第25話 最後の1ピース その4
【 リン 】 ライフ:4000
アルテミス
攻撃2600/防御2600
パワード・スピノサウルス
攻撃2000/防御2000
【 ヴェノム・ストーカー・クィーン 】
攻撃35000/HP40000
全てのユニットは【効果】とスタックバースト、リンクカードの影響を失う。
「それにしても、増えましたわね……」
初期状態だったマイルームを改造し、美術館のような建物へと作り変えたセーラ。
森での戦いぶりを間近で見せられて以降、リンに憧れるあまり『リンさま非公式ファンクラブ』というサークルまで設立した生粋のファンである。
美術館に飾られているのは、当然ながらリンに関するものばかり。最近は有志によって描かれた『赤晶巨竜との戦い』という大迫力な絵が人気を集めている。
そして、館内に集まっているのは数多くの若い男女。
特にリンと同じ姿をした”フォロワー”が目立ち、そこらじゅうに『初級冒険者の服』を着た少女があふれていた。
もちろん、気合が入っている者は片手剣を左右の腰に2本下げるのがトレンド。
今やこの服装はリンのフォロワーであることを示し、とても安く買えることもあって爆発的に普及している。
そんな美術館の様子を見下ろす2階のカフェ。
ファンだらけになった光景に満足と戸惑いを感じながらも、サークルリーダーを務めるセーラは、メイドのテレーズに語りかけた。
「その後、どう?
あなたの妹から、何か新しい情報は得ていないの?」
「ございますとも、お嬢さま。
リンさまは私の妹と2人で魔導書庫へ行き、見事に地獄の公爵を倒して封印したそうです」
「まあ! くわしく聞かせてちょうだい!」
「それが少々奇妙な話でして……ジュニアカップの前回受賞者たちと書庫の中で出会い、共に悪魔と闘ってクエストを達成したとのことで」
「たしかに妙ですわね。どう考えてもライバルになりそうな相手なのに……
でも、いがみあうことなく共闘してこそ、リンさまだと思いますわ!
次の本は魔導書庫の物語でいきましょう」
「かしこまりました。これまでに出した『冒険者リンと森のオオカミ』、『冒険者リンと海の大怪獣』、『冒険者リンと赤晶巨竜』は、いずれも好評でしたね。
私としても作り甲斐があります」
リンがどのような冒険をしてきたのか、ファンに対して毎回のように口頭で語るのは大変なため、セーラは本を作ってサークル内で配布することにした。
これが、なんと大好評。サークルに入った者には無償で配布されるため、本を目当てに加入する者も増えている。
時と場所が変われば、それは”聖者と教典”のワンセット。
どれだけ効率的に信者を増やせるのかは、古来より続く宗教が証明しているのだが、セーラはそこまで考えていない。
ただひたすらに、慕う気持ちを共有したい一心で皆を導いているだけなのだ。
「ジュニアカップは、すでに目の前。
きっとリンさまも最後の修業をするために、今頃どこかで大冒険を繰り広げているに違いありませんわ~」
■ ■ ■
「冗談でしょ? ほんと、マジでやばいって! どうすんの、これ!?」
ちょうどその頃、ご本人はエンドコンテンツの真っ只中にいた。
事実は小説よりも奇なりとは、よく言ったものだ。
ここはスピノサウルスを100体も倒さなければ解放されず、さらには猛毒が立ち込める隠しダンジョンの最深部。
超高難易度の深淵でトドメとばかりに襲ってきたのは、ボスモンスターの毒竜たち。
約20mの巨体を誇り、とても竜とは思えない姿をした怪物【ヴェノム・ストーカー・クィーン】。
そして、その子供であり、女王の忠実な配下として現れた3体の【ヴェノム・ストーカー】。
Enemy―――――――――――――
【 ヴェノム・ストーカー 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃6900/HP6900/敏捷90
効果:このモンスターには、あらゆるユニットの【効果】とスタックバーストが効かない。
スタックバースト【カウンター・ドレイン】:瞬間:目標のカウンターカード1枚を選び、発動対象を【ヴェノム・ストーカー・クィーン】に変更できる。
複数のユニットを対象とする場合や、プレイヤーを対象にするカードは変更不可。
――――――――――――――――――
「ギシャオオオオーーーーーーッ!」
「シャァアアーーーーーーッ!」
親よりは少し竜っぽい★3モンスター。発達した前足で這いつくばり、両腕には飛膜が付いている。
毒々しい紫色の体は相変わらずで、『忍び寄る者』の名のごとく虎視眈々と付け狙う捕食者。
彼らは飛膜で滑空し、エサとなる獲物を巣に持ち帰りながらも、女王と卵の警護を務める。
野生モンスターの中では珍しく、アリやハチに似た社会構造を持っているのだ。
「ほんっと、どうしよう……こっちの強化が全部なくなっちゃった」
クィーンの能力によって、【パワード・スピノサウルス】は何の強化もない初期状態に。
そして、無限にリンクカードを装備できる【アルテミス】の効果も失われ、1枚を残して他の装備品は全て破棄。
「ああっ、ちょっと待った!
カウンターカード、【ワールウィンド】!」
Cards―――――――――――――
【 ワールウィンド 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーのユニット1体を手札に戻し、行われていたバトルを強制終了させる。
その後、使用者は手札に戻したユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを受ける。
リンクカードや他のユニットなどが付随していた場合、それらも全て手札に戻すことができる。
――――――――――――――――――
大量のリンクカードを抱え込んだ【アルテミス】を、そのまま弱体化させるわけにはいかない。
せめて回収できればと思ったのだが――
しかし、【ワールウィンド】で発生した竜巻は、女神ではなく【ヴェノム・ストーカー・クィーン】を包み込む。
これが相手側のスタックバースト。カウンターの発動対象を強制的に書き換えてしまう効果だ。
本来はユニットを手札に戻すためのカードだが、野生モンスターには手札が存在していないので消えるはずもなく。
リンの行動は【ワールウィンド】を無駄に空打ちしただけで終わってしまった。
「ええ~っ、それも吸っちゃうの!?」
回収が間に合わなかった結果、【アルテミス】からは1枚を残してリンクカードが剥がれ落ちる。
残ったのは、よりにもよって【破滅の剣『ストームブリンガー』】。今は装備されているだけで何の効果もない。
そして、その状態から戦闘開始。先攻は敏捷で上回っているリン。
あまりにも絶望的な状況だ。強化を重ねて戦うプレーヤーには、とにかく相性が悪すぎる。
3体の【ヴェノム・ストーカー】は尻尾をサソリのように振り上げ、ターンが回ってくるのを今か今かと待っていた。
もしかしたら、ユニットが即死するようなカウンターを吸わせれば女王を倒せるのでは――と思ったが、そこはカードゲームの”記述”のいやらしいところ。
【ヴェノム・ストーカー】はカードの発動対象を”変更できる”のであって、強制ではない。
危険なカードだと判断したら、移し替えないという選択も取れる。
「まずい、ほんっと~にまずい……こんな凶悪モンスター、勝てる人なんていないんじゃ……」
と――苦戦の中で言いかけた弱音を止めて、リンは仲間の顔を思い浮かべた。
クラウディアは装備品に頼ることもなく、知略を尽くして相手の攻撃を防ぎ切る強者だ。
ステラやサクヤも搦手で立ち向かうだろうし、ソニアとセレスティナだって簡単にはあきらめない。
最近ではバカにしていた兄のユウですら良い仕事をしている。
「そうだね……こんなところで折れてたら、みんなには追いつけない!
あたしはまだ初心者に足が生えた程度だけど、強い人たちについていくって決めたんだ!
考えろ、考えろ、あたし! 手札の中に何かあるはず!」
もう一度、場の状況を頭に叩き込んで、手札と照らし合わせる。
残る手札は、たったの3枚。そのうち1枚は逃げるための【エスケープ・スモッグ】。
そして、残りの2枚は――
「よし……よしっ、これならいけそう。
【アルテミス】にカウンターカード、【やわらかステーキバーガー】!」
Cards―――――――――――――
【 やわらかステーキバーガー 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:1ターンの間、目標のユニット1体に攻撃+400。
このカードはデッキに1枚しか入れられない。
――――――――――――――――――
瞬間的に攻撃力を高めるカードを発動。しかし、当然ながら【ヴェノム・ストーカー】によってクィーンに献上される。
月の女神が食べるはずだったハンバーガーは毒竜の口に放り込まれ、ゴクリと飲み込まれてしまった。
「大丈夫、ちゃんと予定どおり!
【アルテミス】とスピノ親分、女王さまに攻撃宣言!」
クィーンのHP40000に対して、やぶれかぶれのような突撃作戦。
月の女神は光の矢を放ち、スピノサウルスも巨体を活かしてタックルを仕掛けたが、2回の攻撃で4600しか削れていない。
攻撃を受けたクィーンはサソリのような尾を振り回し、牙をむいて威嚇してくる。
「キシャアアアアアアアーーーーーーーーッ!!」
「そんなに怒らないでよ、美味しいものを食べたでしょ?
でもね、それがあなたたちの敗因。
何でもかんでも奪い取って、全部女王さまにあげちゃうから計算が楽になったの」
言いながら、リンは最後の切り札。1枚のプロジェクトカードを取り出して頭上に掲げた。
焼け石に水のような突撃だったが、クィーンのHPは35400まで減っている。
そして、【やわらかステーキバーガー】を横取りして食べた結果――クィーンの攻撃力は、ぴったり35400。
「ごめんね。あたしは、このカードに自分のユニットを巻き込まないって決めてたのに……こうしなきゃ勝てそうもない。
ほんとは片方だけ召喚解除で戻せるんだけど、選ぶことなんてできないよ……どっちも大事な仲間だもん」
語りかけてきた主人の言葉に、何も言わないまま目を向ける女神と王者。
いつか、こういう日が来ると分かっていたのだ。リン自身にも。
せめて【ワールウィンド】で戻せていれば良かったのだが、それでは数値が足りなかった。
そして、どちらか片方のユニットだけを救って、もう片方を残すことなどリンにはできない。
「これが、最後の行動だよ――プロジェクトカード発動!
目標は【ヴェノム・ストーカー・クィーン】!」
覚悟を決めてカードを発動させると、猛毒に覆われた沼の深淵で小さな太陽が生まれる。
それは炎の渦を発生させながら、膨大なエネルギーを凝縮していく。
光球を掲げるリンは静かに目を閉じ、発動演出として詠唱の言葉が紡がれた。
「我を称える詩はなく 我を封じる術もなし
我は人より産まれ 星をも喰らう厄災なり
神魔 天地 時の記憶をことごとく
三千世界を無に還し 而して我も共に消えん
是より先は等しく虚無 我は全てを滅する者なり」
荒れ狂うエネルギーの奔流は、毒竜の巣にある全ての存在を焼き尽くさんとばかりに臨界へと駆けのぼる。
強烈な光に照らされ、恐れ慄く毒竜たちの叫び。
たとえ死に至る猛毒であろうと、絶対的な滅びの炎からは逃げられない。
やがて再現されたのは、モンスターパニック映画の定番。怪物の巣を女王ごと爆砕するクライマックスシーン。
数値を調整するために最後まで戦ってくれたユニットと共に、あらゆるものが光に飲み込まれていく。
「【全世界終末戦争】ーーーーー!!」
そして――その1枚で、全ての決着が着いた。




