第13話 第8の大罪 その2
その場所はミッドガルドでも非常に珍しい、現代的な施設であった。
冷たい金属の壁に、何本ものパイプやチューブがむき出しになった通路だが、そこを歩くのは杖とランタンを持った三角帽子の魔女。
いかにも研究所らしい地下空間には、ぼんやりとした機械式のライトが点々と灯っている。
そのままでは視界を保つのが難しいほど薄暗く、SFホラー映画さながらの不気味さだ。
「(こんな場所があるなんて、一度も聞いたことがありません。
おそらく、今まで発見されていなかった未知のエリア……)」
新規追加されたであろう【ナイアーラホテップ】が鍵になっている時点で、ここはミッドガルド攻略の最先端。
オルブライトがそうであったように、今はステラ自身の手で新たな道を切り開いている。
しばらく通路の中を進むと、奥のほうに見えたのは明るい広場。
天井から人工的なライトで照らされ、地下水が部屋じゅうに行き渡っていた。
「ここは……植物の栽培場?」
奇しくもリンたちが魔導書庫の庭園で休んでいた頃、遠く離れたステラも屋内の緑地へとたどり着く。
しかし、それぞれの趣旨はまったく違う。
庭園は草花を楽しむための場所だが、ここは水耕栽培プラント。
誰も手入れをしていなかったようで、伸び放題になったツタが壁を覆っている。
「ブルルルルッ」
その部屋に潜む何かに気付き、威嚇の声を上げる【バイコーン】。
植物に混じっていた2体のモンスターが動き出し、侵入者に襲いかかってきた。
Enemy―――――――――――――
【 マンイーター 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:植物
攻撃3000/HP3000/敏捷30
効果:バトルしたとき、【タイプ:動物】と【タイプ:人間】のユニットに対して攻撃+600。
スタックバースト【強力消化液】:瞬間:ターン終了まで、バトル相手の防御力を半減させる。
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現れたのは、ツタを触手のように動かすウツボカズラ。
獲物を捕縛して引きずり込み、強酸で満たされた『補虫袋』の中に閉じ込めてしまう。
その名のとおり人間も餌食にするようだが、捕食している場面はあまり想像したくない。
「なるほど……普通の栽培場じゃないみたいですね。
一気に終わらせます! プロジェクトカード、【スロウ・ブリザード】!」
Cards―――――――――――――
【 スロウ・ブリザード 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:ターン終了まで、【敏捷】が60以下のモンスターおよびユニット全てはステータスが半減する。
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ステラが扱うカードは、まさに魔法。
風が吹かないはずの地下栽培場に、突如として襲いかかる冬の嵐。
動きの遅い植物モンスターはひとたまりもなく、氷雪の中で大幅に弱体化する。
「【バイコーン】にリンクカードを装備、【カースド・スカル】!」
Cards―――――――――――――
【 カースド・スカル 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:攻撃+400、防御-400。
【タイプ:悪魔】または【タイプ:アンデッド】が装備した場合、上記の防御力低下は上昇に変化する。
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闇の力を持つリンクカード。呪われた頭蓋骨がネックレスのように【バイコーン】の首を飾り、そのステータスを強化させた。
タイプの条件を満たしているため、攻撃と防御が400ずつ上昇。
さらに【バイコーン】は全ての強化効果を攻撃力に変換するので、最終的に攻撃+800となる。
「準備完了です! 攻撃宣言!」
「グヒヒヒヒーーーーン!」
「キュルルルルラララッ」
双角から闇のエネルギーを放つ黒馬と、巨大な口で食らいつく実験体。
凍てついて弱体化した植物モンスターを、2体のユニットが瞬時に蹴散らす。
一方的かつ、あざやかな1ターンキル。
戦闘が終了して【スロウ・ブリザード】が消え去ったときには、何事もなかったかのように静かな栽培プラントへ戻っていた。
「地下の研究施設に、植物モンスターを育てていた栽培場。
とても嫌な予感がしますけど……先に進むしかないですね」
休憩もそこそこに、次の部屋へと足を進めるステラ。
この研究所が異様な雰囲気に包まれているのは、入口の扉を開いたときから分かっていた。
しばらく通路が続き、貨物用の大型エレベーターを使って、さらに地下へ。
そうして彼女たちが着いたのは、とても広い空間。
SF映画で見るような大型の試験管が並ぶ、科学的な生体研究エリアであった。
液体で満たされた試験管の中に浮いているのは、ミッドガルドの各地に棲むモンスターたち。
森のオオカミや角ウサギ、沼地のカエル、背中から大きな翼が生えたヘビ。
様々な種類のクモと昆虫、本来ならば海にいるであろう魚介類。
そして、この大雪嶺山脈に生息する凶暴なワイバーン。
「さっきは植物……今度は動物、飛行、昆虫、水棲、竜……」
【ナイアーラホテップ】が持つタイプのほとんどが、試験管の中に揃っている。
すでに生きていないらしく、ホラー映画のように試験管から飛び出して襲ってくる気配はない。
この部屋には研究用の机などもあり、卓上に書き殴られたレポートが置いてあった。
Tips――――――――――――――
【 研究日誌 No.27 】
狩人たちがワイバーンを運んできた。
注文どおり、死んだ直後の状態だ。これなら完全な形で細胞を保管できる。
そんなものを何に使うのかと連中はしつこく聞いてきたが、薬の材料だと言って帰らせた。
こちらも仕事に見合った報酬を支払っているのだ。
余計な詮索をして、私の身辺を嗅ぎ回るようなら……そのときは……
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おそらく、この施設にいた研究者が書いたものだろう。
狩人を雇ってモンスターの死体を集めていたようだが、よほど人に知られたくない研究をしていたと思われる。
さらに奥の部屋があるらしく、ステラはモンスターが並ぶ試験管の間を進んで、扉の前へとやってきた。
相変わらずミッドガルドとは思えない機械的な扉には、いよいよ核心に迫る文字が書いてある。
「……『Project-M』……」
つぶやきながら横を見ると、入り口と同じように手の形をした生体認証装置があった。
ステラは【ナイアーラホテップ】に向かってうなずき、再び認証を解除して開けてもらう。
プシューッと左右に開いていく最後の扉。
その向こう側は、まさに悪夢。人類が至ってしまった科学文明の闇。
命を冒涜するような禁断の実験室が、ステラの眼前に広がったのだった。




