第18話 炎熱の試練 その3
欲しがっていたものを手に入れた子供は、ひたすら上機嫌になるものだ。
今のソニアが、まさにそれ。【イモータル・フェニックス】のカードを手に、満面の笑顔で姉の後ろを歩いている。
「用は済んだはずなのに、なんで私の狩りについてくるのよ」
「無論、世界に冠たるお姉さまの妹だからです」
「あのねぇ、あなたは強いプレイヤーになってきたし、もうすぐ同じ大会に出るの。
つまりはライバル同士ということ。分かってる?」
「いえいえ、ライバルなど滅相もない。
わたしはお姉さまのために強くなっているのであって、超えるためではないのです」
「じゃあ、対戦相手になったらどうするの?」
「そのときは、もちろん!
手を抜くわけにはいかないので全力で戦うことになると思うのですが、当然のようにお姉さまが勝つはず!」
「そう言い切れる根拠は?」
「それは、言わずもがな! お姉さまは史上最高空前絶後の、超強いお姉さまだからです!」
「………………」
会話の中から『根拠』の2文字が吹き飛んだ。
ソニアは自分が勝つことなど、米粒ほども考えていないのだろう。
普通なら家族であろうと負けたら悔しいし、それが原因でケンカになったりもする。
しかし、ソニアは姉を崇拝するあまり、超えるどころか横に並ぼうとすら考えていない。
世界で最も敬愛するクラウディアが勝つのは当然であり、どうにか役に立ちたい一心で強くなってきたのだ。
「まあ……実際に赤晶竜のときは、あなたのカードに助けられたわ。
それはありがたいけれど、少しは自分自身の野心も残しておきなさい」
「つまり、自分のために成長しろと?」
「そういうこと」
「でしたら、ぬかりはないのです!
全てをお姉さまに依存していたのでは、言われなければ何もできないクソ人間になってしまうと思うので!
可能な限り自分の力で考えつつ、全身全霊でお姉さまの片翼になる所存であります!」
「はぁ……全然分かってないわね。
それと、クソはやめなさい。そんな言葉、誰があなたに教えてるの?」
「はっ! サクヤ殿とユウ殿です!」
「よりにもよって、年長組が……」
ギルドのリーダーとして、姉として、クラウディアが頭を抱える問題は多い。
先ほどヒヤリとさせられた危機感はどこへやら。姉の前では完全に子犬のような妹だ。
なまじ優秀な頭脳と発想力を持っているだけに、心底もったいないとクラウディアは思う。
もっとも、これほどまでに姉を信頼しているのは、生まれ育った複雑な家庭に起因する。
戸籍上は5人姉妹の4女と末娘だが、他の姉たちとは母親が違うのだ。
歴史のある名家において、それは大きなマイナス点。
生まれたばかりの彼女たちに向けられたのは、大人たちの嘲笑と奇異の目であった。
しかし、生まれ持った才能でクラウディアは道を切り開き、自身の居場所を確保する。
訳も分からず背中を見ながらついてきたソニアにとって、その存在は戦旗を掲げる英雄がごとし。
物心がついたときには、すでに自身の全てをもって姉を支えると決めていた。
「ところで、我々はどこへ向かっているのです?」
「見てのとおり、下よ」
火口のある山から少し離れ、2人は大きな洞窟の中にいた。
このあたり一体は『火山エリア』と呼ばれ、溶岩クジラが棲まう山を中心に、間欠泉やカルデラ湖などの地形が広がっている。
専門の地質学者に監修してもらったらしく、ファンタジー要素を含みながらも地球の自然環境が再現された世界だ。
そんな火山の一角に、広大なダンジョンがある。
大型ユニットを使うには若干狭いのだが、飛行形態になった戦車【ゴリアテ】は空中を通り抜けることができた。
しばらく進んでいくと、視界が赤く染まるほどの熱気が2人を包み込んでいく。
「さて、ここから先は超危険地帯。環境ダメージが【耐熱のポーション】を貫通してくるわよ。
具体的には1秒間に1ポイントのスリップダメージ」
「ライフは4000なので、67分後にはゲームオーバーということですか……聞くだけでヤバそうです」
「パワードスーツでも着ていれば話は別だけど、まあ、あんなものに多額のポイントをつぎ込むのは物好きね。
トイレは済ませてあるかしら? この先は時間との勝負だから、あまり休憩を挟めないわよ」
「大丈夫です! そもそも不死鳥との決戦だったので、見たい番組の録画から学校の宿題まで全部済ませてありますとも!」
「いい子ね。それじゃ、行きましょうか」
デンジャーゾーンに踏み込んだ直後、2人のライフは3999、3998、3997と、1秒ごとにすり減っていく。
【耐熱のポーション】で緩和されていない場合は、なんと秒間100ダメージ。
ここを探索するには大量のポーションと、HP回復の手段が必要だ。
「ううっ……たしかに、これはヤバい。
大人の真似をして、うっかりサウナに入ってしまったときの”しくじり”に似ているです」
「子供は熱に弱いんだから気をつけなさい。
あなたは目を離すと、すぐどこかに行って――」
「ムゥムー」
「あら……?」
奇妙な鳴き声に足を止めると、岩を背負ったアルマジロのようなモンスターが現れた。
危険なほどの局地でありながら、この環境を好んで棲む生物もいる。
Enemy―――――――――――――
【 ムゥムー 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃1600/HP3800/敏捷10
効果:このモンスターが攻撃を受けたとき、減るHPが半分になる。残りのHPが2000以下になると発動しない。
スタックバースト【環境適応】:永続:このモンスターの攻撃ステータスをHPに加算する。
――――――――――――――――――
「おお~、こんなところにも【ムゥムー】が!」
「火山に生物がいる時点でファンタジーね。
この子はおとなしいからいいけれど、襲ってくるモンスターもいるわよ」
上級者向けの高難易度エリアだが、【ムゥムー】は癒やし担当。
こちらから攻撃しない限り戦闘にならず、静かに鉱物を食べているだけだ。
岩のように見えるのは硬質化した皮膚で、いざというときには環境に擬態することができる。
のそのそとマイペースに歩く姿に別れを告げ、さらに奥へと進んでいくこと数分。
やがて姉妹が目にしたのは赤熱したマグマの海と、島のように浮かぶ陸地であった。
とても広い空間だが、ここは立体的なアスレチックダンジョン。
足を滑らせてマグマに落ちようものなら、パワードスーツを着ていても助からない。
「ここが火山で最も危険な場所、地底溶岩湖。
別名、『炎熱の試練』。私についてきたことを後悔するかもしれないけれど、これも良い機会だと思って――」
「うっひょ~、眼下に広がる紅蓮の海! めちゃくちゃ面白そうなダンジョンです!
後で”選ばれし者だったのに”ごっこをやりましょう!」
「やらないわよ! はぁ……心配するだけ無駄みたいね」
相変わらず人の話を聞かない妹と、呆れながらも先導する姉。
ミッドガルドで最も高温のダンジョン、溶岩で満たされた灼熱の地底湖。
そこには地上では見られないような、珍しいモンスターが数多く生息していた。




