第2話 魔導書庫へのいざない その1
「クエスト専用マップ?」
「特定のクエストを受けたときだけ行けるマップがあるんですよ。
マンスリー任務っていう、月に1回受けられるクエストの行き先で」
「噂の『魔導書庫』ですか」
「そうです。私はもう今月分を受けてしまったので行けませんけど、人型の悪魔もいる場所なのでセレスさんにはおすすめですよ。
あまり大きなユニットは使えない場所なので、行くなら準備してくださいね」
そんな話をステラから聞いたのは、翌日のこと。
各メンバーは自身のデッキを強化するために出かけ、どこへ行こうか迷っていたリンと、全員に弁当を渡していたセレスティナが最後まで残った。
ひと足先に出かけようとしていたステラは、弁当のお礼として有用な情報を提供する。
「ステラはどこに行くの?」
「ふふふっ、少し気になるところへ……としか言えません」
「まあ、そうだよね。お互いに頑張ろっ」
「はい、リンたちも気を付けて」
同じ大会に出る以上、戦うことになるかもしれないライバルだ。親友であろうと手の内は見せられない。
その事情はリンにも分かるので、お互いの健闘を祈りあいながらステラを見送った。
「月に一度のクエストかぁ、そんなのもあるんだね」
「私はそこへ行こうと思います。リン様はいかがなさいますか?」
「あたしは……う~ん、どうしよう?
一緒について行ったら迷惑だろうし」
「お気になさらなくても大丈夫です。お互いに”本当の手の内”さえ見せなければよろしいのでは?」
「まあ……たしかにね。じゃあ、少しデッキを調整するよ。
大きなユニットは使えないって言ってたから」
そんな言葉を交わして同じ場所へ行くことになった2人。
リンも最近になって分かってきたのだが、セレスティナはまだ一度として本気の姿を見せていない。
出会ったばかりのサクヤがそうであったように、真の力を隠し通している。
しかも、サクヤと違ってプレイ歴は短い。
使えるカードが限られているはずなのに、【鉄血の翼】の面々に遅れを取っている様子がほとんどないのだ。
リンは、ふと――数日前にギルドのメンバーたちと集団で狩りをしたときのことを思い出す。
■ ■ ■
「ウォオオオオオオオーーーーーーーッ!!」
大気を震わせる猛獣の咆哮が、うっそうと茂った大森林に響き渡る。
ぶ厚い筋肉に覆われた類人猿の四肢と、全身を覆う銀色の体毛。
【鉄血の翼】は★4野生モンスターの情報を集め続け、ついに森林の奥で遭遇を果たしていた。
その姿は見紛うことなき銀色のゴリラ。5周年記念のとき、プロモーション映像で暴れていた侵略者だ。
Enemy―――――――――――――
【 ブンバブンバ 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:動物
攻撃13600/HP11200/敏捷80
効果:このモンスターはステータス低下の効果を受けない。
戦闘開始時と自身のターン終了時に、【ブンバブンバ】が1体現れる。
スタックバースト【森の侵略者】:永続:戦闘中の仲間1体につき、攻撃とHPに10000の強化を得る。
――――――――――――――――――
ゴリラの攻撃は単純にして豪快。両腕に力を込めて打ち下ろすだけで、13600もの壮絶な破壊力を生み出す。
だがしかし、その一撃はコォオオンと高い金属音と共に弾き返された。
【ブンバブンバ】のパワーは通常のモンスターと比較にならないが、今回ばかりは相手が悪い。
「相手のターンが終わるわ、次の増援に備えて!」
凄まじいダメージを平然と受け流し、メンバーたちを指揮するクラウディア。
彼女が使役するユニットは例によって例のごとく。文字どおりのタンクとして、巨大な要塞戦車がゴリラを食い止めている。
ネームドモンスターの攻撃すら無傷で耐えた絶対防御が、今さら1万少々のダメージに屈することはない。
それどころか、増援を呼ぶという【ブンバブンバ】の性質を利用して、仲間たちに1体ずつ足止めをさせていた。
クラウディアが計画的にターンを回し、やってきた増援を他のメンバーが止める。
同一の相手と接敵しない限り、野生モンスターのスタックバーストは発動しないため、強化を回避しつつ★4の数を増やす作戦だ。
すでにユウ、ステラ、そしてセレスティナが1体ずつゴリラと対峙していた。
山岳で★4を倒したことがあるリンとソニアは非参戦。
次の壁として待ち構えていたサクヤだが、増援の上限に達したらしく新手はやってこない。
「あらら……敵さん、打ち止めみたいやで。
なんや~、うちだけ食いっぱぐれかいな」
「申し訳ありません。ゆずっていただいて」
「まあ、しゃーない。こういうときは後輩が優先や。
そしたら、リン。ゆるいのを2発いっとこか!」
「OK! いいよね、クラウディア?」
「構わないわ。参戦していないメンバーはユニットを回収、あとは各自が出せる瞬間防御力を申告!」
「俺は3500くらいだ」
「私は5000までいけます」
「マジで!? セレスちゃんのほうが上かよ……」
ユウは★3のカブトムシ、【バスタービートル】。
セレスティナも同じく★3の人間ユニット、【ベオウルフ】でゴリラを足止めしていた。
本来の防御力は【ベオウルフ】のほうが低いのだが、ユウを遥かに超える数字が申告されている。
「じゃあ、3000くらいで軽く炙るよ!
プロジェクトカード発動、【全世界終末戦争】!」
「うちも続くで! 【アカシック・レコード】!」
Cards―――――――――――――
【 アカシック・レコード 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:対戦相手が使用し、すでに破棄されているプロジェクトカード1枚を選択。
目標のカードを自分のものとして使用し、使用者はそのカードの★1つにつき500ダメージを受ける。
――――――――――――――――――
そして、森の中に終末の炎が放たれる。
リンは”軽く”と言ったが、それでも3000超えの全体ダメージ。
その炎が過ぎ去った後、プロジェクトをコピーしたサクヤによる2発目の爆炎。
2人が組めば、かの最終兵器を2回にわたって放つことができる。
他のメンバーも巻き込んでしまうため調整は必要だが、【ブンバブンバ】のHPは一気に半分以下まで削り取られた。
「終末の炎が2発も……これこそ、世界の終わり! ラグナロクであります!」
「ソニア、燃える森を背景にポーズを取って写真撮影するのは後にしなさい。
全員で攻撃のターンに移るわよ。【千年帝国の圧政】!」
「【カウンターリフレクション】で増幅します!」
「俺もいくぜ、【ハンティング・ハイロウ】!」
「私からも――【ブレイブ・リード】!」
Cards―――――――――――――
【 ブレイブ・リード 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーが所有する【タイプ:人間】のユニット1体を指定して発動。
次のバトル終了時まで、対象が受けている攻撃力のステータス強化を、他のユニット全てに付与する。
――――――――――――――――――
モンスター退治の英雄【ベオウルフ】は晩年を小国の王として過ごし、民衆や兵士を率いる者となった。
それを彷彿とさせるかのように、彼にかけられた強化効果が拡散する。
「おお~、セレスさんもいい仕事してる!」
「これで火力は十分ね。じゃあ、いくわよ――全軍、総攻撃!」
その後の展開は、もはや言うまでもなく一方的。
ネームドモンスターすら撃破した【鉄血の翼】のメンバーたちが、完全に統率の取れた状態で戦う以上、凶悪な★4ですら美味しい稼ぎでしかない。
特に【ブンバブンバ】は仲間を呼ぶ習性を利用され、最大限まで増援を呼んだ後に殲滅されるという有り様だった。
――と、そんな狩りをしたのが、つい先日のこと。
運良く金色のブランクカード、★3モンスターを確実に捕獲できる希少なアイテムを手に入れたのは、ユウとセレスティナ。
大会を控えた時期のデッキ強化要素として、非常に大きな切り札を得ていた。
「せっかくのブランクカードだし、使うタイミングがあるといいね」
「はい、魔導書庫に行くのは私も初めてですので、どのようなモンスターがいるのか楽しみです」
かくして、リンたちは月に一度のマンスリー任務へ。
まだ見ぬ場所とモンスターに期待しながら、ギルドのコテージを後にしたのだった。




