第2話 ジュニアカップ予選前夜
「いよいよ明日から予選が始まるけど……
準備ができているかどうかを聞くのは、今さら野暮というものね」
コテージに並ぶ小中学生たちを見渡しながら、リーダーの少女は笑みを湛えた。
空軍デッキをほぼ完成させた小学生、ソニア。
いまだに実力の全てが見えていないメイド、セレスティナ。
覚悟を決めたかのように引き締まった顔つきの魔女、ステラ。
初々しさが消えて頼もしくなった期待の新星、リン。
そして、猛者ぞろいのギルドを束ねるクラウディア。
5人の少女たちは、いずれも一騎当千。
元から素質は高かったのだが、強力なライバルに囲まれながら育ったことで次々と覚醒していった。
その全てが日本ジュニアカップの優勝候補。
前回の入賞者を除けばワールド最強と呼ばれる精鋭ギルドの面々が、出撃のときを今か今かと待っている。
「言いたいことは色々あるけれど、私からは5つ。
しっかり休むこと。試合に遅刻しないこと。焦らないこと。
仲間同士の戦いになっても手加減しないこと。
そして、何より――楽しむこと。以上よ」
「簡潔にして至高のお言葉! しかと心得たであります!」
「私は【ファイターズ・サバイバル】のとき、予選でクラウディアに当って負けました。
でも、今度は負けません。誰と戦うことになっても全力でいきます」
そう言いきったステラは、これまで控えめでおとなしい印象だったのだが、今は決意と気迫に満ちている。
逆にリンのほうは、相変わらずマイペースな明るさを保っていた。
「でも、できれば全員で決勝トーナメントに行きたいよね。
この12枠っていうのが全員バラバラなら、予選じゃ仲間と当たらないわけだし」
Notice―――――――――――
【 日本ジュニアカップ2036 大会ルール 】
ワールド内でのジュニアチャンピオンを決める決闘大会。
16歳未満のプレイヤーが対象。
決闘1戦につき制限時間は30分。
制限が過ぎた時点で決着が付いていない場合は残りライフの多いほうが勝利。
対戦相手が現れなかった場合は不戦勝となる。
・予選
予選期間は4日間。
12枠のグループで予選を行い、上位1名ずつを選出。負けた時点でリタイアとなる。
決闘の合間に10分間の休憩とマッチング集計を挟み、1日に3戦が行われる。
予選終了の時点でグループ内に複数のプレイヤーが残っていた場合、勝者が1人になるまでサドンデスを行う。
期間内でのデッキ組み換えは禁止。
・本戦
予選通過者によって行われる決勝トーナメント。
参加者はスタジアムに招かれて戦い、ワールド最強の1人を決定する。
前大会『日本ジュニアカップ2035』の上位入賞者4名は決勝トーナメントに参加可能。
本戦中ではサイドデッキとして10枚までの予備カードを持ち込み可能。対戦前に組み替えることができる。
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「たしかに12枠もあれば、5人が振り分けられる可能性は高いですね。
私は初めての公式大会ですので、少し緊張しています」
「まあ、セレスさんなら大丈夫だよ。
あたしなんて【ファイターズ・サバイバル】のときは、このゲーム始めて2ヶ月ちょっとだったし」
かの激闘から5ヶ月が過ぎ、リンは大きく成長した。
自分がどれだけ強くなったのか、もうすぐ全力で確かめることができる。
ちなみに今年からはジュニアカップとの同時開催になったが、参加人数が違うためLWCの予選がすでに始まっていた。
LWCの場合、各ワールドで優勝した者は国の代表として、チャンピオンの座をかけた世界大会へと駒を進められる。
日本ワールドの優勝候補は、なんといっても『ラスト・スタンド』の称号を持つオルブライト。
他にも水棲デッキを操る貴公子カインに、フィールドを暑い砂漠に変えてしまう姉御肌のフレア。
そして、このギルドからも2名の精鋭が参加していた。
「お~、みんな気合い入れて勢ぞろいやな」
コテージにやってきたのは、予選で快進撃を続けているサクヤ。
キツネの耳と尻尾を生やした巫女は、今日も余裕の表情で帰還した。
「サクヤさん! どうでした――って、聞くまでもなさそうですね」
「うちが予選程度で消えるわけないやろ?
今度こそ、あのおっさんを仕留めて雪辱を晴らしたる!」
猛者ぞろいのギルド【鉄血の翼】の中でも最上位の実力者。
ステラの師匠であり、リンに初めての敗北を味わせた関西の若手筆頭。
そんな彼女ですらオルブライトには手も足も出ずに負けているのだから、世界というのは本当に広い。
「おっす! みんな、盛り上がってるな!」
「おおっと、お兄ちゃんもご帰還や」
続いて入室したのはリンの兄。このギルドで唯一の男性メンバー、ユウ。
彼に向かって真っ先に声をかけたのはサクヤだった。
「そっちはどやった?」
「最後の相手に少し苦戦させられたが、逆転勝ちを決めてきたぜ。
俺だって『討名者』のひとりなんだ。そう簡単には負けられねえ!
サクヤのほうは……まあ、見りゃ分かるか」
「うちの心配はいらんで。まだまだ予選やし、本番はこれから。
LWCはうちら2人、ジュニアカップはこの子らが決勝トーナメントに出て完全制覇や!」
「はははっ! あと4日戦えば、本当に行けちまうなぁ!」
笑いながら景気よくハイタッチを交わすサクヤとユウ。
ジュニアカップとLWCの予選は同時に終わるので、5日後には全員の結果が出ているはずだ。
全員が決勝トーナメントにたどり着けば、ギルドの士気はかなり高まるに違いない。
が、しかし――それはそれとして、リンには少し気になることがあった。
「ねえ、クラウディア。ウチの兄貴とサクヤ先輩、なんだか仲が良くない?」
「高校生はあの2人だけだし、年長組として頼れるメンバーだと思うわよ」
「いや、そうじゃなくて……なんていうか、距離が近いような……」
クラウディアが言うように、彼らは年長者として頼もしい存在だ。
ユウはよく気がついてサポートに回ってくれるし、サクヤは自由奔放ながらも後輩たちをしっかり見ている。
お兄さんやお姉さんを務める2人の仲が良いおかげで、ギルド全体の雰囲気も円満だ。
「(バカ兄貴……サクヤ先輩の前ではあんなにニコニコしてるのに、あたしと話すときは言いたい放題。
何が原因なんだろう? サクヤ先輩が優しいのか、あたしと兄貴の相性が悪いのか……)」
いっぺん腹を割って話したいところだが、今は大事な試合が控えている。
予選開始の前夜に行われたミーティング。
この夜が明けて日が変われば、ついにリンたちの戦いも始まるのだ。




