第12話 第8の大罪 その1
リンたちが大冒険を繰り広げている頃、ひと足先に出発したステラは山岳地帯まで来ていた。
テスト勉強の合宿で仲間たちと共に登った大雪嶺山脈。
村からはかなり離れた場所だが、俊足を誇るウマが彼女を乗せて駆ける。
Cards―――――――――――――
【 バイコーン 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:悪魔
攻撃1400/防御1200/敏捷140
効果:このユニットに与えられた強化効果は、全て攻撃ステータスに加算される。
スタックバースト【穢れし双角】:永続:このユニットの攻撃は回避および無効化ができない。
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「ブルルルルッ」
「ありがとうございます、【バイコーン】。
おかげで、あっという間でした」
完全にウマの姿をしているが、これも魔族の一種。
頭から2本の角を生やし、軍馬のごとく強靭で黒い体に、闇で輝く邪悪な赤眼。
その背に乗ったステラが優しく撫でると、悪魔の獣は静かにいななく。
西洋の伝承によると、ユニコーンは汚れのない清らかな乙女を好み、対となるバイコーンは貞操意識が低い汚れた女性を好むという。
もっとも、ラヴィアンローズの世界では子持ちの婦人だろうとユニコーンに乗れるし、バイコーンもまた然り。
「さて……このあたりでしょうか」
周囲に他のプレイヤーがいない、深く閉ざされたミッドガルドの山中。
そこまでやってきたステラは、ウマから降りて1体のユニットカードを取り出した。
彼女が常に着続けている強者の証、ハロウィンイベントの限定報酬。
上級魔女のコスチュームに付与された効果により、召喚するユニットは全て魔法陣から現れる。
「ユニット召喚――【ナイアーラホテップ】」
Cards―――――――――――――
【 実験体M-16号 ”ナイアーラホテップ” 】
クラス:レア★★★ タイプ:人間/動物/植物/飛行/竜/水棲/昆虫
攻撃2400/防御2200/敏捷70
効果:1ターンに1回使用可能。フィールド上にいるユニット1体と同じ【タイプ】を得る。
スタックバースト【禁断の生命】:永続:このユニットの攻撃と防御が『所有する【タイプ】×300』上昇する。
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「キュルルルルラララララッ」
甲高い奇声を上げながら魔法陣から現れたのは、ムカデのような長い体に、ハエトリ草を思わせる奇怪な頭部。
ボロボロになった竜の翼、海洋生物の触手、昆虫の節足、人間に似た5本指の両腕。
様々な生物を組み合わせたグロテスクな実験体。外なる神の名を与えられし【ナイアーラホテップ】であった。
常人であればトラウマになりそうな異形に近付いたステラは、他のユニットを可愛がるときと同じく、目も鼻もない頭部を撫でる。
うれしそうに何本もの舌を伸ばして、ダラダラと粘液を垂れ流す【ナイアーラホテップ】。
この魔女には――ステラには、生まれつき恐怖と生理的嫌悪が備わっていない。
どんなに怖いホラー映画を見ても、怖いと思ったことは一度もない。
ゆえに相手が異形であろうと受け入れ、別け隔てなく愛することができる。
「ここはあなたと出会った山です。何か見覚えはありませんか?」
「ギュルルルルルル……」
合宿で山へ来たとき、ステラはこの生物と戦って捕獲した。
そこで浮上したのが『なぜこんな山奥に実験体がいたのか』という疑問。
そのときは仲間との山登りを優先させたが、いずれ調査したいと思い続けていたのだ。
おそらくは5周年のときに追加された新種のモンスター。
大雪嶺山脈で怪物を見たという報告はネットにも上がっているが、なぜそこにいたのかを突き止めた者はいない。
「キュララロロロロ」
「そっちの方向に行きたいんですか?
分かりました、一緒に向かいましょう」
懐かしい山岳へと帰ってきた【ナイアーラホテップ】は、浮遊しながら登山道から外れて動き出す。
ステラは再び【バイコーン】に乗ると、実験体の後を追いかけた。
いくつかの岩場や沢を越え、下手に足を踏み入れたら遭難しかねないほど険しい山地を進む怪物たち。
やがて、実験体がぴたりと動きを止めたとき――そこには固く閉ざされた金属の扉がひとつ。
ミッドガルドは北欧神話をモチーフにした幻想世界だが、ファンタジーな雰囲気とはまるで逆。
明らかに現代的な科学文明で作られた、シェルターを思わせる垂直の壁だ。
「こんな山奥に機械の扉が!?
ナイアーラちゃんの誘導がないと見つからない場所ですね。
捕まえた場所の近くに連れていけば、何か起こるかも……と思ってましたけど」
ステラの読みは当たっていた。
これから始まるのは、【ナイアーラホテップ】を召喚した状態で大雪嶺山脈に来なければ発生しない隠しクエスト。
Quest―――――――――――――
【 神に背きし者 】
特殊なクエストの発生条件を満たしました。イベントを開始しますか?
・Yes
・No
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「…………っ!」
空中に浮かんだ選択肢に驚きながらも、迷うことなく『Yes』を選ぶステラ。
その直後、壁の隣にあった機械が作動して、手の平のような形を浮かび上がらせる。
「これは……生体認証?」
ステラは自らの手を伸ばし、認証装置らしきものに当ててみた。
しかし、すぐさま赤い文字が出て『ERROR』と表示されてしまう。
「ダメですね……誰かを連れてこなければ開かないんでしょうか?
ナイアーラちゃんの手では、さすがに大きすぎますし」
実験体にも人間らしき手はあるが、ステラを掴み上げられそうなほど巨大だ。
どうしようかと考え始めたとき、【ナイアーラホテップ】は触手を絡み合わせて、まるで人間のような手の形を作り出す。
それをピタリと認証装置に当てると『PASSED』の文字が表示され、機械音を立てながら扉が開いていった。
Tips――――――――――――――
【 生体承認完了 】
DNA情報一致 …… マリア・オーティス
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「マリア・オーティス?」
突如として聞いたこともない名前が表示され、誰のことかと困惑するステラ。
扉を開けたのは【ナイアーラホテップ】の触手だ。
この実験体は数々のタイプを持つ怪物だが、中には【タイプ:人間】も混じっている。
おそらくは扉を開けることを許可された人物のDNA。
そして――ユニットの名前は【実験体M-16号 ”ナイアーラホテップ”】。
「マリア……Maria……M-16号……」
ステラには恐怖心がない。生理的嫌悪も感じない。
しかし、知ってはいけない禁忌に触れようとしているのは、直感として気付いていた。
『M』という文字が何なのか。
その人物と実験体に、いったい何の関係があるのか。
「ナイアーラちゃん、あなたは……」
「キュロロロロロ」
異形の怪物は何も言わないまま、相変わらず恐ろしい見た目で浮遊している。
機械的な仕掛けで開いたシェルターの扉も、深淵のような闇を湛えて彼女を待つ。
その奥には、きっと重大な秘密があるはずだ。
深く呼吸して心を落ち着かせたステラは、照明用のランタンを取り出して内部へと踏み込んだ。




