プロローグ
そこは誰もいない、閑散とした空間だった。
長方形のテーブルには白いクロスが敷かれ、周囲を照らす燭台のみが置いてある。
風の音すらしない閉鎖された場所。
屋内かどうかすら分からないVRの世界に、最初の音を生み出す者が現れる。
それは甲高く、重く、そして勇敢なる者の足音だ。
各々が自由に服を着飾れる電脳空間において、ここまで重厚な全身金属鎧を着込んでいる者は、よほどの物好きだろう。
しかし、彼は騎士の中の騎士。無造作ながらも威厳のあるオールバックの髪に、たくわえられた口ひげ。
ラヴィアンローズで最も高名な初代ワールドチャンピオン、騎士王ハインリヒ。
彼が上座であるテーブルの端で腰を下ろすと、やがて闇の中からすり抜けるように2人目が現れた。
襟の高いマントに身を包み、漆黒の大魔導衣装を身にまとった銀髪の青年。
ミステリアスな笑みを湛えた彼こそが2代目ワールドチャンピオン、魔術王ヴィクティム・ジーダス。
彼はマントを脱いで魔法のように消すと、第2序列である騎士王の向かい側に座る。
片や白銀の騎士、もう片方は漆黒の魔導師。
一見すると重苦しい光景だが、しかし――そこに鮮烈な花が添えられた。
アイスブルーのドレスで着飾った、空中庭園の女主人。
騎士と魔術という2大勢力が渦巻く中、植物デッキで世界の頂点に至った3代目チャンピオン、千花女王ガートルード。
唯一の女性覇者となった彼女は第3序列として、騎士王の隣りに座する。
そして、最後に現れたのは昨年度の優勝者。
長丈の中華礼服に身を包み、先達の3人に向かって深々と一礼した青年。
アジア人初のワールドチャンピオンにして拳法の達人、拳闘王ワン・リュウラン。
第4序列である彼が女王の向かいに座すると、ようやく皆が閉ざしていた口を開く。
「いよいよ、今年もやってきたか」
「僕たちワールドチャンピオンに、またひとり仲間が加わる」
「どのような方が来るのか、まったく読めませんね」
「最も強き者が選ばれる。ただ、それだけでしょう」
ラヴィアンローズの世界において、最高位である歴代チャンピオン4名が勢ぞろい。
プレイヤーたちの憧れであり、多大な影響をもたらしてきたカリスマの権化。
彼らが密かに会合を開いていることは、運営しか知らない極秘事項だ。
リュウランは拱手という東洋の礼をしながら、静かに言葉を切り出した。
「先輩がた、昨年は私の望みである若年層の育成。
そして、各国でのジュニアカップ開催にご助力して頂き、誠にありがとうございました」
「そう恐れ入ることはない。我々には成しえなかった立派な『願い』を、共に叶えたいと思ったのだよ」
「未来のために若き才能を育てる。実に素晴らしいじゃないか」
「あなたのような意志を持つ者こそ、本物の英雄ですわ」
リュウランに称賛の言葉を送る先代の覇者たち。
昨年、4代目ワールドチャンピオンに輝いた彼は『戦いの舞台が多彩になること』を願った。
他のチャンピオンたちの口添えもあり、異例のスピード可決でジュニアカップの開催が決定。
それまで活躍の場がなかった10代前半の少年少女が、一気に注目を浴びることになる。
貧しい農村で生まれ、まともな教育も受けないまま働かされる子供たちを見てきたリュウランにとって、若年層の保護と育成は悲願であった。
生まれた場所や民族に関わらず、世界中の子供がVRを楽しめるような未来を目指す。
そんな彼の夢を聞かされた先代たちは、惜しまぬ助力を共に誓ったのだ。
「昨年の成果があったのか、各国で若いプレイヤーたちが頭角を現してきたな」
「私の担当エージェントも楽しげに話しておりました。
日本で活躍している中学生の女の子と親しくなったと」
「ネームドを倒したという、例の子たちかな?
今は各ワールドでの開催に留まっているけど、いずれはジュニアの世界大会も見てみたいね」
「先輩がた……本当にありがとうございます!」
リュウランは再び深く礼をしながら感謝を述べる。
若い世代のプレイヤーが活躍することを、チャンピオンたちは心から喜んでくれていた。
「新しい世代の力を、我らも己の目で見るべきだろう。
今年からは各ワールドのLWCに加え、ジュニアカップの決勝トーナメントも現地で観戦することにした」
「全てのワールドの試合を……ですか!?」
「もちろん、4人で担当地域を分担する。キミにも飛び回ってもらうからね、リュウラン。
ネットの世界なのは分かってるけど、それでも大変な世界旅行だ」
「これだけたくさんの国を回るんですもの、旅行だと思って楽しんだほうが得ですわ」
チャンピオンひとりあたり、10カ国以上は回ることになる大仕事。
ラヴィアンローズが展開している全世界のLWCと、付随するジュニアカップも見ようというのだ。
しかし、彼らの目は壮大な旅行を前に輝いている。
まだ見ぬ強者を求めて、火花が飛び散る戦いの地へ。
チャンピオンの座についた今でも、彼らが生粋のプレイヤーであることに変わりはなかった。




