第19話 炎熱の試練 その4
ラヴィアンローズにおいては珍しいことだが、地底溶岩湖ではプレイヤー自身の運動能力が要求される。
アスレチックで構成されたダンジョンは、訪れる冒険者を容赦なくマグマへと突き落としていく。
一応、ユニットに乗ってクリアすることも可能になっているが、クラウディアたちは正攻法で挑むことにした。
「なにゆえ、わざわざ自分の体で挑むのです?」
「あなたなら、私がリアルの世界でやっていることも知ってるでしょ?
未来のVRや機械産業を作るためには、”今”を知る必要があるの。
フルダイブが可能になった以上、メタバースの世界は一過性のものではなく人類の歴史に刻まれる文化。
そして、仮想世界で思いどおりに体を動かせるなら、その逆も作り出せるはず」
「ふむふむ、VRで思いっきり運動できるなら、リアルの世界も然り。
いずれ新型機械技術が完成すれば、人間の思いどおりに動くマシン――
たとえば指先まで感覚的に動いてくれる義手や、脳波で操縦できる車やロボットも可能ということですな」
「理解が早くて助かるわ。これから挑むアスレチックも、いずれ実体験した知識として役に立つと思うわよ」
言いながら、クラウディアはポーションを数本取り出して、半分を妹に渡した。
それはミッドガルドでの身体能力を高めるアイテムのひとつ。
Tips――――――――――――――
【 跳躍のポーション 】
プレイヤーのみ使用可能。使用すると10分間、ジャンプ力が3倍になる。
ユニットに騎乗している場合は使用不可。
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「自信がないなら【脱兎のポーション】も併用すると、さらに飛距離が伸びるけど……」
「あまり早すぎると、足を踏み外しそうで怖いです」
そうして、姉妹は目の前に点々と連なる柱を眺めた。
まずは最初の関門。マグマの海から柱のように立つ岩に跳び乗り、次の岩へと跳んでいくステージ。
岩の間隔が7m以上もあるため、よほどジャンプに自信がない限りは、ポーションの強化が必須である。
「落ちたらどうなるのです?」
「マグマに落ちると毎秒999万の固定ダメージを受けるそうよ。試したことはないけれど」
「うわぁ~、まさに一巻の終わりです」
柱を足場にして次々と飛び移り、どうにか向こう岸まで渡らなければいけない。
転落すれば、そこはマグマの海。一瞬にしてミッドガルドから放り出されることになる。
「この程度は、まだまだ序盤でしかないわ。
私についてきたからには、覚悟を決めなさい」
「はっ! 柱が崩れるとお姉さまが危険なので、わたしが先行して確かめるであります!
とりゃああああーーーーっ!!」
「えっ!? ちょっと、待っ……」
「ほっ! はっ! とぉ! たしかにこれは! いい運動になりそうなアスレチック!」
ポーションの効果もあって、ソニアは安定したジャンプで岩の柱に跳び移っていく。
姉の心配などいらないかのように、あっさりと最初のステージをクリア。向こう岸で振り返った妹は、笑顔で手を振っている。
「まったく、頭がいいのか悪いのか、ハッキリしない子ね!」
続くクラウディアも岩の間を跳んで、難なくマグマの海を渡りきった。
しかし、彼女自身が言ったように、これはまだ序盤。
様々な死のアスレチックが挑戦者を待ち受ける。
マグマの海に渡された、細い平均台のような橋。誰が呼んだか『鉄骨渡り』。
天井から垂れ落ちてくる溶岩を避けながら進む通路。
30m先に向こう岸があるため、グライダーを取り出して滑空しなければならない難所。
そして、ここはミッドガルドなので、当然ながら野生モンスターの襲撃もある。
Enemy―――――――――――――
【 フレイムホース 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃3200/HP2800/敏捷60
効果:このモンスターは高温による環境ダメージを受けない。
スタックバースト【ハイパーフレイム】:瞬間:バトル相手のユニットが装備しているリンクカード1枚を破棄する。
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炎のウマではなく、マグマの中を泳ぐタツノオトシゴ。つまりはシーホース。
溶岩から出てくることはないが、かなり遠くまで届く火炎放射で攻撃してくる。
「まずい相手ね……私の【ゴリアテ】では、バーニアが壊されてしまうわ」
「ここは、わたしにお任せあれ! いでよ、空軍の使徒【エアリアル・グリフォン】!
マグマに満ちたダンジョンに、空の広さを知らしめよ!」
Cards―――――――――――――
【 エアリアル・グリフォン 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃2200/防御2100/敏捷190
効果:このユニットは常に【タイプ:飛行】以外のユニット全てに攻撃と防御-1000を与える。
スタックバースト【裂空波】:瞬間:フィールド上に存在するユニット以外のカード全てを破棄する。
――――――――――――――――――
「グェオオオーーーーーーン!」
ソニアが愛用するユニットの1体、高山で捕獲したグリフォン。
水晶洞窟もそうだったが、ダンジョンは地底にあるため飛行モンスターが少ない。
それゆえ、ことごとく弱体化が刺さり、★2モンスター程度なら一方的に攻められる。
さらに戦車【ゴリアテ】が装備している【航宙型新式機関バーニア】は、飛行タイプを与えるので被害を受けない。
全てが噛みあった今、この姉妹に敵はいないかと思われたが――
Enemy―――――――――――――
【 レッド・モルフォ 】
クラス:コモン★ タイプ:昆虫
攻撃300/HP200/敏捷80
効果:このモンスターが破棄されたとき、プレイヤーのライフに200ダメージを与える。
スタックバースト【爆ぜる鱗粉】:瞬間:ターン終了まで、ユニット1体の防御力を半減させる。
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「うえぇ……キラキラ燃えているみたいで、きれいなのですが……」
「ただでさえライフが削れていく場所に、このモンスターを配置するのは極悪よね」
その名のごとく、真っ赤な体色が美しいチョウの★1モンスター。
なんと、爆裂する鱗粉を身にまとっており、倒すとプレイヤーがダメージを受けてしまう。
開発者の悪意ともいえるギミックに襲われながらも、2人は次々と試練を突破していった。
「もうすぐ最深部よ。ここで一旦休憩して、回復しておきましょう」
「あ! もしかして、セレスティナ殿がくれたお弁当です?」
「ええ、偶然拾った野良メイドだけど、想像以上に優秀で驚いてるわ」
「我らがギルドに優秀な人材がそろっているのは、お姉さまの才能あってのこと。
こればかりは、どれだけカードが強くても成し得ないものです。
さらには多人数戦での戦陣指揮! あれも他の人には務まらない見事な采配で――」
「褒めてくれるのはうれしいけれど、ライフが減っていくから早く食べなさい。
あなたの好きな卵焼きが入ってるわよ」
「やったー! 卵焼きー!」
セレスティナが作ってくれたのは、卵焼きや唐揚げが添えられた俵おにぎりの和風弁当。
冒険の最中でも食べやすく、2人は共にマグマの海を眺めながら休憩を取る。
ライフが完全回復したところで、いよいよ最深部へ。
高難易度ダンジョンに潜む★3モンスターを求めて、姉妹は突き進んでいった。




