第26話 そして、戦いの場へ
猛毒で満たされた沼の奥に、その竜たちは潜んでいた。
沼と毒竜というイメージから、いるのはヒュドラかポイズンドラゴンだろうと予想しがちだが、ここは山奥に地下研究所があるようなミッドガルド。
実際にプレイヤーを出迎えるのは近代的な怪物、いわゆるクリーチャー系の竜であり、沼に挑む者の夢と希望を真正面から打ち砕いてくる。
80秒で死に至る猛毒に続き、この竜も相当な初見殺し。
リンのようにユニットの能力と装備品で戦うプレイヤーには、まず勝ち目がない難敵だ。
そんな毒まみれの高難易度ダンジョンを、膨大な熱量と光が焼き払った。
彼女に残された必殺の手段、【全世界終末戦争】。
普通なら勝てないはずの毒竜たちは光の中で消滅し、その巣ごと焦土に変えてしまう。
強烈な光の奔流が収まると、沼地は蒸発して地面がむき出しになり、毒竜の卵も全て焼け焦げていた。
あの恐ろしげなクィーンたちの姿もない。
見事に敵を仕留めたリンであったが、しかし、彼女は悲痛な面持ちで嘆く。
絶対に巻き込まないと決めていたユニットたちまで、力尽きて消えてしまったのだ。
「うわああぁ……とうとう、やっちゃった……あたしがもっと強ければ、他の方法があったかもしれないのに」
【全世界終末戦争】に自分のユニットを巻き込まないというのは、彼女なりの矜持であり甘えでもあった。
絶対防御を誇るクラウディアですら、ダメージを受けて負けてしまうのが世の中だ。
まだ始めて半年のリンが、ユニットを巻き込まないように戦い続けるなど不可能に近いだろう。
しかし、勝利は勝利である。
圧倒的に不利だった戦況を覆し、自身の矜持を破ってでも得たものは大きい。
それもそのはず、彼女はエンドコンテンツのひとつを踏破してしまったのだ。
Notice――――――――――――
【 クエスト達成報酬を受け取れます 】
上級『【ヴェノム・ストーカー】を3体全て討伐する』
特級『【ヴェノム・ストーカー・クィーン】を討伐する』
特級『単独で【ヴェノム・ストーカー・クィーン】を討伐する』
覇級『1ターンで【ヴェノム・ストーカー・クィーン】を討伐する』
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「うわ、報酬がすごい……!
クィーンじゃなくて、子供のほうの毒竜を倒すだけでも1枚もらえたんだ」
任務4種の達成で10万ポイントもの報酬。
さらにカードが4枚も手に入り、そのうち3枚は★3ユニットになった【ヴェノム・ストーカー】。
Cards―――――――――――――
【 ヴェノム・ストーカー 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃2300/防御2300/敏捷90
効果:このユニットには、あらゆるユニットの【効果】とスタックバーストが効かない。
スタックバースト【カウンター・ドレイン】:瞬間:目標のカウンターカード1枚を選び、発動対象を任意のユニットに変更できる。
複数のユニットを対象とする場合や、プレイヤーを対象にするカードは変更不可。
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地面すれすれの低い姿勢で這いつくばり、サソリのように尾を振り上げた姿の毒竜。
海外のカードゲームで見るようなクリーチャーっぽさはあるものの、荒々しい魅力を持つユニットだ。
同じ毒でも【ポイズンヒドロ】は相手の効果を打ち消す能力だが、【ヴェノム・ストーカー】には何も効かない。
そして、リンが求める竜タイプ同士の連携にも協力してくれない。
「強いといえば強いけど、問題児だなぁ……
あたしにはできなかった戦略ができそうだし、相手が何かしてきたときも役に立ってくれると思う。スタックバーストも使いかた次第だね。
ただ……こんな毒まみれの子、どこで飼えばいいんだろ?」
ドレイクのお姫様が与える加護すら無視するので、他の竜たちと仲良くやっていけるのか非常に心配だ。
そんな毒竜が3枚。そして、1ターンで撃破という覇級任務を達成したリンには、特別なプロジェクトカードも与えられた。
Cards―――――――――――――
【 絶望の沼地 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:2ターンの間、地形を【絶望の沼地】に変更する。
全てのユニットの【効果】とスタックバーストを無効化し、さらに全てのリンクカードを無効化。
このカードの使用者は、自身のターン終了時に2000のダメージを受ける。
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「絶望の沼地? ここって、そんな物騒な地名だったの!?」
名前も大概だが、一発逆転の可能性を秘めた★3プロジェクト。
地形を毒沼に変えるだけでなく、クィーンと出会った瞬間に味わった絶望を相手プレイヤーにも与えることができる。
ユニット効果や装備品が全て封印されるため、これ1枚で戦況がひっくり返るのは間違いない。
ただし、発動させた側は2ターン後にライフが尽きてしまう。
『任意で解除』と書かれていないプロジェクトは途中で止めることができないので、無計画に使おうものなら自滅しかねない。
「このカードも強いけど、ちゃんと考えて使わないと難しいね……
まあ、今のままだとプリンセスちゃんで強化して戦うだけのデッキだったから、これで色々できるようになったよ。
ほんと申し訳ないことをしたから、後で親分たちに謝らなきゃ」
これにて、構築中だった竜デッキは完成。焦土と化した毒の沼地で、リンは新たな力を手に入れた。
【全世界終末戦争】ほど分かりやすい強さではないが、どうにもならない状況を打破するための手段になるはずだ。
与えられた最後の数日間、それぞれの想いを胸に冒険を繰り広げ、大きく成長を遂げた小中学生たち。
そして――
■ ■ ■
「偶然とはいえ、不思議なものね。私たちが留守の間に名を上げた【鉄血の翼】と、共闘して帰ってくるなんて」
「まあ、面白い子たちではあったよ。キミも気に入るんじゃないかな、シグルドリーヴァ」
純白の衣服に身を包んだ少年、リンドウ・カナメはリーダー格の少女に語りかけていた。
2人とも白やアイスブルーを基調にした色合いなため、隣りに並ぶと清涼感が強調される。
シグルドリーヴァは美麗ながらも、好奇心旺盛な年頃の少女だ。
鮮烈な戦いぶりとクールな印象から誤解されがちだが、10代前半らしい可愛らしさを見せることもある。
ちょうど今がそのときで、仲間からの報告を聞いた彼女は明るい笑みを浮かべていた。
「イスカも一緒に遊んできたの?」
「うん……楽しかった」
「そう、あなたが私たち以外と”楽しむ”なんて珍しいわね」
白い2人とは真逆に、重苦しいゴスロリの衣装と金属の鎖に身を包んだ小柄な少女、イスカ=リオッテ。
無表情な顔からは感情を読み取れないが、彼女が『楽しい』と言った場合は本当に機嫌が良い。
そして、大半の物事には興味すら湧かないため『普通』と答える。
イスカにとって、リンたちとの冒険は心から楽しかったのだろう。
その想いが伝わってきたので、シグルドリーヴァも自分のことのように微笑んで共に喜ぶ。
「おいおい、試合前に仲良しごっこして遊んでんじゃねーぞ」
そんな3人に睨みをきかせ、野太く低い声で語る巨漢の少年、ライガ。
同じ10代のはずだが、20代後半に見えるほどの貫禄。眉間にしわを寄せた表情は威圧感に満ちていた。
はちきれんばかりの筋肉を迷彩柄のタンクトップで覆い、明らかに30cm以上はありそうな革のブーツに包まれた足を組んで、ライガは木箱に座り込んでいる。
「そいつら全員、俺たちの敵だろうが。
まあ……試合が始まったら、お前らも俺の敵だがな」
「敵と味方でしか区別できないの?
好戦的なのはいいけれど、誰かれ構わず叩き潰していたら、その”敵”が増えるだけよ」
「はっ、それが俺のやりかただ。分かってるだろ、シグルドリーヴァ?
俺はこの1年間、どうやってお前を叩き潰すのか考え続けてきた。
去年のようにはいかねえぞ。あんな屈辱的な負けかたは二度とごめんだ」
「ふふっ、それは楽しみね。
今の日本ワールドは面白いことになってるし、本当に待ち遠しいわ。
みんなと戦う、その瞬間が……ね」
シグルドリーヴァが微笑みながら言った瞬間、他の3人は凍てつくような緊張を背すじで感じた。
美しくて性格もよく、リーダーを任せるには申しぶんない少女だが、しかし――
決闘において、シグルドリーヴァは化け物だ。
ジュニアカップ入賞組として1年前から彼女と行動を共にしているが、対人戦で苦戦している姿は見たことがない。
全戦全勝、対戦相手への与ダメージは常に4000。
『初代最優秀学徒』、『極光幻夜』、日本最強の中学生。
そんな前大会の覇者たちと、話題沸騰中の【鉄血の翼】。
ジュニアカップの舞台で彼女たちが激突したのは、それから2週間後のことだった。
以上で10章完結となります。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回からは、ついにジュニアカップの開幕!
かなりのボリュームになるので、準備期間を少し長めに取るかと思います。
11章を準備している間、皆さまに笑っていただけるような趣味小説を用意しました。よろしければ、そちらを読みながらお待ちください。
お嬢さまは何としてでも日本でヘヴィーメタルを流行らせたい
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