第1話 リンの絶望
「ううううぅ~~……」
この日、リンはルームの中で困惑に陥っていた。
彼女こそが日本ワールド期待の新星、人々から呼ばれる二つ名は『大物殺し』。
極めて希少なカードを持つ『マスター』であり、唯一無二の称号『終末剣』まで授与されている。
そして先日、このワールドで初めて【赤晶巨竜”ズユューナク”】を倒したことにより、6名の仲間と共に『討名者』の称号が追加された。
これほどまでに順風満帆な人生を送っている中学生は、そうそういない。
しかし、だからといって世の中の全てが味方をしてくれるわけではないのだと、彼女は現在進行系で思い知らされていた。
「まずい……これはまずい……」
リンの目の前にあるのは、ラヴィアンローズのカードボックス。31パック入り。
大会が近いこともあり、ネームドを倒してポイントを得たので、あと1枚くらいは★3レアカードを調達しておこう。
そう思ったのが運の尽きだった。
たった今、通販を使って追加で購入したのは10ボックス目のパッケージ。
そして――これまでに引いた★3の数、ゼロ。
なにげなくパックを開けると出てきたりするのに、絶対に引くぞと気合いを入れて挑むと全然引けない。
界隈では『物欲センサー』などと言われている謎の現象だが、今日だけで5万ポイントも溶かしてしまった。
まさに沼、これがラヴィアンローズの闇。
このゲームは入手したレアカードを大切に使うようにと、亡くなった創始者の願いを尊重して設計されている。
よって、どれだけボックスを買っても救済措置、いわゆる天井がない。
「最後にこれだけ……この1箱だけ……っ」
『ざわざわ』と効果音が鳴りそうな中、祈るような思いで開封し始めたリンだが、執着し始めた時点で終わっている。
それなりに有用な★2は得られたものの、結局レアカードの入手には至らないまま散財するハメになった。
■ ■ ■
「ぶわっはっはっはっ!!」
「爆死や! 大爆死や!」
「ちょっと、笑うことないでしょ!」
仲が良いのか悪いのか、いまいちハッキリしない兄妹の声がコテージに響いたのは、それから2時間後のこと。
この日は定期的なミーティングが行われ、ギルド【鉄血の翼】の全員がテーブルを囲んでいた。
ボックス開封に惨敗したことをリンが報告すると、兄のユウが腹を抱えて笑い出す。ついでに巫女のサクヤも笑っている。
こんな有り様だが、ここにいる全員が『討名者』の称号を持つ勇者たちだ。
リーダーを務める金髪の少女、クラウディアは呆れながらも会議を進めた。
「それに関しては深追いしたリンが悪かったわね」
「スピリチュアルな話になりますけど、日を改めて引くとか、毎日決めた数だけパックを開けるとか。
とにかく、一刻も早く手に入れたいっていう焦りを切り離すのが良いと思います」
今日も今日とて魔女の姿をした親友、ステラが優しげな笑みを向けてくる。
首を縦に振りながら続いたのは、小学生のソニア。
「運にも色々な種類があるのです。
勇者が開ける宝箱には、なぜか有用なアイテムが入っているのですが、ゲーム内でギャンブルを始めると途端に負ける。
リン殿はこのタイプだと思うので、持ち味を活かすのが良いのではないかと」
「私としても……爆死した方のお顔を見るのは、姉を思い出すので辛い気分になります」
最後にメイドのセレスティナが言葉を添えて発言が一周した。
以上の7名が【鉄血の翼】のメンバーたち。
大会を控えたミーティングにも関わらず、リンの爆死報告から始まるというあたりに、このギルドの自由性とゆるさが見受けられる。
「ううっ……まさか、10ボックスも買って出ないなんて。
【エルダーズ】って、プロセルピナさんがいた頃には毎月これをやってたんでしょ?
たしかにキツいよ、このノルマは」
「そういえば、前のリーダーはどうなったのです?」
「私にも見当がつかないわ。今のギルドも、まるで違う組織になってるし」
かつて日本サーバー最大級の実力を誇っていた強豪ギルド【エルダーズ】。
その集団を率いていたプロセルピナは、初心者のリンに敗北したことでリーダーの座を追われて失脚。
クーデターを起こしたアリサの改革により、今や3桁の団員を抱えた大軍勢になっている。
以降、元のリーダーだったプロセルピナの姿を見た者はいない。
最も深く関与しているクラウディアですら知らないのだから、他の6人が知るよしもない。
「それじゃあ、本題に戻りましょうか。
いよいよ年に一度のチャンピオンシップと、ジュニアカップが目前に迫ってきたわ。
LWCの出場には年齢制限があるから、この中から出られるのはユウとサクヤだけね」
「悪いなぁ、みんな。ひと足お先に出させてもらうで」
「初めてのチャンピオンシップだ。さすがに緊張するぜ~」
「他のメンバーは全員ジュニアカップだけど、今年は面白いことになりそうよ。
一昨日、海外から前回の優勝者たちが帰ってきたんだけど――」
そう言いながらクラウディアはコンソールを操作し、空間上に4名の写真を投影する。
報道陣が取材したニュースの記事を抜粋したものだ。
「イスカ=リオッテ、リンドウ・カナメ、ライガ。
そして、ジュニア最強といわれている前回優勝者、シグルドリーヴァ」
「えっと……見た感じはライガって人がめちゃくちゃ強そうだけど、このきれいな人が優勝したの?」
「そうです。『極光幻夜』のシグルドリーヴァ。
全勝無敗、ジュニアの怪物、2位のライガさんですら圧倒的な差で負けてしまった昨年の覇者」
「この人たちは予選が免除されて、決勝リーグに出ることが決まっているの。
つまり、予選を抜けた先には前回の優勝者たちが待っているということ」
「うへええっ……強者との戦いは願ってもない好機ですが、さすがに身震いしてしまうのです」
「先ほどお話に出た【エルダーズ】の現リーダー、アリサ様も出場しますよね」
あまりにも強豪ぞろいなジュニアカップ。
その混沌とした状況を前に、メンバーたちは針のような緊張感に身を刺さされる。
しばし静寂が続いた後、お茶をひと飲みしてから発言したのはサクヤだった。
「まあ、LWCなんてバケモノだらけやし、ウチらも状況は変わらん」
「『蒼の貴公子』とか『生還王』がいるんだぞ?
こっちはこっちで、やべーよ」
「そうね。LWCの日本予選。
そして、その先にある世界大会やチャンピオン決定戦なんて、日本ジュニアカップとは比較にならない領域よ。
相撲には詳しくないけれど、私たち中学生は幕下にすぎないと思っているわ。無論、私自身を含めてね」
「ですね……それには同感です。
私たちは可能な限り、自分なりに精一杯やるしかありません」
再びコテージを沈黙が包み、全員が真面目な顔で考え込む。
これから挑むのは日本全国の強者たちが集う大舞台。
LWCに至っては頂点があまりにも高すぎて、もはや禁足地の神域や魔境としかいえない。
「ま、ステラちゃんが言うのも、もっともだ。
俺たちは今の段階でやれる限り、最後の最後まであがくしかない」
「せやな。緊張すんのは当然やけど、飲まれてしもたらあかん」
「準備のために残された期間は、残り少ないわよ。
もはや言わなくても分かっていると思うけれど、全員でデッキの最終調整。
それから、心の準備をしておきましょう。今日よりも1歩先へ進んだ明日を目指すために」
「「「「「「おおーーーーーーーーーっ!!」」」」」」
全員が気合いを入れ直し、残された期間で大会用のデッキを整える。
いつまでもボックス開封の爆死で嘆いてはいられない。
リンにとっても、これからの日々は貴重なものになるはずだ。
かくして、ミーティングは終了。
メンバーたちは、それぞれの武器を研ぎ澄ませるために動きだす。




