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第15話 第8の大罪 その4

【 ステラ 】 ライフ:4000

ナイアーラホテップ

 攻撃2400/防御2200

バイコーン

 攻撃1400(+800)/防御1200

 装備:カースド・スカル

 ひとしきり涙を流したステラは気持ちを落ち着かせ、持ち物とカードを確認する。

 日記の内容に準じるなら、エイブラハムを死に至らしめた『実験体17号』が施設内にいるはずだ。


 17号が暴れ始めたとき、逃げ延びた彼は16号【ナイアーラホテップ】の休眠を解いて戦わせようとした。

 しかし、攻撃を命令する前にエイブラハムは死亡。なぜ目覚めたのかも分からないまま、16号は放浪して外へ出てしまう。


「もしも、まだ残っていたら……同じ人間から生まれたクローン同士が戦うことに……」


 それがどんなに悲しいことなのか、ステラにも分かっていた。

 どう転んでも不幸な結末しか待っていない。

 しかし、ここまで来たからには決着を付けなければいけないのだ。


 今なら引き返すこともできるが、きっと後悔するに違いない。

 事の顛末を最後まで見届けて、全てを解決させたい。


 決意を胸に歩き始めると、エイブラハムが流したと思われる赤黒い血の跡が、床に点々と続いていた。

 試験管が並ぶ部屋の奥には非常時の隔壁があり、赤いバイオハザードのマークが描かれている。

 慌てて緊急遮断レバーを下げて閉じたらしく、血の跡はそこで途切れていた。


「いいですね……いきますよ」


 ステラは【バイコーン】と【ナイアーラホテップ】に告げると、レバーを上げて隔壁を起動させる。

 ビーッ、ビーッと赤いランプが警報と共に室内を照らし、隔壁は天井へと収納されていく。


 その向こう側に広がったのは、遺伝子結合を行うための大きな実験機械。

 これを使って数々の怪物を生み出し、娘を蘇らせようとしたのだろう。

 中央にはひときわ大きな試験管があったが、派手に壊されて割れている。


 そして、室内には奇妙な肉塊がひとつ。

 隔壁が完全に開いた直後、肉塊から素早く触手が伸びて、もぎ取るように緊急遮断レバーを破壊してしまった。


「……っ!? あなたが17号……ですね?」


 肉塊からズルズルと這い出てきた人物を見て、ステラは思わず語りかける。

 彼女こそが父親を狂わせた原因、難病に命を奪われたマリア・オーティスのクローン体。

 長い金髪の可愛らしい少女であったが、それは半分だけ。

 胸から下は異形に取り込まれ、まるで目覚めたかのように変異し始めた。


 最初に肉塊を突き破って飛び出したのは、カニのような甲殻類の足。

 体の中央で巨大な口が割け、乱雑な歯並びの牙が伸びていく。

 その他の部分は、もはや肉塊としか言いようがない。

 取り込んだマリア・オーティスの上半身と共に、実験体17号は悲鳴のような咆哮を上げる。


「キィイイイアアアアアアアーーーーーーーーッ!!」


Enemy―――――――――――――

【 実験体M-17号 ”アザトース” 】

 クラス:??? タイプ:人間/動物/植物/飛行/竜/水棲/昆虫

 攻撃20000/HP20000/敏捷80

 効果:お互いのターン開始時に発動。

 ★2以下のユニット全てを破棄し、そのステータスと【タイプ】および【効果】を得る。

 スタックバースト【---】:--:このモンスターはスタックバーストを持たない。

――――――――――――――――――


 地下に隠された研究所での最終決戦。それは同じ親に生み出され、同じ人間の細胞から作られたクローン同士の戦い。

 叫ぶだけで衝撃波を巻き起こすような威圧感の中、三角帽子を手で押さえたステラは、相手のステータスと効果に目を見開く。


「★2以下のユニットを破棄……まずいです! 【バイコーン】!」


「ヴヒヒヒヒヒーーーーン!!」


 気付いたときには、すでに遅し。

 触手に捕縛された【バイコーン】の体が持ち上がり、巨大な口へと引きずり込まれて噛み砕かれる。

 その遺伝子情報を吸収した実験体17号【アザトース】は、より強靭な生命へと進化。

 悪魔タイプを得たことでコウモリの翼が生え、ステータスの数値も跳ね上がった。


「そんな……初見殺しにも、ほどがあります!」


 開幕に★2以下のユニットが全滅するという時点で、非常に難易度が高いクエストだ。

 厳しい洗礼を浴びたものの、【バイコーン】が残してくれた敏捷判定によってステラは先攻。

 助けてくれる仲間がいない以上、これからの攻撃に全てが掛かっている。


 相手のHPは2万、ソロで戦うには膨大な数値だ。

 反撃のターンを与えたが最後、鉄壁の防御など持っていない彼女は一撃で消し飛ばされてしまうだろう。

 恐怖のあまりパニックに陥ってもおかしくない状況の中、ステラは冷静に情報をかき集める。


「(あれ? 【アザトース】のステータス……何かおかしいような?)」


 知略に長けたVR世界の魔女は、すぐさま異変に気付いた。

 相手のHPは2万ちょうど。普通ならユニットを取り込んで上昇するはずの数値が、まったく変動していない。


「もしかして……プロジェクトカード! 【豊穣なる大地(ティル・ナ・ノーグ)】!」


Cards―――――――――――――

【 豊穣なる大地(ティル・ナ・ノーグ) 】

 クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード

 効果:ターン終了まで、【タイプ:植物】のユニット全ての【基礎攻撃力】と【基礎防御力】に+800。

――――――――――――――――――


 フィールド全域に効果をもたらす、植物タイプの強化カード。

 【ナイアーラホテップ】は攻撃と防御が800ずつ上昇したが、【アザトース】のほうは攻撃力が1600上昇。

 その原因に気付いたとき、ステラは確信めいた声を上げる。


「やっぱり! 【バイコーン】、あなたなんですね!?」


 ユニットを取り込む際、【アザトース】は相手のステータスとタイプ、そして効果を吸収する。

 それによって付与されたのは、『このユニットに与えられた強化効果は、全て攻撃ステータスに加算される』という【バイコーン】の能力。

 おかげでステータス強化の全てが攻撃に回され、HPは2万から変動しなくなったのだ。


 異形に取り込まれながらも、ユニットが必死に抵抗しているかのような状況(シチュエーション)

 本来なら増えているはずのHPを、忠実な黒馬が抑えてくれていた。


「ありがとうございます。あなたが取らせてくれた先攻……そして、最後の抵抗。

 どれひとつとして、無駄にはしません!

 リンクカード! ライフを2000捧げて、【魔導書『ネクロノミコン』】を装備!」


Cards―――――――――――――

【 魔導書『ネクロノミコン』 】

 クラス:レア★★★ リンクカード

 効果:このカードを装備させるとき、自分のライフを半分まで支払える。

 支払ったライフと同数の攻撃ステータスを、装備したユニットに追加する。

――――――――――――――――――


 ライフを大幅に削りながらも、永続的に攻撃力を2000まで高められる★3リンクカード。

 禁じられた魔導書の力で、【ナイアーラホテップ】の攻撃力は5200まで強化される。


「キュロロロラララララッ」


「勝ちましょう、ナイアーラちゃん。

 自分の妹を倒すなんて、到底許される罪じゃなさそうですけど……私も一緒に背負います!

 全てを終わらせるために、今こそ――【同族殺しの大罪】!」


Cards―――――――――――――

【 同族殺しの大罪 】

 クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード

 効果:ターン終了まで、同じタイプのユニットとバトルした場合、ユニットの攻撃ステータスは2倍になる。

――――――――――――――――――


 実験体16号と17号、まさしく同じ遺伝子を持つ者たちの殺しあい。

 その罪を象徴するカードを発動させたステラは、決意の表情に満ちていた。


「【ナイアーラホテップ】! 攻撃宣言!」


「キュルルルルアアアアアアーーーーーーッ!!」


 音を立てながら形状を変え、体の半分を引き裂いて口へと変えた【ナイアーラホテップ】。

 巨大なあぎとが肉塊に食らいつき、10400もの大ダメージを与える。


「ホキャアアアアアアアッ!!」

「グワアアアーーーーーーッ!!」


 2体の異形が叫びながら組み付く姿は、何も知らない者から見れば悪夢だろう。

 しかし、これは悲劇なのだ。

 同じ親の愛から生まれて、自分同士で殺し合う。こんなに悲しいことはない。


 やがて【ナイアーラホテップ】を振りほどいた【アザトース】は、雄叫びを上げて2本の腕を作り出す。

 肉塊から生成されたそれは、鋭い爪が生えた凶器であった。

 取り込まれたマリアのクローン体は怒りの形相でにらみつけ、金切り声のような咆哮で威嚇する。


「キェエエエエエーーーーーーーッ!!」


「そうですよね……あなたも生きたい。

 どんな姿でも、命があるなら生きていたい。それは分かります。

 でも、終わらせなければいけないんです。あなたに攻撃のターンはゆずれません」


 まだステラのターンは終わっていない。

 相手のHPは9600も残っているが、それを削り切る手段は残されている。


「リン、使わせてもらいますよ。

 ユニット召喚! 【ユゴス星の菌類】!」


Cards―――――――――――――

【 ユゴス星の菌類 】

 クラス:アンコモン★★ タイプ:植物

 攻撃1300/防御1300/敏捷40

 効果:自身が攻撃する代わりに【タイプ:人間】のユニット1体を操り、任意の目標に攻撃できる。

 対戦相手のフィールドにユニットがいない場合は、プレイヤーに対して直接攻撃させることが可能。

 スタックバースト【洗脳強化】:瞬間:ターン終了まで、上記効果で操ったユニットに攻撃力+800。

――――――――――――――――――


「クキキキキキッ」


 それはかつてリンが引き当て、やり場に困ってステラと交換した1枚であった。

 異形同士の戦いに紛れ込んだ、さらなる異形。

 その名状しがたい姿を例えるなら、顔が根っこのようになったトンボのヤゴ。

 ラヴィアンローズでは『地球防衛軍に襲いかかる外宇宙からの侵略者』という設定で、人間ユニット1体を操ることができる。


「ユニット効果発動! 操るのは【ナイアーラホテップ】!」


 そして、実験体たちも人間ユニットに含まれていた。

 【ユゴス星の菌類】が怪音波を放つと、攻撃を終えたはずの【ナイアーラホテップ】が再び動き出す。


「このあぎとは、二度あなたを喰らう!

 【ナイアーラホテップ】! 再攻撃っ!!」


「キュルアアアアアアアアアアッ!!」


 主人たる魔女の命を受け、異形の怪物は二度にわたって喰らいついた。

 同族殺しの大罪、ここに完遂。

 わずか1ターンでHP2万を失い、その姿を維持できなくなった【アザトース】は泥のように溶けていく。

 取り込まれていた少女のクローン体も肉塊に埋もれて運命を共にし、あがくように悲鳴を上げた。


「アアアアッ! ウァ……アアアア……アア……ッ!」


「ごめんなさい……」


 肉塊と共に溶けていく少女を、ステラはただ見ていることしかできない。

 対峙した時点で、どちらか片方が消える運命。自我を保てない異形の実験体など、この世に生まれてきてはいけなかったのだ。


 やがて、実験体17号は跡形もなく消滅。

 そして――戦闘が終了した直後、プシューッと施設の機械が作動して、壁の向こうに収納されていた何かが現れる。

 それはSF映画で宇宙航行に使うような冷凍スリープポッド。


「あれは……マリアさん!」


 ポッドの中で冷凍保存されていたのは、先ほど肉塊に取り込まれていた人物と同じ金髪の少女。

 全ての実験体たちのオリジナル、マリア・オーティス本人の亡骸(なきがら)であった。


 この少女を蘇らせるために、父親は狂気に手を染めたのだろう。

 それが分かってしまうほどマリアは安らかに、今にも目覚めそうな可愛らしい顔で永遠の眠りについている。


 と――そこでステラのコンソールが輝き、クエストの達成が通知された。


Notice――――――――――――

【 クエスト達成報酬を受け取れます 】


 上級『隠された研究所で全ての日誌を読む』

 上級『【実験体M-17号 ”アザトース”】を討伐する』

 特級『単独で【実験体M-17号 ”アザトース”】を討伐する』

――――――――――――――――――


「この報酬は……2枚目と3枚目のナイアーラちゃん!?」


 地下研究所のクエストは極めて特殊であり、実験体に秘められた謎の解明と、その強化を行うことができる。

 まずは上級2種の報酬で、追加のユニットカードを入手。

 これでステラは一気に3枚の【ナイアーラホテップ】を扱えるようになった。


 さらにソロ撃破による特級の報酬。

 それは研究所での顛末を知る者に与えられた究極のプロジェクトカード。


Cards―――――――――――――

【 生体完全適合ラスト・エボリューション 】

 クラス:レア★★★ プロジェクトカード

 効果:永続効果。ユニットが5つ以上の【タイプ】を所持している場合のみ有効。

 該当するユニットは同じ【タイプ】の相手からダメージを受けず、プレイヤーへの貫通ダメージが半減する。

――――――――――――――――――


 フィールド全体に効果を及ぼすが、どう考えても【ナイアーラホテップ】にしか意味がないカード。

 これを発動させることで、実験体には足りなかった防御面が大幅に強化される。


 有用な効果を持つプロジェクトだが、それ以上に所有者の胸を打つ1枚。

 これを使用することで、実験体はエイブラハムが渇望した『完全なる適合』へと至るのだ。


「ありがとうございます、マリアさん……大切に使います」


 ポッドの中で静かに眠る少女と、その前に立つステラ。

 そして、人間の遺伝子を受け継いだ実験体。

 再び感涙を流したステラは、新たな決意を胸に燃やし始める。


「私には何の(こころざし)もなく、魔女の衣装を手に入れるまでは自分らしさが足りないと言われていました。

 でも……頑張らなくちゃいけませんね。ナイアーラちゃんと、マリアさんと、これまでの実験体。

 そして、何より――私自身のために」


 寂しさを紛らわせるために始めたラヴィアンローズの世界で、ステラは自分自身の道を見出(みいだ)す。

 背負うと覚悟したのだ。同族殺しの大罪を。

 かけがえのない相棒と、彼女(ナイアーラホテップ)にまつわる物語を知った今、未熟だった魔女は精神的に大きく成長する。


 まもなく始まるジュニアカップを前に、またひとり。

 リンやクラウディアを(おびや)かす存在が、覚醒というべき変貌を遂げたのだった。

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