第6話 魔導書庫へのいざない その5
その少女は、かなり風変わりな姿をしていた。
ミニスカートのゴスロリに、縞模様のオーバーニーソックス、うさ耳のようなリボン。
それだけなら非常に可愛らしいのだが、彼女を飾るのは貴金属のチェーンではなく、業務用の大きな鎖。
まるで自分自身を封印するかのように重々しい鎖を身に着けた少女は、罪人の名――イスカリオテを名乗っていた。
「こんなところで会うとはね。『終末剣』」
「あなたは、たしか……イスカちゃんだよね。前回のジュニアカップで3位になった」
「そう、そのイスカ」
少女の顔は無表情で、口から出る言葉も無機質。
アンドロイドのような冷たさをおぼえる威圧感に、リンも内心でわなわなと震え上がる。
「(ヤバい子に出会っちゃった……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!
何なの? ウサギさんなの? お人形さんなの?
お手てつなぎたい! 頭なでなでしたい! 何でもいいからお話ししたい!)」
威圧や畏怖など入り込む隙間がないほど、リンの鼓動は高鳴っていた。
はっきり言って、頭にドが付くほどストライク。
彼女を弁護するために追記するが、決してそういう趣味があるわけではない。
上の兄がああいう感じなので、リンは常々、自分より下の妹が欲しいと感じていたのだ。
それゆえ、小さくて可愛い女の子にはめっぽう弱い。
「(どどどどど、どうしよう!?
いきなり手をつなぎたいとか言ったら、おかしい人だと思われるよね?
第一印象を意識しなきゃ……こ、こういうときは何て言えば……!)」
「(かなり動揺してるみたい。いきなり出会ったんだから当然だけど。
でも、こんな人がネームドを狩った勇者?
目の中がグルグルになってるし、あまり強そうには見えない)」
日本ワールド期待の新星と、昨年度入賞者の遭遇。
ここに報道メディアがいたら大スクープだと騒ぎ立てるところだが、2人とも声を出さないまま静かに様子をうかがっている。
イスカは相手が極度の緊張に陥ったのだろうと判断し、リンはどうしたら”お近付き”になれるのかとルート分岐しそうな選択肢を前に固まっていた。
沈黙すること約30秒、結果的にイスカのほうが先に口を開く。
「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」
「あ、あわわわわわっ! うん、だ……だいじょびゅ!
ひぇええ、噛んだ……大丈夫!」
「全然、大丈夫には見えない」
「そんなことはないよ、平気平気。熱とかあるわけじゃないし。
それより、あのさ……えっと、よかったら、その……」
「何?」
「あたしと、お友達になってくださいっ!」
「………………?」
予想外な申し出に、今度はイスカのほうが考え込むことになった。
お互い、ジュニアカップでの活躍が期待されているライバル同士。戦いはすでに始まっているはずだ。
「(これは戦略? 戦う前に少しでも情報を探り出すつもり?
でも……それはこっちも同じこと)」
リンが何を考えて言葉を発したのか、イスカは状況から読み取るしかない。
まさか相手が濃縮還元100%の好意で接していることなど知るよしもなく、無表情なまま思考をめぐらせる。
いずれ、敵になるかもしれない者なのだ。ここは下手に断るより、チャンスと思って利用するべきだろう。
「分かった。いいよ」
「いいのぉ!?」
「そっちが言い出したんでしょ」
「ああ、うん……そうだよね……じゃ、じゃあ、お願いします!」
かくして、リンのフレンド欄に新たな名が追加される。
普段は相手のほうからフレンド登録を求められることが多いため、自分から申請したのは珍しいケースだ。
「イスカちゃんは何年生?」
「小5」
「へぇ~っ、ウチのギルドにちょうど同じ年の子がいるんだよ」
「知ってる」
「ああ……そっか、そのあたりの情報は出回ってるよね。
え、えっと……握手とか、してもいい?」
「…………ん」
「わぁ~、よろしくね~!」
イスカが手を差し出すと、リンはそれを両手で包むように握った。
試合前に自分から近付いてくるなど、お人好しもいいところだ。
事前にデッキの情報を盗み出すのはマナー違反だが、相手がボロを出してくれるなら儲けもの。
「よろしく、あなたも魔導書庫に?」
「うん、お友達と一緒に来たんだけど、迷路の中ではぐれちゃって」
「それは……同情する。
私も他の人と一緒に来たけど、途中で見失った」
「あはは……迷うよね、どこを見ても本棚だらけだし」
■ ■ ■
と――その頃、リンとはぐれたセレスティナも奇妙な遭遇をしていた。
迷路を歩いているうちに出会ったのは、中性的な顔立ちをした美少年。
「書庫にメイドさんかぁ、これは絵になるね」
「ありがとうございます……リンドウ・カナメさま」
「カナメでいいよ」
こちらはリンたちと真逆。フレンドリーに接してくるカナメに対し、セレスティナは1歩引いて警戒を強めていた。
ケープの付いた白い衣装に、へそが見えるほど短いシャツ。
大きな錫杖を持っているため、聖属性の魔導師のように見える。
イスカと同じく前回のジュニアカップで3位に輝いたリンドウ・カナメ。
その傍らには可愛らしいユニットが1体。
Cards―――――――――――――
【 カーバンクル 】
クラス:レア★★★ タイプ:マテリアル
攻撃1400/防御2800/敏捷120
効果:このユニットがガードを行ったとき、受けたダメージの半分を相手ユニットに与える。
スタックバースト【バリア・フィールド】:永続:このユニットが受けたバトル以外のダメージを、対戦相手のプレイヤーに反射する。
使用者自身のカードで発生したダメージは含まれない。
――――――――――――――――――
「ウルルルル~、キュッキュッ」
非常に珍しい幻の生き物。一部の伝承では聖獣といわれている【カーバンクル】。
リスを思わせるフサフサの大きな尻尾に、愛くるしいつぶらな瞳。
そして、額には真っ赤なルビーが埋め込まれている。
小動物のような見た目に反して、能力は完全に防御型。
クラウディアの【ダイダロス】ほど絶対的ではないが、ガードしているだけで野生モンスターのHPが削れていく。
「ここに厄介な蝶がいるっていうから、この子を用意したんだけどね。
迷路の中を歩いてるうちに、知り合いとはぐれちゃって」
「そうですか。私も同行者とはぐれてしまいました」
「あははっ、置かれている境遇は同じってことかな。
迷惑じゃなければ協力するよ。お互いの仲間と合流するために」
「………………」
しばし考え込んだセレスティナは、カナメの表情から真意を探る。
彼女が知る限り『明るくておとなしい優等生タイプの美少年、生徒会では副会長か書記』という、わりと王道な設定が思い浮かぶ外見だ。
中性的なあざとさでありながら、おそらく自身の魅力には無自覚。これで夏に期間限定セーラー水着ガチャが来てしまったら課金もやむなし。
「分かりました。ここで意地を張っても仕方ありません。協力しましょう」
「助かるよ。僕のユニットは攻撃が苦手だから、火力を出せる人は大歓迎!
ところで、お姉さんは――」
「セレスティナです。そして、おそらく『お姉さん』ではないと思います」
「…………え?」
彼女の実年齢を聞いた者は、大抵驚くことになる。
それはカナメも例外ではなく、ちょうど同い年の中学1年生であった。




