第4話 ミッドガルド初挑戦 その4
「えぇ……ここ……どこ?」
ミッドガルドの地形など知らないリンは、気の向くままに進んでいた。
しかし、気付けば真っ白な霧の中。
ウサギを追いかけて来てしまったのは、ワンダーランドどころか泥の沼。
陸のある場所は地面が整っているが、そこ以外は広大な沼になっており、霧のせいで視界は最悪。
さっきまで緑色に茂っていた木々は枯れ、不気味に朽ち果てている。
「うわぁ~、迷ったぁ~!
バカ兄貴~! ステラ~!」
他の2人を探したが、この濃霧では何も見えない。
迷子になるなと言われていたのに、【アルテミス】の強さにかまけて1人だけ先行してしまったのだ。
「これ、絶対に後で兄貴に何か言われるよぉ……
とりあえず連絡を入れなきゃ」
「ケロロロロッ」
「ん……?」
Enemy―――――――――――――
【 デンドロバティス 】
クラス:コモン★ タイプ:水棲
攻撃200/HP300
効果:このユニットが破棄されたとき、プレイヤーのライフに100ダメージを与える。
スタックバースト【仲間呼び】:特殊:攻撃の代わりに【デンドロバティス】を1体呼べる。この場合、群れは3体の上限を無視できる。
――――――――――――――――――
「ああ~っ、毒ガエル!
なんかスタックバーストの効果が変わってるみたいだけど」
ジャンプしながら沼から出てきたのは、ネコくらいの大きさがあるカエル。
ユウが使っていた【デンドロバティス】だ。
この毒々しいカラフルな色は、見間違えようがない。
「倒すのは構わないけど、嫌な能力だなぁ。
強制的にライフを削ってくるなんて」
「コロロロロッ」
「クルルルッ」
「って、増えた!?
これはスタックバースト……じゃない!
どんどん集まってきてるんだ!」
次々と沼から出てくるカエル。
すでに3匹の群れになっており、戦闘態勢に入ってしまった。
「ええ~い、【アルテミス】で攻撃!」
これまでと同様、圧倒的な火力に任せてカエルを1体葬る女神。
しかし、散りぎわに【デンドロバティス】の体からボフンと紫色の煙が広がった。
この毒煙こそが厄介な能力。リンのライフを直接奪っていくのだ。
そして、モンスター側の反撃。
1体は女神にぶつかってきたが弾き返され、もう1体が高らかに鳴いて仲間を呼ぶ。
「コロロロロロッ」
「ケロケロッ」
「うぎゃ~っ、仲間を呼ぶなぁああ!
攻撃! とにかく攻撃して減らさなきゃ!」
かくして、カエルとの戦いは激しい消耗戦となった。
倒しても倒しても次々に仲間を呼び、1体撃破するたびにライフを削られていく。
■ ■ ■
一方、そのころ――
戦いが一息ついたユウとステラは、ポーションで回復しながら休憩をとっていた。
「そういえば、この林の奥のほうに沼があるんだよな」
「危険地帯ですよね。
上級者でも、わざわざあそこには行かないと思います。
私にとっては、この子と出会った思い出の場所ですけど」
言いながら、ステラは宇宙生物と化した【ジャイアント・スナッパー】の頭を撫でる。
こんな姿になっても懐いているらしく、宇宙ワニガメは奇声を上げながら6つの目を細めた。
「俺もカエルをたくさん捕まえたよ。
最初は何も知らなかったから、大量のカエルに囲まれて死にかけたんだよなぁ。
倒せば倒すほど毒をまくのに、どんどん仲間を呼ばれてさ」
「ふふふっ、あれは初見殺しですよね。
他にも危険なモンスターがいっぱいいますし」
「何も用がないなら、行っちゃダメな場所だよな。
特に初心者は――」
「「……って、まさか」」
ふと何かに気付いた2人は、同時に林の奥へと目を向けた。
「リンのやつ、ウサギ狩りに夢中で沼のほうまで行ってないよな?」
「何かあったらメッセージを送ってくると思いますけど、ちょっと心配ですね」
■ ■ ■
そして、視点は沼へと戻る。
2人の予感は的中し、リンは今まさにカエル軍団と死闘を繰り広げていた。
地形が沼なら、戦いも泥沼。
こちら側のユニットが1体だけなため、1ターンに1回しか攻撃できない。
つまり、どんどん増えていくカエルを1体ずつしか倒せないのだ。
「攻撃! 攻撃! ケホッ、ゴホッ……毒が!
うえぇ~ん、調子に乗って先に進むんじゃなかった!
バトルには勝ってるのにライフが減っていくなんて~」
【アルテミス】が攻撃するたびに強烈な閃光と爆音が轟き、あたり一面がクレーターと毒まみれになっていく。
唯一の救いがあるとすれば、カエルの行動は通常攻撃か仲間呼びの2択。
運良く攻撃のほうを選んでくれれば、減らすことは可能である。
そうして、ようやく全てのカエルを倒しきったときには、通算20体近くも撃破していた。
リンは気絶して光り輝く【デンドロバティス】をブランクカードに収めながら、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「ふぅ……はぁ……カエルさんのカード、捕獲完了。
見た目が大きすぎてアレだし、使うことあるのかなぁ……
っと、ポーションで回復して、今度こそ2人に連絡しなきゃ」
【アルテミス】と装備品だけでデッキを組んだわけではなく、ステラからもらったポーションも用意してあった。
まさか、こんな手段でライフが減らされるとは思っていなかったが、ここは何が起こるか分からない冒険エリア。
沼地が危険だと思い知ったリンは、2人に連絡して引き返すことにした。
が、しかし――
仲間へのメッセージを打ち込もうとした瞬間、ガラリと周囲の空気が変わる。
さっきまでコロコロと響いていたカエルの声が止まり、異様な静けさが沼を包み込んでいく。
そして、静寂の中だからこそ明確に聞こえる、ザブリと沼の水をかき分ける音。
「え……いや、あの……あたしはこれで帰らせていただくんですけど。
今度は何……何なの~っ!?」
白い霧の向こうから、ゆっくりと近付いてくる何者かの影。
それは見上げるほどの大きさになっていき、2つの鋭い目が濃霧の中で光っていた。
やがて現れたのは、全長15mはあろうかという巨大なモンスターの全貌。
四足歩行で翼はなく、背中からは大きな背びれが突き出ている。
顔つきはワニに似ており、足についた水かきを使って泥の上でも歩けるようだ。
その生物の名前は、とても有名だった。
リンと【アルテミス】の姿を両目でとらえた巨大生物は、割れんばかりの大音量で咆哮する。
「グォガァアアアアアアアーーーーーーッ!!」
「スピノサウルスだーーーーーー!!」
次から次へと襲い来る沼地のモンスターに、もはやリンは涙目になるしかなかった。




