第20話 炎熱の試練 その5
「うぉおおおおおーーーーーーーーっ!!」
天井からぶら下がった鎖を握りしめ、足場の間をターザンのように移動するソニア。
途中で手を離したが最後、マグマの海に真っ逆さまだ。
どうにか向こう岸に跳び移ると、そこは小島のような場所だった。
リンのルームにある飛竜たちの巣に似た地形で、10mほどの断崖絶壁に囲まれた孤島。
その上面は平らで何もなく、明らかにプレイヤーがユニットを配置するための陸地になっている。
「ここがゴール。そして、最終試練の場所よ。
ソニアはユニットを戻しておいて」
「了解であります。何かできることがあるのではと思うのですが……」
「いいえ。これから戦う相手は、あなたのユニットでは勝てないわ」
「!?」
最深部での戦いを前に、きっぱりと言い切ったクラウディア。
妹を軽んじているのではなく、どうあがいても不利すぎて勝てないと確信しているからだ。
日ごろから姉の言うことには従うソニアだったが、これはただ事ではないとユニットをカードに戻す。
「私のほうは入念な準備が必要ね。
ユニット召喚、【要塞巨兵ダイダロス】!」
Cards―――――――――――――
【 要塞巨兵ダイダロス 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:機械
攻撃800/防御3400/敏捷20
効果:ガードしたときのみ発動。このユニットの防御が相手ユニットの攻撃を上回っていた場合、差の数値をダメージに変換して相手プレイヤーに与える。
スタックバースト【惑星破壊砲】:瞬間:このユニットの攻撃に防御ステータスを加算する。
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一方のクラウディアは、ここで最強の手持ちを召喚。
ラヴィアンローズの世界において、最も高い防御力を持つ★4スーパーレア。
普段ならサイレンが鳴り響いて地中からガレージが出てくるのだが、そこまで十分な広さがないせいか演出無しで登場。
ゴリラのような4足歩行の巨大ロボット。その体高20m。
ユニットを配置するための陸地を、ほぼ単体で専有してしまうほどの大きさだ。
「かっこいいけど、でかすぎて島が沈みそうですー!」
「さすがに、ギリギリのサイズかしら……プロジェクトカード、【ニューエイジ・マシン・フュージョン】!
【ゴリアテ】と【ダイダロス】を合体!」
Cards―――――――――――――
【 ニューエイジ・マシン・フュージョン 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:永続効果。【タイプ:機械】の自プレイヤー所有ユニット2体を合体させる。
合体後のユニットはリンクカードを装備できなくなるが、『基礎ステータス』は2体の合計となる。
カード名とクラスは任意で片側を引き継ぎ、効果は矛盾しない限り共有、スタックバーストも双方を発動可能。
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さらに、クラウディアを象徴するプロジェクト。機械ユニット同士の融合。
【ダイダロス】は砲撃形態に変形し、防御力6000を誇る無双の壁となる。
合体するとリンクカードを装備できなくなるため、【航宙型新式機関バーニア】はここで破棄。
護衛としてダンジョンの空中を飛んできた戦車は、再び地に降りる。
「準備できたわ。ところで、ミッドガルドの野生モンスターに負けたことはある?」
「それはもう、駆け出しの頃には何度も……」
「それが普通よね。私は早い時期に【ダイダロス】を引いていたから、そこまで苦労はしなかった。
防御力さえあれば何でも倒せると思っていたし、プレイヤーにもモンスターにも勝ち続けていたわ。
でも……そんな自分の浅はかさを知ることになったのが、これから戦う相手。
死と隣合わせのアスレチックを乗り越えてきたというのに、ゴールの手前には強敵が……最悪の初見殺しが待ち構えているのよ」
そう言い終えた直後、地響きと共にマグマの海が揺らめき始めた。
最初に見えたのは、溶岩の中から何本も生えてきた突起物。
それは山々のようにそびえ立っていたが、続いて現れた巨体の向こうに隠れてしまう。
次に見えたのは、直立した状態で立つ爬虫類のような超大型モンスター。先ほどの山々は背中に並んだ複数の突起であった。
コンクリートのビルですら粉砕してしまいそうな太い両腕に、全身を覆う超高温の装甲。
悪魔のごとく左右2本の角を生やした顔には、眼球のない目が亀裂状に走って輝いている。
「ゴ……ゴゴ……ゴジ●だーーーーーーーーーっ!!」
「違うわよ! まあ……怪獣としか言いようがないわよね」
グライダーで滑空できるほどのダンジョンなので、天井まではおよそ35m。マグマの底を含めれば、下方向にも広い。
そんな場所ですら、強烈な圧迫感で2人を見下ろす巨大生物。
足元はマグマの中にあるため見えないが、どっしりと2本足で立つ姿は、まさに怪獣の特徴といえる。
火山の噴火で眠りから目覚め、なぜか大都会にやってきて破壊の限りを尽くす。
そんな特撮映画で見るような存在が、ミッドガルドには当たり前のように生息していた。
「もしかして、お姉さまはアレに?」
「ええ、アレに負けたわ。
地底溶岩湖の最深部に潜む初見殺し――【ラヴァ・ディノス】!」
Enemy―――――――――――――
【 ラヴァ・ディノス 】
クラス:レア★★★ タイプ:マテリアル
攻撃6000/HP9000/敏捷70
効果:ガード宣言時に発動。このモンスターの最大HPと同値のダメージを、攻撃宣言した相手に与える。
この効果でプレイヤーへの貫通ダメージは発生しない。
スタックバースト【超炎熱放射】:永続:上記の効果で発生するダメージは、軽減や無効化ができない。
――――――――――――――――――
「ウゴォオオオオオオオーーーーーーーッ!!」
洞窟を揺るがす大音量の咆哮。★3モンスターとしては非常に珍しく、マテリアルのタイプに属する。
その姿だけでも十分に恐ろしいが、効果とスタックバーストが凶悪極まりない。
こちらから攻撃した瞬間、9000ものダメージでユニットが焼かれてしまう。
バトルが行われる前にダメージが発生するため、それに耐えなければ近付くことすらできない。
さらにスタックバーストで軽減と無効化が不可になり、もはや打つ手がなくなる。
かつて、このモンスターと対峙したとき、クラウディアは手も足も出なかった。
こんな怪獣を初見で倒せる者など、ほとんどいないだろう。
「たしかに、わたしでは勝てない相手です。
さっき捕まえた【フェニックス】なら、どうにかなりそうですが」
「そういう構成になっているのかもしれないわね。
地上で不死鳥を捕まえた人は、ここで有利に戦えるけれど……いったい何人のプレイヤーに、それができるのかしら」
【イモータル・フェニックス】はバトル以外のダメージを受けても”破棄されない”能力を持っているので、怪獣と戦うにはうってつけの存在だ。
ただし、入手難易度は鬼のように高い。
そんな話をしている間にも、再び地鳴りと共にマグマが揺れる。
巨体を見上げるだけでも放心してしまいそうなのに、さらに容赦のない絶望が顕現した。
先ほどと同じように突起物がせり上がり、2体目の【ラヴァ・ディノス】が横に並ぶ。
この瞬間にスタックバースト発動、あまりにも徹底された初見殺し。怪獣が2体並んだ光景に、ここへ来た者は笑いながらリタイアしていくという。
「ただでさえ強い怪獣が、2体も……!
これ……単純に戦うだけなら、ミッドガルド最強の★3モンスターなのでは?」
「だから欲しいのよ。
【ダイダロス】の反射ダメージは相手プレイヤーが対象だから、野生モンスターには通じない。
『デュエル・ウォーズ』でも1人ずつ相手をしなければいけなかったし、私のデッキは固い代わりに範囲火力がないのよね。
でも、これを手に入れれば……」
まさにクラウディアの弱点を補い、戦略を変えてくれる存在だ。
ステータスも防御寄りなので、現在のデッキとも相性が良い。
かつて順調に躍進していた彼女に洗礼を浴びせた宿敵。しかし、それゆえ価値と対策は熟知している。
「役者がそろったみたいだし、始めましょうか。
あれだけの巨体なのに、敏捷が70もあるなんて厄介ね」
まずは【ラヴァ・ディノス】2体のターン。攻撃方法は、まさに怪獣のそれ。
口内でエネルギーを収縮し、圧縮された青白い熱線を吐いてくる。
相手が超巨大なため、そのサイズも比例して大型化。
立体的な地底溶岩湖の空中を2本の極太レーザービームが薙ぎ払い、装甲に覆われた【ダイダロス】に直撃する。
「【ゴリアテ】のスタックバースト発動!」
バトルで受けたダメージを半減させる戦車の効果。見た目は非常に派手だが、あくまでも通常攻撃なので軽減は可能だ。
搦手を経由しない単純な6000の火力では、『鋼のクラウディア』を貫くことなどできない。
映画であれば、自衛隊や銀色の宇宙人に向かって吐かれる熱戦。
対するは超大型ロボット兵器。まさしく『ダイダロス対ラヴァ・ディノス』。
ここが市街地なら甚大な被害を受けているであろう2本のビームが過ぎ去り、要塞戦車は煙を上げながらも無傷。
しかし、本当の問題はこれからだ。
「私のターン! といっても、このまま攻撃したら確実に負けるのよね」
攻撃しなければ相手は倒せず、時間を掛けすぎると環境ダメージでライフが尽きてしまう。
いったい、誰がこんな鬼畜ダンジョンをデザインしたのかと言いたくなるが、それでも【ラヴァ・ディノス】に挑む価値はある。
デッキからカードを引き抜き、因縁の相手と対峙するクラウディア。
かつての敗北を乗り越え、清算するべく巨獣に挑む。




