第23話 最後の1ピース その2
ミッドガルドに繰り出したものの、特に前情報などを仕入れているわけではないため、リンは再び考え込むことになった。
大会を控えているので、あまり目立ってはいけない。
さらに野生モンスターを呼び寄せる【ゲキリン軟膏】は、できるだけ他のプレイヤーがいない場所で使う必要がある。
あまり人が寄り付かず、スピノサウルスのような大型ユニットで暴れても目立たない場所。
リンが知る限り、そんな気の利いた”お忍びスポット”は――
「みんなー! 久しぶり!」
「グルォオオオオーーーーーーーーッ!」
笑顔で挨拶すると、【ゲキリン軟膏】で集まってきた野生のスピノサウルスたちが牙をむいて咆えた。
リンが来たのは村の近くにある森の奥、街道から離れて進んでいくと辿り着く危険なバイオーム。
ミッドガルドでも特に有名な初見殺しのエリア、沼地である。
ここは決して初心者が来てはいけない場所だ。
少しでも踏み込めば野生の【パワード・スピノサウルス】が大挙して襲いかかり、中途半端な戦力では何もできないまま潰されてしまう。
★3のレアリティ補正によって攻防6000、スタックバーストが乗ると最大8000、さらにはリンクカード破壊効果を持つ水辺の王者。
そんなものを軽く倒せるようなプレイヤーは、もはやイベントの上位に名を残すほどの猛者だろう。
「グォオオオーーーーーッ!」
「ガァアアアアーーーーーーッ!」
「残念っ! あたしの親分は、野生とはひと味違うんだよね」
次々と襲いかかってくる野生のスピノサウルスを、攻防5桁のステータスを持つ”王の中の王”が一撃でなぎ倒していく。
【ネレイス】と【アルテミス】を経由して強化バフを与えているため、リンのスピノサウルスは装備品を付ける必要がない。
3枚手に入れるまで毎日のように乱獲していたこともあり、彼女にとって沼地は慣れ親しんだ場所だ。
「うんうん、カードのパックをドロップできるし、野生のスピノ狩りも悪くないね。
気絶した子は……まあ、せっかくだから捕獲しておこっか」
デッキに入れられる同種のカードは3枚まで。
それは分かっているのだが、さすがに気絶した★3を放置しておくのは悪い気がするので、ブランクカードで捕獲しておく。
ミッドガルドで捕獲したモンスターはトレード不可なため、4枚目以降の【パワード・スピノサウルス】たちは使い道がなさそうだ。
他のプレイヤーが聞いたら絶句しそうな、贅沢な話である。
そうして何回か【ゲキリン軟膏】を使いながら、しばし狂宴を繰り広げていたリン。
コンソールに通知が来ていることに気付いたのは、数え切れないほどのスピノサウルスを倒した後だった。
Notice――――――――――――
【 クエスト達成報酬を受け取れます 】
特級『★3モンスターを250体討伐する』
特級『【パワード・スピノサウルス】を100体討伐する』
――――――――――――――――――
「おお~、任務達成だ! ポイント美味しい!」
特級2種、合わせて45000ポイントの高額な臨時収入が転がり込み、リンは持っていた水筒を祝杯のように掲げた。
ラヴィアンローズの世界でも、行くところまで行ってしまった者が達成する任務。
★3の250体討伐は長く続けていれば可能だが、スピノサウルス100体のほうは、そもそも挑む人が少ない。
そして――そんな珍しい任務を達成した者には、ポイント以外の報酬も与えられた。
Quest―――――――――――――
【 毒竜のねぐら 】
特殊なクエストの発生条件を満たしました。イベントを開始しますか?
・Yes
・No
――――――――――――――――――
「えっ……竜がいるの!? 行く、行くー!」
竜という言葉に反応して、中学生のノリで何も考えずにYesを選んだリン。
次の瞬間、今まで何もなかった沼の水上に新たな道が出現する。
これがスピノサウルス100体の討伐報酬。
RPGでは王道ともいえる、初期に行ける場所のアナザーステージ。沼エリアの裏面が解放されたのだ。
「わぁ~、沼でも十分難しいのに、この先があるんだ! さっそく行ってみよう!」
休憩を終えたリンは、迷うことなく新しい道へと進んでいく。
沼地のエリアは常に白い霧がかかっており、地面は泥まみれの茶褐色。
あとは枯れた倒木や、一部の水生植物しか見られない不気味な場所だ。
しかし――裏ステージに入った瞬間、がらりと一変するほど色彩豊かな光景が目に入った。
青や紫に発光するキノコや、柳のようにしだれた樹木。
沼の水は赤紫に変わり、同じく赤紫色の滝が高台から流れ落ちている。
「なんだか、きれいだけど怖いような……この前、谷の底に落ちたときみたい」
光と闇が入り混じった、なんとも幻想的な光景。
実はこの時点で、リンはとんでもないことをやらかしていた。
ここは超危険地帯であり、沼の裏ステージに入った瞬間、【免疫のポーション】を貫通してプレイヤーに猛毒のバットステータスが付与される。
1秒間に50ダメージという恐ろしい速度でライフが削れていき、何も対策しなければ80秒後にはゲームオーバー。
猛毒を防ぐためには他のエリアで各種素材を手に入れて、村の薬師にイベント用の強化ポーションを作ってもらわなければいけない。
素材はミッドガルドの各所から集めることになり、様々な地域をめぐる大冒険を経て、ようやく猛毒への耐性を得られる仕組みなのだが――
それらの手順や大冒険を、リンはスッ飛ばしてしまった。
谷底に落ちてキノコの毒を経験したとき、もう二度とあんな恐怖は味わいたくないと決意して買ったパワードスーツ。
見た目は初心者冒険者の服だが、実際には多額のポイントを支払わなければ入手できない超高級品を装備している。
「体は……うん、何ともないね。
さすがに沼の水を飲んだりしたらヤバそうだけど、普通に探索できるみたい」
ショップの店員が言っていた売り文句も、あながちウソではない。
あらゆる状態異常や呪い、石化の魔眼に対する完全耐性。
『ファイターズ・サバイバル』で3位になったときの賞金をパワードスーツで溶かしてしまったが、その散財も間違いではなかったのだ。
不思議な光景を眺めつつ、せっかくなので記念撮影などをしながら、スピノサウルスに【物資収集】をさせてみる。
しばらく沼の中をあさっていた恐竜は、口に何かを咥えて戻ってくるなり『オエエッ』と吐き出した。
Tips――――――――――――――
【 猛毒マンジュウガニ 】
これ1匹で300人を殺せるといわれる神経毒を持つカニ。
過酷な環境に棲み続けた結果、体に大量の毒素が蓄積されている。
危険なので絶対に食べてはいけないが、毒性を持つユニットは好んで食べるらしい。
――――――――――――――――――
「ええ~っ、毒のカニ!? 親分、大丈夫?」
「ガロロロロ……」
「こんなもの、口に入れるだけでも危ないよね。
毒のユニットかぁ……ウチの子だと【ポイズンヒドロ】くらいかな?」
咥えただけでも、明らかに気分が悪そうなスピノサウルス。
さすがに【物資収集】の結果でユニットは破棄されないが、このエリアがいかに毒々しいのか、よく分かる特産物だ。
慎重に扱いながら毒のカニを収納して、さらに先へと進んでいくリン。
しばらくすると、彼女の耳に生物の鳴き声が響いてくる。
「コロコロコロ」
「クルルルル」
「クコココココッ」
「ん……んん~? この声……な~んか嫌な思い出が……」
リンにとっては、間違いなく聞いたことがある声だった。
赤紫色の水をかき分けて泳いできたのは、明らかに『私、毒持ってます』と言わんばかりの派手な色をしたカエル。
初めて見たときにはきれいだと思ったが、その生物がいかに危険なのかは半年前に思い知らされている。
Enemy―――――――――――――
【 デンドロバティス 】
クラス:コモン★ タイプ:水棲
攻撃200/HP300/敏捷80
効果:このモンスターが破棄されたとき、プレイヤーのライフに100ダメージを与える。
スタックバースト【仲間呼び】:特殊:攻撃の代わりに【デンドロバティス】を1体呼べる。この場合、群れは3体の上限を無視できる。
――――――――――――――――――
「で……出たぁああああ~~~~~~~っ!!」
奇しくも、クラウディアたちと同じ状況に陥ったリン。
ラヴィアンローズの開発スタッフは、この手のモンスターをスリップダメージが発生する場所に置かなければ気が済まないらしい。
かつて、初めてミッドガルドを訪れたリンは道に迷い、沼地でこのカエルたちに囲まれた。
倒しても倒しても仲間を呼ばれ、ライフがどんどん削られていく。
そんなトラウマを植え付けられた毒ガエルが赤紫色の沼から次々と上陸し、10匹ほどの群れで大合唱を始めたのだ。
引きつった顔の少女が叫び声を上げたのは、もはや言うまでもなかった。




