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第1話 LWC開幕

 そこは特殊な対戦空間だった。

 古代ヨーロッパの闘技場を模した建物には、観客の姿がなく応援する者もいない。


 今年で第5回となるラヴィアンローズ・ワールド・チャンピオンシップ、略してLWCの予選試合。

 激戦を繰り広げるプレイヤーたちを包むように、先ほどから冷たい雨が降り続いている。


「(くっそ~! 最悪の相性だ……!)」


 ギルド【鉄血の翼】に所属する唯一の男子にして、熱い闘魂を胸に宿す少年、ユウ。

 真っ黒なレザーのジャケットとズボン、額には赤いバンダナを巻き、妹からは暑苦しいと不評な姿をしている。


 そんな彼が今、険しい表情で雨に濡れながら相手プレイヤーの陣営を見つめていた。

 自身の前に並んでいるのは、いずれも彼の主力である昆虫ユニットたち。


Cards―――――――――――――

【 シャドーブレイダー 】

 クラス:レア★★★ タイプ:昆虫

 攻撃3000/防御1000

 効果:【タイプ:昆虫】または【タイプ:飛行】のユニットとバトルしたとき、【基礎攻撃力】+1000。

 スタックバースト【血塗られし刃】:永続:上記の効果で上がった【基礎攻撃力】が永続となる。この効果は重複しない。


【 バスタービートル 】

 クラス:レア★★★ タイプ:昆虫

 攻撃2200/防御1800

 効果:バトルしたとき、【タイプ:植物】のユニットに対して攻撃力が2倍になる。

 スタックバースト【グレートホーン】:瞬間:ターン終了まで、上記効果を全てのタイプに対して適用する。

――――――――――――――――――


 暗殺者を思わせる漆黒のカマキリと、外骨格に覆われた頼もしいカブトムシ。

 ミッドガルドでの冒険からボス戦、対人戦の決闘(デュエル)に至るまで、どこで使っても活躍してくれる優秀な★3ユニットたち。


 しかし、主力の2体を並べた上でユウは苦戦を強いられている。

 対戦相手は成人していると思われる若い男性プレイヤー。同じく雨に濡れながら、順調に自陣を展開していた。


Cards―――――――――――――

【 スポイル・マイコニド 】

 クラス:アンコモン★★ タイプ:植物

 攻撃1200/防御1200

 効果:このユニットはバトルを行うことができない。

 1ターンに1回のみ発動可能。目標のユニット1体はターン終了まで、このユニットの【基礎ステータス】と同値の弱体化を受ける。

 スタックバースト【腐食する胞子】:瞬間:目標のリンクカード1枚を破棄する。


【 降雨の天使・マトリエル 】

 クラス:レア★★★ タイプ:神

 攻撃2100/防御2600

 効果:全てのユニットは【タイプ】の影響を失う。

 スタックバースト【凍てつく雨】:永続:全てのユニットは与えるダメージが1000低下する。

――――――――――――――――――


 2本足で立つキノコ型の植物ユニットと、長い黒髪を濡らしながら雨を降らせている天使の女性。

 本来なら【バスタービートル】にとって格好の相手だが、天使の能力によってタイプ相性は無効化、さらに全ての与ダメージが1000も減らされている。


 そして、【スポイル・マイコニド】自体のユニット効果が非常にいやらしい。

 バトルしないため排除が難しく、ターンごとに大幅な弱体化を与えてくるのだ。


 ユウは攻めきれないのに、相手側は有利に攻撃できる状況。

 屈強な昆虫軍団も、冷たい雨の中では動きが鈍る。


「【マトリエル】、攻撃宣言!」


「くっ……ガードはしない、俺が受ける!」


 下手にユニットで防ぐと、【スポイル・マイコニド】に弱体化されて手勢を失う。

 相手のデッキは非常に厄介だが、【凍てつく雨】の効果はユウが受けるダメージにも影響するため、プレイヤーに通してしまえば被害は抑えられる。


 天使【マトリエル】は白い両翼を広げながら、片手を天に(かか)げた。

 彼女がフィールドに召喚されたときから、空は灰色の雲に覆われて冷たい雨が降り続いている。

 その雲から大量の水が流れ落ち、滝のような落水がユウに襲いかかった。


「うわぁあああーーーーーーーーっ!!」


「ユウ選手、残りライフ1800!」


「まだまだっ!」


 強烈な水を浴びたユウは、ブンブンと頭を振って闘志を維持する。

 運営スタッフとして審判(ジャッジ)を務めているのは、毎度おなじみスーツ姿の女性。

 ラヴィアンローズのイベント担当AIとして試合を見守るウェンズデー。いったいどこから取り出したのか、彼女は雨傘を差していた。


「ターンエンド」


「よしっ、俺のターン! ドロー!

 へへっ……さすがに世界の頂点に挑むLWCは、予選の時点でひと味違うぜ」


 年に一度、世界規模で行われるラヴィアンローズ最大のイベント。

 5代目チャンピオンを目指して、腕に自信のある猛者たちが集う決闘(デュエル)の舞台。

 ユウは予選を順調に勝ち進んでいたが、勝てば勝つほど相手選手の強さも増していく。


「(キツい試合だが、こんなところで負けてられるかよ!

 明日からはジュニアカップの予選も始まるんだ。ギルドの士気を落とすわけにはいかねえ)」


 デッキからカードを引いたユウは、手札を確認して攻略の糸口を探す。

 攻撃宣言したところで、この状況では相手に防がれて終わるだろう。リンクカードまで周到に対策されている。


「いくぜぇ、ユニット召喚っ! 俺の本気を見せてやる!」


 1枚のカードを手に取ったユウは、変身ヒーローのように派手なポーズを決めた。

 妹からは正直ダサいのでやめてほしいと言われているが、彼は自分を貫き通す。


 この状況を打破するためには、相手の弱点をつくか、劇的な変化をもたらすユニットが必要だ。

 召喚を宣言すると、地鳴りと共にバトルフィールドが大きく揺れ始める。


「コイツを使うと、ギルドの女の子たちから嫌われるんじゃないかと思ってたけどな。

 意外と平気そうだったから捕まえてきたぜ。

 形勢逆転だ! 『深き墓場(アビサル・グレイブ)』の(ぬし)、【グレイブキーパー】!」


 かつて妹がグライダーの操作を誤って落ちてしまった場所、危険な胞子の谷に潜む★3モンスター。

 雨で濡れた闘技場の地面を突き破り、途方もなく巨大なイモムシが姿を現す。


「ボォオオオオオーーーーーーーウ!!」


Cards―――――――――――――

【 グレイブキーパー 】

 クラス:レア★★★ タイプ:昆虫

 攻撃2300/防御2800

 効果:このユニットを召喚したとき、相手プレイヤーのフィールドにいる★2までのユニット1体を破棄して、対象の【基礎ステータス】を強化効果として取り込む。

 スタックバースト【挟み撃ち】:永続:付近にいる【タイプ:昆虫】のモンスター1体の【基礎ステータス】が加算される。

――――――――――――――――――


 墓場でモンスターの死体を食らって生きる掃除人(スカベンジャー)

 いくつもの複眼に、腐肉を骨ごと噛み砕いてしまう大顎、わしゃわしゃと動く何本もの細い脚。


 あまりにも醜悪で驚異的な姿に、相手の男性プレイヤーは思わず後ずさる。

 無論、【グレイブキーパー】の恐ろしさは見た目だけではない。


「まずい! 【スポイル・マイコニド】の効果発動!

 た、対象は……ううっ……【シャドーブレイダー】!」


 勝ち進んできた実力者だけあって、相手は即座に判断してユウのユニットを弱体化させた。

 しかし、その顔には苦悶が浮かぶ。

 最も驚異的なのは【グレイブキーパー】だが、その召喚はまだ完了していないため、効果を与える対象として選べないのだ。


 仕方なくカマキリを弱らせた直後、【スポイル・マイコニド】に巨大なあぎとが迫る。

 召喚と同時に発動する、バトルではない一方的な破棄。

 相手の★2ユニットを粒子化させた虫は獲物の力を吸収し、攻撃と防御に1200の強化を得た。


「咄嗟に動いたのは、さすがだな。

 だが、これで妨害されなくなった――【グレイブキーパー】にリンクカードを装備!」


Cards―――――――――――――

【 ヴァリアブル・ウェポン 】

 クラス:アンコモン★★ リンクカード

 効果:装備されているユニットが強化効果を受けている場合、その数値を2倍にする。

 1回でもバトルを行うと、その後、このカードは破棄される。

――――――――――――――――――


 妹も愛用している強力なリンクカード。

 魔術による暗黒の装甲が、巨大な虫の体をメキメキと覆っていく。

 出現と同時に強化される【グレイブキーパー】とは相性が良いカードだ。装備品を破棄するものがいなくなるまで、ユウは切り札を温存していた。


「これで攻撃力は4700、天使の効果で1000引かれても十分な破壊力だ。

 決めるぜぇええ! 【グレイブキーパー】、攻撃宣言!」


「ボォオオオァアアアーーーーーーーーーーッ!!」


 咆哮と共に巨大な口を広げて、天使に突っ込んでいく墓場の主。

 たとえ、この攻撃を防がれたとしてもユニットの数は3対1。

 大会前にミッドガルドで捕獲しておいた★3モンスターが功を奏し、ユウは劇的な逆転勝利を得たのだった。

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