第10話 魔導書庫へのいざない その9
「姉さん……本当に天井まで引くつもり?」
「何を言ってるの、あと50連で天井でしょ?
ここでやめたら、今まで注いだ250連がもったいないじゃない!」
そのとき、セレスティナ――もとい、後にラヴィアンローズの世界で活躍することになる少女は、とあるオーディション会場にいた。
芸能事務所のスタッフに扮して選考しているのは、歳が離れた彼女の姉。後のテレーズである。
一部の女性たちに人気を得ていた『ライブドリーム・プリンス』のゲーム内で、姉はピックアップガチャに挑んでいた。
すでに250回も引いているが目当てのアイドルは現れず、まもなく確定チケットがもらえる救済ライン、いわゆる天井に届こうとしている。
「さあ、260連目! 来い、来い、来い、来いっ!」
同じVR空間ではあるが、ガチャ演出はゲームによって大きく違う。
ラヴィアンローズは米国製なことに加え、TCGらしさを主題にしているため、パックを買って開けるだけのシンプルなもの。
それに対し、この『ラププリ』は世界随一のソシャゲ大国である日本製。
好きなように男性アイドルグループを作るというコンセプトから、封筒を開けて10枚の履歴書を取り出す演出になっている。
Cは白い履歴書、Rは青い履歴書、SRは紫の履歴書、そしてSSRは虹色の履歴書。
そして、姉が願いを込めて開けた封筒からは――白と青の封筒が9枚、紫の封筒が1枚。
この手のゲームでは爆死扱いの最低保証。10連を回したことで確実に1枚出てくるSRも、すでに持っているキャラだったので何の演出もない。
「あ……はい……次いってみよう!
うわあぁ、石がなくなっちゃった。買い足さなきゃ」
「姉さん! これ以上課金したら、先週入ったバイト代を全部使っちゃうんじゃ……」
「構わないでしょ、実家暮らしだから露頭には迷わないもの。
稼いだお金を推しのために使う! これが大人、これぞ人生最高の贅沢!」
「贅沢するなら、美味しい食事とか旅行にお金を使えばいいのに」
「正論ね、私の可愛い妹ちゃん。
でも、あなたはまだ小学生だから、きれいなものしか知らないの。
よ~し、あと40連ぶん補充したああぁ!」
どう見てもガチャ依存になっている姉の姿を見て、子供ながらに『こんな人になっちゃダメだ』と決意を固める妹。
ちなみに、妹の身長は小学生の平均並み。大人びた雰囲気など欠片もなく、その後わずか2年ほどで急激に成長することになる。
「それじゃあ、270連目! あ……っ!」
その瞬間――驚いた表情で姉が封筒から取り出した履歴書は、虹色のまばゆい光を放っていた。
やがて、オーディション会場に向かって歩いてくる男性の影。
コツコツと靴音を鳴らしながら、SSRのアイドルがやってくるという演出だ。
「あああああっ、お願い、お願い!
恭也さま、恭也さま、恭也さま、恭也さま!!」
スタッフ席から立ち上がり、嫁入り前の女性としてはちょっと人様に見せられない、必死の形相で祈りを捧げる姉。
ゲストとして隣で見ている妹は、もうこれで楽にしてあげて欲しいと、違う意味で祈りを捧げる。
そして、やってきた男性アイドルは爽やかで健康的。
太くなりすぎない程度に体を鍛え、白い歯と明るい笑顔が印象的な好青年だった。
「やあ、俺は二条坂駿だ。
好きなものはスポーツ全般。歌もダンスもクールに決めてみせるぜ。よろしくな!」
「恭也さまじゃ……ない……けど、スポーティーで顔がいい!
駿くん、好きーーーーーーーーっ!!」
目当てのSSRではないにも関わらず、一瞬で手の平を返した姉。
結局、その後も30回追加でガチャを引き続けて、ようやく天井にたどり着く。
家族の仲は良いほうなのだが、妹はこんな姉の姿を見ながら育ってきた。
あまりにも痛々しくて見ていられず、こういう大人にはなりたくないと自身を戒める日々。
そして、時は現在まで進んで、ラヴィアンローズの魔導書庫。
急激な成長を遂げてメイドの姿になったセレスティナは、黄金色のブランクカードを手に交渉する。
「あのモンスター、【アスモデウス】を私にゆずっていただけないでしょうか?」
「セレスさんは、あの悪魔が欲しいの?
まあ、強いというか便利だよね。見た目もかっこいいし。
あたしは全然構わないんだけど……」
「私も構わない」
「でも、いいのかい? 僕たちの前で金のブランクカードを使っちゃって」
いずれジュニアカップに出場する面々の前で、★3レアのユニットを手に入れる。
それがどういうことなのかは、もはや説明の必要もないほど分かっていた。
しかし、セレスティナは不敵な顔でクスリと微笑む。
彼女が選ばれし『マスター』であることは、いまだにクラウディアしか知らないのだ。
「その点でしたら、お気遣いなく。
レアカードを1枚知られたところで、試合の優劣は変わりません」
「ひゅ~っ、言い切ったねぇ!」
堂々としたセレスティナの姿に、カナメは笑顔で反応する。
結局のところ、帰国組も1体ずつ★3ユニットを見せているので、明かす情報量は対等なはずだ。
「じゃあ、【アスモデウス】を倒すのはセレスさんってことで。
あたしが先に動いて、HPを削っておくね」
「お願いします」
攻撃のターンになったリンのユニットは2体。
しかし、【アルミラージ】は制約がある魔剣を装備しているため、動くことができない。
「レダさん! 全体攻撃で一掃するよ!
カウンターカード、【やわらかステーキバーガー】!」
Cards―――――――――――――
【 やわらかステーキバーガー 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:1ターンの間、目標のユニット1体に攻撃+400。
このカードはデッキに1枚しか入れられない。
――――――――――――――――――
攻撃前に使ったのは、先日のコラボで配布されたカード。
コンバットスーツに身を包んだ【レダ・オンスロート】の前にハンバーガーが現れ、彼女はそれを食べてパワーアップ。
瞬間火力を高めるカードとしては、上昇値が高くて使いやすい。
「それじゃあ、全部の敵に向かって攻撃宣言!」
2400まで上昇したレダの攻撃が、サブマシンガンによって広範囲にばら撒かれる。
こうした集団戦での範囲攻撃がどれほど強いのか、リンは仲間の戦いかたを見て学んでいた。
もともと耐久力が低い【レライエ】を始め、★2の悪魔たちは次々と消滅。
ボスの【アガレス】にも合計1万以上の大ダメージが入り、銃口は【アスモデウス】にも向けられる。
が、しかし――色欲の魔王は片手を伸ばし、招くかのように指を動かした。
その直後、セレスティナの陣営にいたユニットが勝手に動き出して、レダの前に立ちふさがる。
これが【アスモデウス】の能力。1ターンに1回だけ、他のユニットやモンスターを選んで代わりにガードさせてしまう。
最も防御力が低いユニットを狙ったらしく、選ばれたのは【裏切りの魔戦士 アモン】であった。
「ああっ、セレスさんのユニットが!」
「アモン!? そんな形で本当に裏切らなくても!」
人間のために戦う道を選んだ魔族のヒーローが、敵の精神攻撃によって無理やり支配下に戻されてしまうようなシチュエーション。
男性なら胸が熱くなる王道展開。女性にとっても薄い本が厚くなる場面だ。
そんな光景に尊みを感じて、一瞬だけキュンとしてしまったセレスティナだが、すぐさま集中力を取り戻して手札を切る。
「スタックバースト発動!」
そのままでは倒されてしまうが、スタックバーストを発動させれば攻防の基礎ステータスが1000上昇する。
浴びせられたマシンガンの弾を防ぎきり、正気に戻った【アモン】はすぐさま自陣に戻った。
ユニットを守ることはできたものの、受動的に手札を切らされたとも言える。
何より、肝心の【アスモデウス】には1ダメージも通っていないのが問題だ。
「あの能力って、かなり厄介だよね」
「集団戦では特にね。僕たちのユニットを盾にしてくるから、大きな数字で攻撃するとフレンドリーファイアになりかねない。
あれを狙い撃ちにできそうな手段は……」
「たとえば、【光学スナイパースコープ】。★3のリンクカードだから持ってないと思うけど」
イスカは的確な1枚を言い当てたが、この中で持っている者はいない。
カード自体はリンにも見覚えがある。
野球少年キャプテン・マツモトに使われ、千本ノックで狙い撃ちにされた記憶はあまりにも強烈だ。
「リンさま、ターンエンドでしょうか?」
「う~ん……手の内を見せることになっちゃうけど、まあいっか。
まだターンを続けるよ! 【ウェポン・リロード】!」
Cards―――――――――――――
【 ウェポン・リロード 】
クラス:コモン★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーのフィールド上にあるリンクカード1枚を手札に戻す。
――――――――――――――――――
「回収するのは、ウサちゃんに付いてる【ストームブリンガー】!」
「「「!?」」」
リンの行動に、他の3人はハッと息をのむ。
【アルミラージ】に装備されている【ストームブリンガー】は強力だが、攻撃宣言してしまうとプレイヤーは即死ダメージを受ける。
しかし、それを回収すればリンの手数が1回増えるのだ。
「【アルミラージ】で攻撃宣言!」
「ウサギが……動いた!?」
巷ではリンのフォロワーが真似をして使っているお手軽コンボだが、本家本元はひと味違う。
危険な魔剣を装備しているので動かないだろうと思っていたウサギが動く。まさしく不意打ちの一撃。
鋭い角を武器にした突進は、【アスモデウス】に1600のダメージを与えてHPを削った。
「OK! それじゃあ、【ストームブリンガー】をウサちゃんに装備!
あたしはこれでターンエンド!」
攻撃を終えるなり、すぐさま魔剣を再装備させてウサギを盾役に戻す。
【アルテミス】の所有者であるがゆえに、数々のリンクカードを使いこなす『マスター』。
日本ワールドで話題の中心になっている超新星、リンの実力が垣間見えた瞬間である。
「(なるほど、これは……)」
「(面白い子が出てきたね)」
しっかりと全てを見ていたイスカとカナメは、お互いに視線を交わしてうなずく。
たった1枚の★1プロジェクトを使い、『ウサギ盾コンボ』に実用的なアレンジを加えてきたのだ。
【鉄血の翼】の情報を得られないかと探っていた2人には、もはや十分すぎる。
このリンという少女、決して甘く見てはいけない。
「それでは、私のターンです」
マシンガンで掃除してくれたおかげで、敵陣はガラ空き。
黄金のブランクカードを携え、セレスティナは★3レアの悪魔に挑んでいった。




