第3話 リンの決起集会
『騎士王! 魔術王! 千花女王! 拳闘王!
そして、今ここに――新たな王者が誕生する。
第5回ワールドチャンピオンシップ! 歴史的瞬間を刮目せよ!
若き精鋭たちが挑む、第2回ジュニアカップも同時開催!』
ラヴィアンローズの公共エリアでは、そこらじゅうに設置されたモニターでCMが流れていた。
いつもと同じく賭けリンゴの商売人が店を出し、有力な選手たちの画像が並んでいる。
「さあ、張った張った!
ジュニアカップの1番人気は前回覇者のシグルドリーヴァ!
続いてリン! クラウディアとライガ、アリサも上がってきてるよ!」
「シグルドリーヴァにリンゴ200個」
「俺もシグルドリーヴァだ」
「私はリンちゃんに100個」
ミッドガルドで採取できる【リンゴ】は、ポイントで買い取ってくれるNPCがいるため、プレイヤー間で通貨のような扱いになっている。
他を大きく引き離すほど人気を得ているのは前大会の優勝者、シグルドリーヴァ。
そして、準優勝の座についた巨漢の少年、ライガ。
【鉄血の翼】に所属する面々も並んでいるが、やはり人気なのは知名度の高いリンとクラウディア。
他にも並みのデッキではどうにもならない★4邪竜の使い手、アリサ。
前回入賞者のイスカやカナメも浮上している。
「失礼、このお店に賭けられるリンゴは最大いくつまでかしら?」
「999個までだ。それが他のプレイヤーに渡せるアイテムの最大値だからな。
当たったとき何回かに分けて受け取ることになるから、おすすめはしないが――」
「でしたら、リンさまに999個!」
「「「「おおおっ!?」」」」
賭けリンゴの店にどよめきが起こる。
そこにいたのは、不思議の国のアリスに似たエプロンドレスで着飾った少女。
『リンさま非公式ファンクラブ』の頭領を務めるセーラ・リュミエールは、迷うことなく最大値でリンゴを賭けた。
「お嬢ちゃん、こんなに大量のリンゴをいったいどうやって……?」
「おほほほほほ、”皆”で持ち寄ったのですわ。
全ては麗しきあのお方。数々の異名や称号を持ちながらも、決して驕らぬリンさまのため!」
頬に片手の甲を寄せた『ご令嬢が笑うときのポーズ』を取りながら、セーラは高らかに声を上げる。
その傍らにいたメイドは、対照的に静かな佇まいと言葉で問いただした。
「お嬢さま、これは組織票というものでは?」
「いいえ、テレーズ。
本当に組織票をやろうと思うなら、同胞たちを集めて人海戦術でリンさまに賭けまくり、人為的な1番人気にすることも可能。
ですが、あまりやりすぎてはリンさまにご迷惑が掛かります。
ファンの行いは推しの評判を左右するもの。わたくしどもの軽率な行為で、あらぬ悪評が生じることだけは――」
「かはっ!!」
「どうしました、テレーズ!?」
「い、いえ……かつて所属していた界隈で受けた、古い傷口に今のお言葉が刺さっただけです。
ファンは推しのことを第一に考えて行動するべき。誠にそのとおりでございます。
ところで、まもなくお嬢さまもジュニアカップへ出撃のお時間かと」
「そうですわね。わたくし、セーラ・ヴィクトリア・フォン・グレイシス・リュミエールの初陣!
リンさまを推すことに関しては誰にも負けない自信がありますが、決闘の腕前はミジンコでしてよ!
予選初日で敗退する確率、99%!!」
「大声で言い張ることではないと思うのですが……」
ついにやってきた予選初日。ラヴィアンローズで最も大きな試合を控え、少年少女たちは浮足立っていた。
拳闘王が用意したジュニアカップの舞台に、世界中の子供たちが夢を与えられたのだ。
■ ■ ■
「うん、よしっ……この衣装を着るのも久しぶりだなぁ~」
まもなく始まる予選を前に、リンはマイルームで衣装を着替えていた。
今となっては少し懐かしい勝負服『サイバー・キャット・ブレザー』。
初期にポイントで買ったブレザーと、サイバーなSF衣装を合成させたものだ。
機械のパーツで作られたネコ耳と、腰の後ろから生えたチューブのような長い尻尾が特徴的。
上着はへそが見えるほど短く、下も大胆なミニスカート。
ちょっと多すぎる肌の露出度を、長いオーバーニーソックスが補っている。
着替えを済ませたリンは、そのまま家の屋根に登ってホイッスルを吹いた。
『全員集合』の合図が響き渡り、ルームの各所に散っていたユニットたちが集結。
鳥や獣などの小型ユニットに、可愛らしいモンスターの幼体。
海の中からはカジキマグロやクラゲ、そして水棲恐竜のスピノサウルスが浮上した。
離れ小島からはワイバーンたちが飛来し、ドスドスと足音を立ててアロサウルスもやってくる。
「ちょっとの間だけだから、今日はケンカしないでよね。
まだ来てない子もいるみたいだけど――うわぁああああっ!?」
その言葉を言い終わらないうちに、巨大な生物が突き刺さるように着地した。
浜辺の砂を盛大に巻き上げ、立ち込めた煙の中から毒々しい紫色の竜が現れる。
Pets――――――――――――――
【 ヴェノム・ストーカー 】
4足歩行で素早く駆け、前足の被膜で空を飛ぶ毒竜。
全身が毒にまみれているが、特に尻尾はドラゴンですら仕留めてしまう強烈な神経毒を持つ。
見た目によらず社会性があり、群れの女王や飼い主には忠実。
――――――――――――――――――
沼の隠しステージで手に入れた秘密兵器、【ヴェノム・ストーカー】。
サソリのような尾を揺らめかせ、地面すれすれに這いつくばった姿勢で獲物を狙う捕食者だ。
毒物に汚染された湿地帯を好むらしく、普段は専用の小島を毒まみれにして住んでいる。
「ヴェノムくん! キミねぇ、社会性があって忠実なら静かに飛んできなさいっての!
そのへんで毒を吐いちゃダメだからね?
あと来てないのは……ああ、お姫さまかぁ……コボルドちゃん、連れてきて」
「わうっ!」
半人半獣の少女は元気に返事をすると、地下室の扉を開けて入っていった。
やがて、その手に引いて連れ出したのは小さな竜の姫君【プリンセス・ドレイク】。
希少かつ強力な★3ユニットだというのに、まるで掘り出されたモグラのような有り様だ。
「お~い、お姫さま~?
やっとドラゴンデッキを解禁するときが来たんだから、ちゃんと起きて!」
「がぁ~ぅ……ぐぅ……」
「あ~も~! ほんとに大丈夫かな、この子たちで……」
リンが少しずつ構築してきたドラゴンデッキは、ようやく実用的な水準に至った。
ラヴィアンローズの中でも、神や悪魔と並ぶ上位種族。
火山に大連峰、毒沼まで駆け回り、ミッドガルドの各地から集めてきた竜種たち。
半年前はスピノサウルスと女神に頼りきりだったリンの前に、今は十分すぎるほどの精鋭が並んでいる。
「みんな、ちょっとの間だから話を聞いて!
あたしには他の子たちみたいに立派な目的なんてない。
このゲームを始めたのも偶然だし、チュートリアルがあることにも気付いてなかった。
意識が低い、マイペース、後先を考えない。
兄貴はそう言ってバカにするけど、たぶん、その言葉は間違ってない」
屋根の上で語り始めたリンを、集結したユニットたちが見上げる。
地下室から引っ張り出されて寝ぼけ眼だったプリンセスも、呼応するかのように目を覚ました。
「でも、今日まで本当に楽しかった!
ここにいるみんなと出会って、一緒に戦ったときのことは全部覚えてるよ。
作戦が上手くいった日も、歯を食いしばるくらい苦戦した日も、毎日ずっと一緒だった。
あたしには、みんながいないと戦えない!
ミッドガルドの森すら歩けない、ただの女の子でしかないの!」
手札にユニットカードがなければ、プレイヤーは何もできない。
カードゲームにおいて最も基本的で大切なことを、リンは一度として忘れたことはなかった。
「だから、あたしに力を貸して!
今回の大会は強そうな子が何人もいて、辛い試合になりそうだけど……あたしは、いつだって全力でカードを信じる。
★1でも構わない。★2だって、★3だって、★4だって、みんな大事な仲間だよ。
これから一緒に戦って、楽しいことも苦しいことも乗り越えていこう。
今日から始まるのは、あたしと――みんなのジュニアカップなんだ!」
少女が片腕を振り上げると、ユニットたちも一斉に咆哮した。
足がある者は跳び上がり、翼がある者はそれを広げ、アロサウルスが天に向かって火炎を吐く。
そこにあるのは、ただのカードだ。
物質として存在すらしていない、VR空間に置かれたオブジェクト。
しかし、かつてこのルームに招かれた老婆は語った。
自分たちは――人間は、この世界に試されているのだと。
真正面からカードと向かいあうリンは、中学生らしい純粋な心で仲間と接している。
「誰が相手だろうと、あたしは逃げない!
全力で行けるところまでいくぞーーーーーーっ!!」
たとえ満員の観客で埋め尽くされたスタジアムだろうと、今度は決して怖気づいたりしない。
数々の冒険と出会いを経て成長したリンは、自らの意志で戦いに身を投じる。
予選の第1試合が幕を開けたのは、それから1時間後のことだった。




