第7話 中間報告
「本当にありがとうございましたっ!
リンさまとお会いできたどころか、決闘までさせていただくなんて!
今日のことは一生の思い出にします!」
「大げさだなぁ……あたしなんて、そのへんにいる普通の中学生だよ。
あ、せっかくだし、よかったらフレンドにならない?」
「い、いいえ、とんでもない!
これ以上の特別扱いを受けたら、仲間たちから袋叩きにされてしまいますよ!」
「そうなの? じゃあ、みんなにもよろしくね」
「はいっ! リンさまから直々にそのようなお言葉があったと、全員に伝えておきます!」
「…………?」
ルーシアの仲間が何人いるのか、リンは知るはずもなかった。
かくして鏡写しの対決は終わり、報告のためにギルドへと戻る。
「――っていうことがあってね。
なんだか、自分を見てるみたいで恥ずかしかったよ」
「私も今日、リンの真似をした子と当たったわ」
「クラウディアも会ったの!?」
「色々と聞かれたけれど、あまり情報を与えるわけにはいかないから、最低限のことだけ答えて倒しておいたわよ」
【鉄血の翼】のメンバーが集まる、いつものコテージ。
この日も7人全員が勝ち越し、まだ予選の脱落者は出ていない。
「私は【エルダーズ】の人と当たりました。
顔を見るなり『首領の仇ーっ!』って言われて、すごい剣幕でしたけど」
「まあ、ステラとリンはアリサを倒しとるからな。
うちのほうは例の野球少年と当たったわ」
「「おお~、キャプテンが!」」
サクヤの報告に、リンとユウの兄妹は同時に声を上げる。
この日本ワールドで野球少年といえば、やたらと暑苦しい彼しかいない。
「なんや、あの戦いかた……バッタ1匹で延々と粘ってきおった。
一切強化せんまま手数だけで殴ってくるから、九尾の反転も効かんし、ほんま面倒な相手やったわ~」
「そうか、キャプテンは負けちまったんだな」
「サクヤ先輩を手こずらせる時点で、相当強いんだけどね。
できれば、あたしも戦いたくない相手だなぁ~。兄貴のほうはどう?」
「今日の決闘は順調だったぜ。
運良くヤバい相手と当たらなかったんだが、それも時間の問題だ。
LWCもジュニアカップと同じで、ブロックごとに1人だけ代表者を決める方式だからな。
その1枠をめぐって、浮上してくる強い奴らと戦わなくちゃいけない」
「本番はこれからですね。
皆さまの所属ブロックがバラバラなのは、本当に幸いです」
カップにレモンティーを注いで配りながら語るメイド、セレスティナ。
彼女が言うように、【鉄血の翼】は全員が違うブロックに振り分けられていた。
「サドンデスの予備日を含めて、あと3日!
あと3日だけ勝ち越せば、このギルド全員で決勝に行けるであります!」
「これからの戦いは、どんどんキツくなっていくはずよ。
今までが楽だったからといって、みんな気を抜かないでね。
こういうのは上手くいってるときが一番危険だと思いましょう」
トップクラスの防御力を有しながらも、敗北を味わってきたクラウディアの言葉は重い。
決して破られぬ無敵の盾などないのだと、彼女自身が証明しているようだった。
そうして気を引き締め直すギルドがあれば、そんな雰囲気とは真逆の集団もある。
「あ~あ、退屈すぎるんだよな。
シード枠で決勝に出られるのは楽だが、予選の間は待機なんてよ」
そう発言したのは、大人と見紛うような身長190cmの巨漢、ライガ。
前回入賞した4名の帰国組は、予選を免除されて決勝トーナメントに参戦できる。
しかし、その予選も外部からは見られなくなっている以上、終わるまでやることがない。
「もう少し、海外に残っててもよかったかな。
ま、あっちでも大会の真っ最中だから、やることがないのは同じだろうけど」
中性的な顔立ちの少年、カナメ。
そして、小学生でありながら入賞した少女、イスカも並んで歩いている。
「気楽でいられるのは、今だけ。きっと強い相手と戦うことになる」
「ああ、ようやく最強のプレイヤーと戦えるんだからな。
くそっ、ひとりだけ高いところに登りやがって」
3人が歩いているのは、広大な『大雪嶺山脈』の丘陵。
そして、ライガが睨みつけたのは、彼らよりもずっと先。
決して溶けることがない万年雪で白く染まった高所に、シグルドリーヴァは単独で先行していた。
あまりにも距離が開きすぎて、彼女の姿を見ることすらできない。
それはまさに、他の3人と前回優勝者の絶対的な差を表しているようだった。
「ほんと、面白くなりそうだよね。今年のジュニアカップは」
「同感だけど、空からモンスターが来てる」
「飛竜が3体か。あれ全部、俺が落としちまってもいいよな?
帰国してから暴れ足りねえんだ。このままじゃ運動不足になっちまう」
「はいはい、任せたよ」
「VRの中で運動不足……?」
カナメとイスカが後方に下がると、3体のモンスターはライガに向かって急降下してきた。
彼はニヤリと笑いながらカードを手にし、その全てを1人で迎え撃つ。
「いくぜ! ユニット召喚っ!」
そんな戦いが始まった地点から、遥かに上方。
雪山の高所に先行していた少女は、眼下に広がる絶景を眺める。
すでに標高は2500mを越え、凍てつくような空気と薄い酸素がプレイヤーの生命を脅かし始めていた。
リンも来たことがない、ミッドガルドの最高峰。
その頂点に向かって登るシグルドリーヴァの前に、獣の影が立ちふさがる。
「グルルルルル……」
当然、そんなところまで来れば、モンスターの強さも尋常ではない。
彼女を発見して距離を詰めてきたのは、『大雪嶺山脈』でも特に危険といわれる【白獅子】。
文字どおり純白の体毛に包まれたライオンなのだが、その顔は狛犬のごとく凶悪だ。
「ゴガォオオオオオオッ!」
軽やかな身のこなしに、ある程度の絶壁ですら駆け上がる強靭な四肢。
この高所まで登ってこられるプレイヤーたちですら、非常に脅威度が高い★3モンスター。
「プロジェクトカード発動」
危険な相手が迫ってくるというのに、シグルドリーヴァは眉ひとつ動かさずに対処した。
彼女が発動させたのは、たった1枚のプロジェクトカード。
しかし、それで全てが決する。
ただでさえ凍てつく標高の地を寒波が襲い、ダイアモンドダストがきらめいた。
少女は氷の世界に生きる者のように、ただ静かに立っているだけ。
まるで無防備な獲物に向かって、飛びつかんとばかりに力を込めた白獅子。
だが、体が動かない。
見れば、自慢の強靭な四肢は凍りつき、全身が厚い氷に取り込まれていく。
「グァッ! ガアアアアッ!! ガ…………ッ」
それは、あっという間の出来事。
寒冷地をテリトリーにしているはずの白獅子が、何もできないまま氷の彫像と化してしまった。
動かなくなった彫像を横目に、シグルドリーヴァは再び歩き始める。
これが絶対的な差。
他の3人とは、単純に登る高さが違うわけではない。
最強のジュニア世代と称されるシグルドリーヴァは、散歩でもするかのように大雪嶺を登っていく。
再び頂点に君臨するのは、彼女か。
あるいは新たな強者か。
日本ジュニアカップ、そしてLWCの予選試合は、まもなく最終日を迎えようとしていた。




