなるほど窘められ、無論わたしは熟考に熟考を重ねた上で『覚悟完了であります』との旨を伝えてゆずり受け、我が配下のユニットたちにも勝利のためには鬼になるべしと三々九度のミーティングを――」
「長い!! 使うなら、さっさと使え!」
「むむ、失礼……とにかく、わたしにとっては非常に覚悟を要求される最終兵器!
プロジェクトカード発動! 目標は【オボロカヅチ】!」
その瞬間、ソニアの左目に装着された『属性ヲ開眼セシ者ノ左目』が炎を放ち、紅蓮に発光する。
彼女が使うのは雷でも風でもなく、火属性のカード。
そして――その効果目標となった【オボロカヅチ】は上空まで飛翔。
全身に炎を纏って急降下してくる。
「な……っ!? よ、よもや、あれは……伝説の科学忍法!?」
「然り! 飛行ユニットの命と引き換えに、その全てを叩きつける必殺の一撃!
貫け、【オボロカヅチ】! ファイナル・ウィイイイイイイイイイイング!!」
「ウルォオオオオオーーーーーーーーーッ!!」
Cards―――――――――――――
【 ファイナル・ウィング 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーが所有する【タイプ:飛行】のユニット1体を指定して発動。
目標の【基礎ステータス】の高いほうと同値のダメージを相手ユニット1体に与える。
その後、目標となったユニットは破棄される。
――――――――――――――――――
赤く染まった【オボロカヅチ】は、まさに火の鳥のごとき勢いで突撃する。
己の命を犠牲にし、【鎌鼬】に向かって放つ2500ダメージ。
ソニアが手に入れた新たな力は、まさかの自爆技。
貫通ダメージが発生するため、ここぞというときの奥の手となる。
真正面からぶつかりあった両者のユニットは爆発四散。
「勝負あり! ライフポイント、0対200!
勝者、ソニア選手~!」
「うぉおおお~っ! お姉さま、ギルドの同胞たちよ、やったであります!」
「くっ……も、もはや、これまで……殺せっ」
代償は大きかったが、貫通ダメージが直撃したシラユキは全てのライフを失い、なぜか体を投げ出すように座り込んだ。
かくして劇的な勝利により、Bブロックからの決勝進出者はソニアに決まる。




