第24話 最後の1ピース その3
★1モンスターは弱くて倒しやすい。
最大でもステータスは500しかないので、★2のユニットなら負けることはない。
それがラヴィアンローズの常識なのだが、中には意外な方法で覆してくるモンスターもいる。
たとえば、この【デンドロバティス】という生物。
名の由来はヤドクガエルの学名で、プレイヤー間では『デンドロ先生』などと呼ばれることもある。
2、3匹ほど群れたところで、さほど驚異にはならないだろう。
そう高をくくって挑んだつもりが、気付けば大量のカエルに囲まれている。
倒せば倒すほどプレイヤーのライフが削れていき、相手は毎ターン仲間を呼んで増え放題。
「ど……どど、どうしよう!?
1匹ずつ倒してたらきりがないっていうか、もう10匹くらい集まっちゃってるし!」
【デンドロバティス】への対策はリンも分かっていた。
ユニットを並べて1ターンあたりの攻撃回数を増やし、できるだけ早く敵を処理すること。
仲間の数は多いほうが良いという基礎知識を、このカエルはプレイヤーに教えてくれているのだ。
しかし、今のデッキ構成はスピノサウルスに全乗せ全振りなため、攻撃できるユニットは1体しかいない。
まとめて焼き払うことも可能だが、★1のカエルを相手に最終兵器を放つのは、さすがのリンでも躊躇する。
「とにかく、まともに戦うのは絶対にダメ!
何か、いいカードはなかったかな?
こういうときに使えそうなのは……あっ、これだ!」
デッキから1枚のカードを引っ張り出したリンは、頭上に掲げて発動させた。
それは最近手に入れた、クエスト報酬のプロジェクトカード。
「助けて! オオカミさーーーーん!」
Cards―――――――――――――
【 ウルフ・ラッシュ 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーが所有していないユニット全てが対象。
★1のユニット全てを破棄した後、ターン終了まで防御-300を与える。
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カードが発動すると、どこからともなく遠吠えが聞こえて、オオカミたちが駆けてくる。
重傷を負っていた子供を救って治療し、森へ帰してやったことで築いた信頼関係。
リンの前では、あのとき助けた子供が尻尾を振って跳ねていた。
どんな危険地帯だろうと救援に駆けつけてくれるオオカミの群れ。
その牙で猛然とカエルの軍団に襲いかかると、【デンドロバティス】は次々と毒ガスを撒き散らしながら倒れていく。
「ゴホッ、ゲホッ……ありがと~!」
★1モンスターを全滅させ、オオカミたちは遠吠えと共に去っていった。
リンは毒ガスで合計1000ダメージを受けたが、まともにカエルと戦っていた場合の被害を考えれば、最小限で済んだといえる。
「デッキに入れておいてよかった~。
あの子も元気そうだったし、今みたいな感じで助けてくれるんだね。
これは使うのが楽しいカードかも」
笑顔で次のカードを取り出したリンは、【マンドラゴラ・ポーション】でライフを回復させた。
それは初めてミッドガルドに来たとき、ステラに教えてもらった生き延びる術。
かの友人は、このところ顔つきに自信や勇ましさが加わって、精神的な成長を遂げている。
リンも負けてはいられないと思うし、それゆえ今もミッドガルドに繰り出して自分を鍛えているのだ。
毒沼の洗礼を浴びた彼女は、さらに奥へと進んでいった。
相変わらず色彩豊かな沼地からは、また新たなモンスターが這い出てくる。
Enemy―――――――――――――
【 マッド・ロートル 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃2800/HP3200/敏捷30
効果:このモンスターとバトルしたユニットは、戦闘終了時まで攻撃と防御に-800。
スタックバースト【付着する毒液】:永続:上記効果が発動したとき、他のユニット1体にも弱体化を付与できる。
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メキシコサラマンダー、幼名アホロートル、日本での商品名ウーパールーパー。黒ずんだ紫色の体で、いかにも毒がありそうな両生類だ。
現実世界と違うのは、体長が2.5mくらいあるということ。
「うえぇ……小さいのは可愛いけど、このサイズになったらキモい!」
世界最大の両生類、オオサンショウウオですら1mに達するかどうか。
その倍以上もあるウーパールーパーが、ヌメヌメした体で毒の沼地から這い上がってきたのだから、リンの反応も当然といえる。
「800ずつ減るくらい、どうってことないよ!
親分、やっちゃって!」
「オオオオォーーーーーーーッ!」
毒があろうと、お構いなしに殴りつけるスピノサウルス。その一撃は鮭を狩猟するクマのごとく。
剛腕を横薙ぎに振るうと、2m以上の大型生物が宙を舞って粒子化した。
このエリアは、とにかく毒、毒、毒まみれ。
毒針を持つサソリやスズメバチ、奇声を上げながら毒を吐いてくる鳥、トカゲやヘビも当然のように毒。
それらを片っ端からスピノサウルスで叩き潰し、リンは快進撃を続けていく。
「勝てるから問題ないけど、見た目がキツイのも多いなぁ~。
ここって『毒竜のねぐら』なんでしょ?
それっぽいモンスター、全然出てこないんだけど」
まるで蠱毒の壺に放り込まれたかのような、毒々モンスターのオンパレード。
それだけ難易度が高いということだが、さすがに連戦が続くと文句のひとつも言いたくなる。
気力を維持して勝ち進み、着実に前へと進んでいくリン。
そして――ようやく彼女は最深部へとたどり着いた。
「あ……いた……すごくヤバそうなのが」
色とりどりの幻想的な沼地を抜け、さらによどんだ深淵へ。
いくつかの滝から赤紫色の水が流れ落ち、発光する水晶の明かりを受けて妖美に輝く。
壁には複数のくぼみがあり、そこには卵のような物体がいくつも並んでいた。
ドロドロに濁った沼の水からは、この場所で食われたと思われる無数の生物が骨となって突き出ている。
もはや、何の説明がなくても直感で分かった。ここは何者かが繁殖するための巣だ。
その巣で蠢く巨大な生物。
翼はなく、肉食恐竜のように後ろ足で立つ前傾姿勢。サソリを思わせる毒針の尻尾に、黒紫の体色。
異様に小さな両目だけが不気味に輝き、”それ”は侵入者の気配をすぐさま察知した。
「ギシャオオオオオーーーーーーーーーッ!!」
Enemy―――――――――――――
【 ヴェノム・ストーカー・クィーン 】
クラス:??? タイプ:竜
攻撃35000/HP40000/敏捷90
効果:フィールド上にいる全てのユニットは、【効果】とスタックバースト、リンクカードの影響を失う。
『ヴェノム・ストーカー』と名がつくモンスターは、これに含まれない。
対戦開始前、このモンスターは3体の【ヴェノム・ストーカー】を召喚する。
スタックバースト【---】:--:このモンスターはスタックバーストを持たない。
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「………………は?」
相手の姿とステータスを見た瞬間、リンは呆然と立ち尽くす。
翼がない毒の竜。その姿はSFホラー映画に登場するような、人食いの宇宙生物に近い。
あまり竜とは思えない姿にも驚いたが、恐ろしいのは相手が持つ能力。
ユニットの効果とスタックバースト、そしてリンクカード。
リンが主軸にしている戦力の全てが、この瞬間に根こそぎ消え去ってしまった。
数々の強化バフを抱えていた【アルテミス】は、何の装備もない★4同然に。
そして、その力を供給されていた【パワード・スピノサウルス】も、攻防2000の★3に逆戻り。
「ウ……ウソでしょおおおお~~~~~~~~っ!?」
リンの戦線、ボスを目の前にして完全崩壊。
さらに容赦のないことに、猛毒で汚染された泥の中から3体のモンスターが這い出してきたのだった。




