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第8話 魔導書庫へのいざない その7

 【ビフロンス】は地獄の爵位を持つ貴族である。

 死霊の扱いを得意とし、ランタンに(とも)した火で墓場を(いろど)る上位の悪魔。

 彼女が乗る骨の双頭獣は獰猛で恐ろしく、プレイヤーのユニットを噛み砕かんと襲い来る。


 しかし、その鋭い牙ですらモフモフの【カーバンクル】には通らなった。

 額のルビーが深紅の輝きを放ち、与えられた6600ダメージの半分を【ビフロンス】に弾き返す。

 愛くるしい獣の前に、地獄の貴婦人は崩れるように粒子化して消えていく。


「う~ん、さすがに★3は気絶しないかぁ。

 お疲れ様、僕がレアを倒しちゃってよかったの?」


「お疲れ様です。有用なモンスターでしたが、私が求めるものではなかったので」


 すでにスケルトンの群れを処理していたセレスティナは、落ち着いた様子で言葉を返す。

 その向かい側でニコッと爽やかな表情を見せるカナメ。年頃の女子なら黄色い悲鳴を上げてしまいそうな笑顔だ。


 やたらと硬い死霊軍団だったが、魔物ハンター【ベオウルフ】には格好の獲物。

 むしろ下手なモンスターよりも、目の前で毛づくろいをしている聖獣のほうが厄介極まりない。


「(クラウディアさまとは、また違った防御特化ユニットの使い手……あまり戦いたくない相手ですね)」


 先月の『デュエル・ウォーズ』でクラウディアと相まみえたが、明らかに正面から殴りあってはいけないタイプだった。

 あのときと違って、ジュニアカップでは逃げることなどできない。

 何らかの手段で”防御崩しの策”を用意したほうが良さそうだと、メイドの少女は内心で思索する。


「それにしても、たった半年くらいしか留守にしてなかったのに、新しい顔が増えたよね。

 いいと思うよ、界隈が賑わってるのは」


「海外も賑わっておりましたか?」


「う~ん……それは、国によるとしか言えないなぁ。貧富の差が激しかったりするし。

 でも、そういう場所では見えないものが見えてくるんだ。

 4代目チャンピオンの【拳闘王マスター・オブ・ランペイジ】はすごいよ。

 貧しい国の子供たちがVRで遊べるように、私財を投資してるんだって」


 初のアジア人チャンピオンとなった昨年の王者は、中国出身のリュウランという男だ。

 リアルの世界では拳法の達人だったが、大怪我で入院した際にVRと出会い、カードゲームの面白さを知ったという。

 彼の生まれ故郷は貧しく、まともな教育も受けられないまま大人に混じって働く子供が多かった。

 それゆえ、リュウランは王者となってからも若いプレイヤーの育成に力を注ぎ、ジュニアカップの開催を実現させている。


「色々なものを見たおかげかな。少し意識が変わった気がするよ。

 何のために前へ進んでるのか、真剣に考えたことはなかったし」


「………………」


 そう語るカナメの言葉に、セレスティナは自身を振り返る。

 これはゲームだ。日々の気晴らしにやる人がほとんどだし、前に進む意味など考える必要はない。

 しかし、海の向こうを見てきた少年には思うところがあるという。


 以前のセレスティナは、それほど熱心なプレイヤーではなかった。

 こうして本腰を入れて始めたのも、男性アイドル育成ゲームのサービスが終了してしまったからだ。


「私はまだ勉強中の身ですので、詳しいことは存じかねます。

 ですが……目標があるのは良いことかと」


「うん、あったほうが絶対にいい。それだけは断言できるよ。

 おおっと、あそこに妖精がいるね」


 そっとカナメが指をさした先には、例の闇妖精がヒラヒラと飛んでいた。

 プレイヤーたちを導いているのか、それとも危険な場所へ誘い込んでいるのか。


「セレスティナさんは、ここに来るの初めて?」


「はい」


「あの妖精って、実はモンスターじゃないんだよ。

 ステータスが表示されるけど正確にはオブジェクト扱い」


「では、倒せないということですか?」


「厳密にはね。でも、あれに追いつかない限り迷路からは出られない。

 逆に言うと、追いつけば出られるってこと」


「分かりました。それでは、あちらへ進みましょう」


 妖精を追いかけて歩き始めたカナメとセレスティナ。

 一方、別のルートを進むリンたちの戦いにも終わりが見えていた。


「カタカタカタッ」


 骨を鳴らしながら迫りくる【アーマード・スケルトン】。

 重厚なシールドバッシュで突進してきたが、浮遊する魔剣を装備した角ウサギが迎え撃つ。


Cards―――――――――――――

【 アルミラージ 】

 クラス:アンコモン★★ タイプ:動物

 攻撃1600/防御900/敏捷70

 効果:このユニットは攻撃ステータスでガードすることができる。

 スタックバースト【殺人兎(ヴォーパルバニー)】:永続:プレイヤーに貫通ダメージを与えるとき、攻撃ステータスの半分を加算する。


【 破滅の剣『ストームブリンガー』 】

 クラス:レア★★★ リンクカード

 効果:装備されたユニットに攻撃力+X。Xはユニットを所有するプレイヤーのライフに等しい。

 攻撃宣言をした瞬間、このカードは破棄され、所持プレイヤーはXに等しいダメージを受ける。

――――――――――――――――――


 リンを慕うフォロワーの中でも、特に使い勝手が良いと評判の『ウサギ盾コンボ』。

 攻撃力でガードする能力により、5600もの耐久力で壁となる。

 突撃してきた重装スケルトンは容易(たやす)く弾き返され、リンに攻撃のターンが回ってきた。


「よ~し、これで終わりだよ! レダさん!」


 マズルフラッシュが明滅し、サブマシンガンの弾丸がスケルトンを踊らせる。

 これにて戦闘終了。ようやく最後の1体を仕留めたとき、イスカはすでに戦いを終えて待機していた。


「おまたせ~! ごめんね、時間が掛かっちゃって」


「別に構わない。スタックバースト、使わなかったの?」


「うん、相手の攻撃はウサちゃんで防げるから、急がなくてもいいかなって」


「そう、それなら温存するのも大事」


 【レダ・オンスロート】のバースト効果は、相手のスタックバーストを無効化させてしまう。

 回数が限られた能力なので無駄遣いを避け、リンは防御力が2倍になるスケルトンの効果を放置して戦った。

 それゆえ倒すまで時間が掛かってしまったが、切り札も温存できている。


「ウサギさん、撫でてもいい?」


「もちろん!」


 しゃがみ込んだイスカが体を撫でると、【アルミラージ】はキュウキュウと鳴きながら喜んだ。

 うさ耳のリボンを付けているため、まるで彼女が扱うユニットのように見える。


「あっ、見て! またあの悪い妖精ちゃんがいるよ!」


「あれは出口の目印。あっちの方向に進めばいい」


 セレスティナたちと同様に、リンにも闇妖精の姿が見えていた。

 バトル後の休憩もそこそこに、2人は妖精を追いかけて足を進める。


 本棚が動いてルートが変わったり、魔導書から飛び出したモンスターに襲われたりもしたが、妖精を見失うことなく突き進むこと30分。

 ついにたどり着いた最奥の空間は、壁にぎっしりと蔵書が並ぶ円形のホールになっていた。


「あれ? セレスさん?」


「あっ、リンさま!」


「あはは、イスカはそっちにいたんだね」


「カナメ……やっと会えた」


 本棚の迷路は複雑だったが、どのルートを通ってもホールに出るようになっていたらしい。

 2つのチームが合流し、そして――それぞれが連れている相手に首をかしげる。


「えっと……そっちの男の子は、たしか……」


「初めまして、僕はリンドウ・カナメ。

 キミがリンだね」


「リンさまのほうにおられるのは……」


「イスカ=リオッテ。もしかして、迷子のカナメがお世話になった?」


「いやいや、急にいなくなったのはイスカのほうでしょ」


 とりあえず言いたいことを言い、しばし情報交換を行った4名。

 小中学生のプレイヤーたちが交流を深めるヒマもなく、彼らの頭上を闇妖精が飛び回る。

 やがて妖精の口から出たのは、クスクスという可愛い笑い声がウソのような、歪んだ男性の怒号であった。


「ええい、しぶとい……!

 叡智の書庫に入り込んだ虫けらどもが! (われ)を何と心得る!」


「え……今の声、妖精ちゃんが出したの?」


 まるでボイスチェンジャーで押し潰したかのような、重くて禍々(まがまが)しい声。

 妖精の体から膨大な闇のエネルギーがあふれ出し、その姿を邪悪なものへと変えていく。


 下半身がズルズルと長く伸び、床を踏むのは爬虫類を思わせる4本の足。

 それと同時に上半身は原型を留めないほど膨張。

 岩のような筋肉に覆われ、顔つきは威厳に満ちた老年男性へと変わった。


「我は【アガレス】……獄界の公爵なり!

 書庫を荒らす紙魚(しみ)どもめ、1匹残らずひねり潰してくれるわ!」


Enemy―――――――――――――

【 獄界の公爵 アガレス 】

 クラス:??? タイプ:悪魔

 攻撃66600/HP66600/敏捷60

 効果:配下のモンスターとHPを共有する。

 スタックバースト【---】:--:このモンスターはスタックバーストを持たない。

――――――――――――――――――


 ソロモン72柱の序列2位、悪魔の社会でも頂点に近い地位を誇る大物。

 【アガレス】は叡智(えいち)を司る存在といわれ、極めて博識。

 この魔導書庫は彼が封印されている場所であり、それと同時に彼の所有物でもあった。


 ワニのような下半身に、筋肉に覆われた(たくま)しい上半身。

 それでいながら顔は老人という、いかにも悪魔らしいアンバランスな見た目をしている。

 冗談のようなステータスと威圧感は、まさにエリアを統括するボス。

 書庫の主と呼ぶにふさわしい【アガレス】を前に、リンは思わず叫び声を上げた。


「戻して! さっきの可愛い妖精ちゃんに戻してぇえええええ!!」


 怪しげな笑顔でプレイヤーを挑発していた妖精が、筋肉ムキムキのお爺ちゃんに変わったのだから無理もない。

 リンの叫びが聞き入れられることはなく、ホールの中には次々と悪魔モンスターが湧いて出たのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 妖精…なんでこんな見た目に…… いや、倒しやすくなるか… 可愛い女の子よりはね!
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