第4話 竜たちの初陣
大きなイベントの予選になると、選手たちは特殊な場所へと転送される。
一時的にバトル用の空間が生成されるのだが、その数は参加者の半分。
数万もの空間で決闘が行われ、試合ごとに半減していく。
ジュニアカップの予選もLWCと同様に、古代のコロシアムを模したエリアになっていた。
数万人に分身したウェンズデーが、それぞれの空間で進行役を務めるという壮大なスケールの予選会場。
そのひとつに転送されたリンは、気合いに満ちた表情で対戦に挑む。
「は~い、どうもこんにちは~!
ラヴィアンローズのイベント司会担当、ウェンズデーです!」
「ウェンズデーさん、今回もよろしくっ」
「げぇえっ、リンじゃねーか!? マジかよ……!」
同じ空間へ転送された対戦相手は、リンの姿を見るなり驚愕の声を上げた。
ワールド内で名が知られるほどの者がいれば、そんな人と運悪く当たってしまう者もいる。
「1戦目は男の子かぁ。よろしくね~」
「よ、よろしく……へへへ……これで勝てたら、俺は英雄だな」
相手はリンと同じくらいか、少し下に見える男子。16歳以下の大会なので参加者は子供たちばかり。
有名人とマッチングしてしまうのは不幸だが、またとない大物狩りのチャンスでもある。
かくいうリン自身も、そうやって名を上げてきたのだ。
「では、まず大会ルールの説明を。
予選では12個のブロックに別れ、計12名の代表者を選出します。
それぞれのブロックで最後まで勝ち残った人が、決勝トーナメントに進めるわけですね。
そして――」
ウェンズデーが手を上げると、空中にアルファベットの『F』と、現在の参加人数が表示される。
「こちらはFブロック。第1試合の参加者は46892人となっております」
「1ブロックあたり約5万人、それが12個あるから全部で60万人。
16歳以下のプレイヤーって、そんなにたくさんいるんだ」
「日本ワールドの頂点を目指して、どんどん勝ち進んでくださいね。
それでは、まもなく試合開始の時刻です。
お2人とも、所定の位置へ移動をお願いします」
誘導に従って、プレイヤーの立ち位置へと足を進める両者。
コロシアムの中央を挟み、向かいあう形で準備を整える。
『ここでは立ったままカードゲームをするんだぜ』と、得意げな顔の兄に言われたのは半年以上も前のこと。
あの日、初めての決闘に戸惑っていたリンは、今日まで数々の対戦と冒険を重ねてきた。
「西側はリン選手、東側はケンジ選手。
それぞれ、手札が5枚になるまでドローしてください。
初手にユニットカードが1枚もない場合は、私に申告して引き直しを。
ルールに改訂が入ったため、公式大会で何度も引き直すとペナルティが課されます」
「あたしは大丈夫」
「こっちもだ!」
「では――これより日本ジュニアカップ2036、予選の第1試合を行います。
先攻はケンジ選手、決闘スタート!」
「俺からか……ユニット召喚、頼むぜ【ライカン・ウォーリアー】!」
Cards―――――――――――――
【 ライカン・ウォーリアー 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:人間/動物
攻撃1700/防御1600
効果:このユニットがバトルで受けるダメージを600軽減する。
スタックバースト【生存戦術】:瞬間:このユニットが装備しているリンクカードの破棄を、1回だけ無効化する。
――――――――――――――――――
「グルルルオオオーーーーーッ!」
肉食獣のような鳴き声で現れたのは、攻撃と防御に優れた★2の獣人ユニット。
顔立ちはヒョウやジャガーのようだが、2本足で立って革製の鎧を着込んでいる。
「さらにリンクカードをセット!」
Cards―――――――――――――
【 召雷のグレイブ 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備しているユニットが【タイプ:水棲】または【タイプ:飛行】とバトルしたとき、ターン終了までステータス2倍。
この効果が発動しなかった場合、装備しているユニットはターン終了まで攻撃力+300を得る。
――――――――――――――――――
大きな刃物が付いた槍を手にした【ライカン・ウォーリアー】は、それを巧みに扱いながら振りかざす。
槍はバチバチと緑色の光をまとっており、一部のユニットに特効効果を持っている。
「へへっ、これでターンエンドだ!」
「あたしのターン、ドロー!」
迎撃の準備を整えた少年は、ニヤリと笑いながら待ち構えていた。
対戦前に相手のデッキを知るのはマナー違反だが、有名なプレイヤーであれば使うカードも知れ渡っている。
「(なるほど、1人目から露骨に『メタ』を張ってきたか。
あたしが水棲デッキを使うことは完全にバレてるね……)」
いくつもの大会やイベントで、あれだけスピノサウルスを暴れさせていれば無理もない。
相手はご丁寧に、リンクカード除去への対策まで取ってきた。
マッチングするかどうかも分からない相手にメタを張るのは難しい。
つまるところ、彼は『こうすればリンに対抗できるだろう』と、先の展開を読んでユニットを配置したのだ。
「(まあ、相手のデッキを知ってたら、そうなるよね。
あたしもクラウディアとかステラと戦うことになったら、この子と同じように動くだろうし。
でも……水棲デッキだと思ってくれてるなら、今回は作戦どおり!)」
リンは手札を確認すると、1枚のカードを取り出した。
公式イベントでは、これが初陣となるドラゴンデッキの切り込み隊長。
「ユニット召喚! 【ブラックバーニング・アロサウルス】!」
リンが恐竜を使役することは、対戦相手もよく知っていた。
選ばれし者として★4の女神を所有し、とあるイベントでは数千人ものプレイヤーを最終兵器で焼き払ったことも有名だ。
しかし、これは少年が予想していた恐竜ではない。
水棲のスピノサウルスとは真逆の、全身に灼熱の亀裂を走らせた火炎竜。
Cards―――――――――――――
【 ブラックバーニング・アロサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃2500/防御1500
効果:このユニットの攻撃がガード宣言されたとき、自身のレアリティ未満のユニット1体に対して追加で攻撃宣言できる。
スタックバースト【爆炎吼】:瞬間:このユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを、目標のユニット1体に与える。
――――――――――――――――――
「ウガァアアーーーーーーーッ!」
「な……っ? 竜タイプぅううっ!?」
「そっちのユニット、色々と面倒そうな相手だから先にやらせてもらうね。
アロサウルスをスタックバースト! やっちゃえ、【爆炎吼】!」
「えええっ、ちょ、ちょっと……待っ……!」
火山に生息することで炎の力を得たアロサウルスは、全身を溶鉱炉のごとく赤熱させながら口内を光らせた。
対戦相手の少年は何かできないかと慌てたが、打つ手なし。
いきなり飛んでくる2500ダメージに対応できる者など、そう多くはない。
「ゴァアアアアアーーーーーーーーッ!!」
顎の骨が柔軟で、90度以上も開くと言われているアロサウルスのあぎと。
そこから放たれた火炎弾が大気を焼きながら直進し、【ライカン・ウォーリアー】を一瞬にして消し飛ばす。
「ケンジ選手、残りライフ3100」
「ええっ!? 今のでダメージ入んの?」
「はい、『この効果でプレイヤーへの貫通ダメージは発生しない』と書いていない場合、ダメージが発生します」
「(マジで? あたしも知らなかった……!)」
試合の展開に動じることもなく、淡々と説明するウェンズデー。
野生モンスターばかりを相手にしていたせいか、リン自身もその効果に気付いていなかった。
そういえば、【全世界終末戦争】には、貫通ダメージが発生しないと書かれていた気がする。
いずれにせよ、相手の陣営は戦う前から壊滅。もはや展開は一方的だ。
「じゃあ、リンクカードをセット」
Cards―――――――――――――
【 エレメンタル・コア 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装着時に攻撃力+600か防御力+600の一方を選ぶ。
【タイプ:竜】のユニットに装備させた場合、両方の強化効果を得られる。
――――――――――――――――――
ユニットの体に埋め込まれる形で装備され、属性ごとに発光色を変えるクリスタル。
炎の力を増幅するように、結晶体がアロサウルスの胸で赤く輝いた。
「これで、ちょうど3100っと。
キミの本体に直接攻撃するけど、何かあるかな?」
「ありませぇええええん!」
「じゃあ、アロさんで攻撃宣言!」
「いや、降参、降参! 無理だよこんなの、ちくしょぉおおーーーーっ!!」
「対戦相手が降参しました。勝者、リン選手!」
「ええ~、これからだったのに……」
後攻1ターン目で圧倒的な勝利。
勝ったはずのリンだが、その顔はいまいち不服そうだった。
ステータスが5桁もあるようなミッドガルドのモンスターを倒せるようになった今、その力を対人戦でぶつけたらどうなるのか。
答えは簡単だ。本気を出すまでもなく相手を瞬殺できてしまう。
しかも、今回は若年層のプレイヤーばかりなため未熟な者も多い。
本人にとっては肩透かしな展開だが、その後もあまり苦戦することなく、リンは順調に勝ち進んでいくのだった。




