第7話 魔導書庫へのいざない その6
一時的な共闘を組み、並んで歩きだしたリンとイスカ。
大会前に相手のデッキを知るのはあまり良くないが、出会ってしまった以上は仕方ない。
「(リンは【アルテミス】のカードを持つ『マスター』。
装備品の扱いが得意で、先月のイベントでは優勝したそうだけど……たしかに面白いカードの使いかたしてる)」
「(【シェイドマン】は半分の確率でダメージ回避かぁ……この文章だと、バトル以外のダメージも含まれるよね)」
口には出さないものの、お互いのユニットを見て力量を測る2人。
無論、これが本気ではないはずだ。
特に魔導書庫は屋内なため、恐竜やワイバーンなどの大型ユニットは連れ込めない。
そんな感じで読みあいをしていると、またしても沈黙の時間が長くなってしまう。
放っておけばイスカは延々と口を閉じたままなので、リンのほうから会話を切り出してみた。
「イスカちゃんってさ、海外のワールドに行ってたんだよね?」
「行ってた」
「いいな~、あたしは関東地方から出たことすらないよ。
どうだった、外国?」
「アメリカにヨーロッパ、中東、エジプト、ブラジル、オーストラリア、アジア。
あちこち見てきたけど、どこもバケモノぞろい」
「へぇ~、強い人たちがいっぱいいるんだ。
ところで、イスカちゃんが住んでるのは日本だよね?
なのに、ログインしたら外国につながるってこと?」
「そう。私も慣れるまでは戸惑った。
RPGが『前回の続き』から始まるのと同じで、アバターの位置情報は滞在中の国に固定される」
感情のない声で淡々と語るイスカだが、彼女が聡明なのは言葉を聞けば分かる。
【鉄血の翼】にいるソニアと同じく、まだまだ伸び盛りの小学生。
それでいながら、日本ジュニアカップの上位に君臨していたのだから世の中は広い。
「遠征が終わって日本に帰ってきたら、ずいぶんと面白いことになってた」
「面白いこと?」
「何も変わっていなければ、今年も私たちが受賞して終わるだけ。
でも、そんなのはつまらない。『環境』に変化があってこそのカードゲームだと思う」
「ああ……うん、そうだよね」
「本当に分かってる?」
「もちろん! あたしにも勝てなかった相手とか、勝ちたい人がいるからさ。
せっかくの大会なんだし、強い人は多ければ多いほどいいじゃない」
単純なのか、好戦的なのか、いまいち分からないリンの反応。
それでも大会を前に恐れたりはしないし、イスカを挑発しているわけでもない。
彼女なりに場数を踏んできたからこその発言であり、少しずつ強者との戦いを楽しみ始めている。
かつて、カインとの戦いで緊張のあまり自室茫然となっていた頃に比べれば、見違えるほど成長したのだ。
と、そんな会話をしていると――
2人の目の前に、例の闇妖精がクスクスを笑いながら現れる。
「ああ~っ! あの子だよ、本棚で迷路を作ったの!」
「知ってる。ここはそういうディメンジョンだから」
紫色の羽を広げた妖精は、パチンと指を鳴らして新たな仕掛けを発動させた。
どこからともなく4冊の本が現れ、広げられたページの上で魔法陣が不気味に輝く。
その陣から這い出してきたのは、重々しい全身鎧を着込んだスケルトン。
アンデッドとしては有名な骸骨のモンスターだ。
Enemy―――――――――――――
【 アーマード・スケルトン 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:アンデッド
攻撃2400/HP3800/敏捷20
効果:このモンスターは防御力の低下効果を受けない。
スタックバースト【痛覚無効】:瞬間:ターン終了まで、防御力を2倍にする。
――――――――――――――――――
ずっしりと重厚なタンク役のスケルトンが3体。
そして、防衛ラインの後ろに1体の悪魔が追加された。
ソロモン72柱の序列46。喪服を着込んで黒いベールをかぶった貴婦人が、灯りの付いたランタンを持っている。
もう片方の腕で手綱を握り、骨になった双頭の獣に乗るという、魅惑的ながらも威圧に満ちた姿であった。
Enemy―――――――――――――
【 ビフロンス 】
クラス:レア★★★ タイプ:悪魔
攻撃6600/HP6600/敏捷90
効果:フィールド上の【タイプ:アンデッド】全てに攻撃と防御+1000。
スタックバースト【ネクロマンシー】:瞬間:破棄された【タイプ:アンデッド】1体を復活させる。
――――――――――――――――――
アンデッドの重装兵と、そこにいるだけでステータスを跳ね上げる悪魔の布陣。
厄介なモンスターたちを呼び出すと、闇妖精は楽しそうに笑いながら飛び去っていく。
「うわぁ~! なんてことすんの、ほんとに!」
「後ろの悪魔を叩きたいけれど、盾兵が守ってる。とても嫌な組み合わせ」
「スタックバーストも面倒だよね。1ターンの間、防御力が9600って……硬った!」
森の中から飛び出してくる野生モンスターとは、ひと味違う難易度だ。
これまでの魔導書や毒蝶を見ても、書庫にいる敵は統率の取れた構成になっている。
悪魔タイプの★3レアと出会える希少な狩り場。
しかし、相応の戦力と頭脳を要求されるため、やや上級者向けの場所といえるだろう。
「あなたのユニット、まだバーストできる?」
「1回ぶんだけ残ってるよ」
「じゃあ、盾兵を2体お願い。私は1体倒して奥に進む」
「了解、分断作戦だね!」
リンは【アーマード・スケルトン】を2体引き受け、イスカは大物を仕留めに向かった。
接敵しているエンゲージは別だが、【ビフロンス】のアンデッド強化は離れていても影響を及ぼす。
「まずは、私のターン。リンクカード【賭博師の魂】を装備」
Cards―――――――――――――
【 賭博師の魂 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットが何らかの確率判定を行った場合、2回判定を行う。
このカードの所有者は、好きなほうの結果を選ぶことができる。
――――――――――――――――――
「ギギィ……ギギギギ……」
チューニングの合っていないラジオのような、ザラザラとした声で唸る【シェイドマン】。
ラヴィアンローズは防御力でガードするのが普通だが、このユニットにステータスの高さなど必要ない。
【賭博師の魂】による2回の判定。
回避率75%という驚異の能力で攻撃を無効化し、一方的に攻め立てていく戦法だ。
「(ウソでしょ!? そんなことされたら、ほとんど何も当たらないよ!)」
たった2枚のカードを見せられただけで、リンは背筋がゾクッとするほどの危機感をおぼえた。
こんな相手と決闘をすることになったら、間違いなく苦戦は必至。
リンが得意とする超火力や最終兵器も、当たらないのでは意味がない。
この75%という数字も、おそらく操作は可能だろう。
なにしろ、イスカはユニットに装備品を付けただけ。まだ大量に手の内を残しているはずだ。
「ギギギ……ガガガガ……!」
枯れた木の枝のような腕を振るい、先制攻撃を仕掛けた【シェイドマン】がスケルトンをひっかく。
攻撃力の強化は無し――いや、必要ないのだ。
金属鎧がガリガリと火花を散らして、初撃の2300ダメージを受け流す。
そのまま相手側のターンになり、【ビフロンス】を乗せた骨の獣が猛然と襲いかかった。
しかし、当たらない。続くスケルトンの攻撃も回避され、再び【シェイドマン】が腕を振るう。
こちら側に攻撃が当たらず、相手にダメージが蓄積していく限り、イスカはほとんどの相手を圧倒できてしまうだろう。
「うわ~、これはまずい……あたしも頑張らなきゃ!」
デッキからカードを引き抜いて、2体のスケルトンと対峙するリン。
今年のホープとして、彼女も負けるわけにはいかないのだ。




