第5話 テンションMAXパラダイス
「攻撃宣言!」
「ぐわああああーーーーーーっ!!」
「勝負あり! ライフポイント、0対4000!
勝者、リン選手~!」
今日も今日とて対戦相手を瞬殺。
ジュニアカップの予選試合で、リンは破竹の快進撃を続けていた。
「はぁ~……勝つのはいいんだけど、待ち時間が長いんだよね」
相手のプレイヤーが退場していった後、お行儀悪くコロシアムの床に座り込むリン。
試合時間は30分、さらに合間の休憩が10分。
開幕から5分程度で瞬殺してしまうと、残りの時間はボーッとしながら待つしかない。
「ウェンズデーさん、話し相手になってくれたりします?」
「退屈ですか? 試合開始までに戻ってくるなら、ログアウトしても大丈夫ですよ。
トイレなどを済ませるための休憩時間ですので」
「いやー、うっかり忘れて遅刻したら失格になっちゃうじゃないですか。
そんな理由で負けたら、ギルドの仲間に合わせる顔がないですよ」
人間そっくりに見えるが、ウェンズデーを始めとしたラヴィアンローズの住人は全てAIだ。
公共エリアのショップ店員やミッドガルドの村人たちも、実在しない電脳空間の産物である。
「前から思ってたんですけど、ウェンズデーさんって何人いるんですか?」
「私は全にして一、一にして全。たくさんいるとも、ひとりだけとも言えます」
「う~ん……よく分からないなぁ。
こうして会ってるウェンズデーさんと、海釣り大会のときのウェンズデーさんは、同じ人っていうこと……ですか?」
「厳密にはそうですけど、全ての『私』が経験したことを記憶領域から引き出すのは大変です。
一応、アーカイブデータとして保存されているのですが、プレイヤーひとりひとりと接したときの記憶は、基本的に『他の私』へ受け継がれないものとお考えください」
「はぁ……それじゃあ、こうして話しあったことも他のウェンズデーさんは憶えてないんですね。
なんだか、寂しいような気が……」
「全て憶えているわけにもいかないので、仕方がないことです。
でも、例外はありますよ。日本ワールド期待の星、リンさん。
あなたほどのプレイヤーでしたら、アーカイブから検索するまでもなく優先度の高い知識として『全ての私』に共有されます」
「じゃあ、やっぱり海釣り大会のことは憶えてるんですか?」
「ええ、順位は2位でしたけど、巨大なデスヒラメを相手に格闘戦を行いましたね。
『デュエル・ウォーズ III』では世界記録を樹立して優勝。
日本ワールドで初めてネームドモンスターを撃破。
こうして残った試合時間を持て余すのも、あなたが強者になった証です」
そう言われると照れくさいのだが、普通なら忘れてしまうウェンズデーが憶えてくれているというのは、なんとなくうれしい気分だった。
そんな会話をしているうちに時間が過ぎて、次の試合が近付いてくる。
「お待たせしました。まもなく第6試合の対戦相手が転送されます」
「よしっ! 十分すぎるほど休憩を取ったし、誰だろうと相手になるよ!」
立ち上がったリンは、気合を入れ直して待ち構える。
その向かい側にフッと姿を現した次の対戦相手。
テレポートしてきた人物の姿に、リンは思わず首をかしげてしまう。
「ん……んん……?」
「ええっ!? ウソ……もしかして……!」
ジュニアカップであるため、相手は10代前半の若い少女だ。
ミッドガルド冒険者の簡易的な装備『初級冒険者の服』を着込み、鞘付きの片手剣を左右の腰から下げている。
色や長さは違うが、髪型もなんとなくリンに近かった。
「な、な~んか見覚えがある服装だけど……よろしく、リンです」
「ふえぇぇ……うわぁああ……うわぁあああああああああああああっ!!!???
ほ、本物!? あの、本当にリンさまご本人ですか!?」
「うん……そうだよね、ウェンズデーさん」
「はい、ご本人です」
「んなあああぁあああああああああああああああああっ!!!
ごめんなさい、ごめんなさい、リーダー、みんな、ごめんなさい!
もしかしたら会えるかもなんて期待してたけど、まさか本当に当たっちゃうなんて!!
だ、大丈夫かな? 夢オチとか、VRバイザーの故障とかじゃないよね!?」
頭を抱えながら、ひとりで大騒ぎを始めた対戦相手の少女。
ある意味、すごい人物とマッチングしてしまったようだ。
「え~と、あなたは?」
「も、ももも、申し訳ありません、名乗りが遅れました!
私は会員ナンバー215番の……じゃなくて、ルーシアっていいます!
あの、私、リンさまの大ファンで、『ファイターズ・サバイバル』で初めて見たときから憧れてて!」
「あぁ……そうなんだ、ありがとう」
「あの、よろしければ……い、一緒に写真を撮ってもいいですか?」
「いいけど、ちょっと待ってね」
ウェンズデーに視線を向けてみたが、彼女は何も言わない。
試合前の記念撮影くらいなら問題ないのだろう。
リンも自分が有名人になったことは自覚している。
イベントの上位者にして『討名者』。
ゲーム雑誌に記事が載り、道を歩けば声をかけられ、写真を撮られることも日常茶飯事だ。
どうやら、このルーシアという少女は熱烈なファンらしい。
リンはコンソールを操作して、自身のコスチュームを『初級冒険者の服』と二刀流のスタイルに変える。
「服はこっちのほうがいいかな?」
「えええええっ!? わ、わざわざ私に合わせてくれたんですか!?
そんな、うわ……本当に勇者さまだ! 感動しすぎて泣きそうです!」
「勇者さま? そんなに特別じゃないって。
あなたと変わらない、ただのプレイヤーだよ」
「(ああああ、噂のとおりだ……称号とか2つ名をたくさん持ってる人が、ただのプレイヤーなはずはない!
なのに、リンさまは決して驕らないんだ……本当はすごいはずなのに!)」
「それじゃ、怒られないうちに済ませちゃおうね」
「は、はひっ!」
おそろいのコスチュームで並び、ツーショットで写真を撮ることになったルーシアは、もはや鼻血が出そうなくらい限界状態だった。
リンは服装をサイバーブレザーに戻すと、コロシアムの中央を挟んで向かいあう。
「まもなく試合開始の時刻です。
お2人とも、準備はよろしいですか?」
「あたしは大丈夫」
「だ、大丈夫です! うわあああ、そんな、ウソでしょ……本当にリンさまと戦うことになるなんて!
あの、よろ……よろしくお願いしまぁあああああああああす!!」
「あはは……こちらこそ、よろしくね」
ミッドガルドで冒険しているときの自分と同じ服装をした少女が、目の前で勢いよく頭を下げている。
ある意味、最高に戦いにくい相手と勝負することになってしまったが、しかし――
リンは内心で楽しんでいた。
退屈に感じていた予選の雰囲気が、今はガラリと変わるように活気付いて面白くなっている。
「西側はリン選手、東側はルーシア選手。
先攻はルーシア選手です。それでは――決闘スタート!」




