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プロローグ

「すごい人だかりですね、先輩。

 ここにいるのは全員、報道関係者ですか?」


「ああ、これだけ同業者が集まるってことは、ジュニアカップの注目度が高まってる証拠だな。

 ここから未来のプロ選手や、あるいはチャンピオンが生まれるかもしれない。

 特に今回は夢の対決が実現しそうなんだ。他の雑誌に後れを取るなよ?」


「はいっ、もちろんです」


 そんな会話が交わされているのは、『国際空港(ワールドポータル)』と呼ばれる特殊な場所。

 ラヴィアンローズのワールドは世界各国に広がっており、ここから海外へと移動できる。

 国際的なトラブルや非正規カードの密輸を防ぐために、ワールド間の移動は厳重に管理されているらしく、基本的にプレイヤーは国外へ出ることがない。


 それゆえ普段は人が寄り付かない空港だが、この日は報道陣のカメラや記者たちがずらりと並んで、”そのとき”が訪れるのを待っていた。

 すっかりラヴィアンローズの担当になった女性記者オニキスこと黒沢も、編集部の先輩と共に待機中だ。


「おおっ、来たみたいだぞ!」


 多くの視線が集まる中、空港の通路を1人の少女が歩いてくる。

 ジュニアカップは去年から始まり、今年は時期を調整して『ラヴィアンローズ・ワールドチャンピオンシップ』、通称LWCとの同時開催となった。

 LWCに出場できるのは16歳以上なため、ジュニアカップはそれに満たない小中学生をメインにした大会だ。


 よって、出場者は幼い。

 それを理解しているにも関わらず、報道陣からは次々とざわめきの声が上がった。

 歩いてきた少女の容姿はとても幼く、頭の大きなリボンがウサギの耳に見える。

 ミニスカートのゴスロリに、容姿とは不釣り合いな革のベルトと金属の鎖。

 西洋人形(ビスクドール)のような可愛らしい顔は表情が変わらず、ただぼんやりと静かに歩みを進めている。


「あの子が、そうなのか……?」

「間違いありません、彼女こそが『幼き悪夢(リトル・クリーピィ)』」

「第1回ジュニアカップ、日本ワールド3位……イスカ=リオッテ」


 人は見た目によらないというが、ここまでかけ離れた人物はそう多くないだろう。

 かつてワールド3位に輝き、海外遠征から帰国した強者。

 イスカは報道陣に反応することもなく、無表情なまま彼らの前で足を止める。


 と――それに続くかのように、2人目の帰国者がやってきた。

 ラヴィアンローズの大会では3位決定戦を行わないため、同じ順位の者が2名存在する。


「来たぞ! あの子も日本ワールド3位!」

「『星の観測者(スターゲイザー)』、リンドウ・カナメ!」


「ど~も~」


 軽い足取りでやってきたのは、かなり細身で中性的な顔立ちの少年。

 へそが見えるほど短いシャツから見える腰回りは、まるで女の子のようになだらかだ。

 ケープ付きの白い衣装に身を包み、その風貌は聖属性の魔導師を思わせる。


「また来たぞ! 今度は準優勝者!」

「大きいですね……本当に中学生ですか?」

「身長190cm、体重120kg! 何もかもが規格外な『戦巨人(ギガス・ウォーリア)』! ライガ!」


 中性的で細身なカナメとは対象的に、ボディビルダーのごとく筋骨隆々な大男が現れた。

 リンたちと同年代の中学生だが、少年と呼ぶにはあまりにも雄々(おお)しい。刈り込んだ短い髪と屈強な顔立ちは、まさに歴戦の兵士そのものだ。

 リアルではスポーツ各界から自衛隊に至るまで、数々のスカウトが来ていると噂されている。


 圧倒的な破壊力と戦略で敵をねじ伏せ、数多くの決闘(デュエル)を制してきたライガであったが、それでも最強には至らなかった。

 やがて、最後の帰国者――決勝戦で彼を破り、見事に王座を得た者がやってくる。


「おお~っ! 帰ってきた!」

「『初代最優秀学徒(ファースト・エルダー)』!」

「あれが『極光幻夜(オーロラヘイズ)』、シグルドリーヴァ」

「最強の中学生が日本に戻ってきたぞ!」


 報道陣が一斉にカメラを向ける中、歩いてきたのは氷のように白い肌の少女。

 髪もアイスブルーなため全体的に透き通った印象を受けるが、その双眸は勇ましく輝いていた。

 強者であるがゆえの自信を(たた)え、足先から太ももまでを覆うロングブーツを鳴らしながら、昨年のジュニアチャンピオンが帰国する。


 圧倒的な貫禄、圧倒的な美しさ。

 他にも強者が3人並んでいるが、彼女だけは別格なのだと認識させられる。

 実際にリーダーを務めているらしく、シグルドリーヴァは静かに会釈した後で口を開いた。


「日本の皆さま、お久しぶりです。

 このような手厚いお出迎えをしていただき、心より感謝いたします。

 帰国した4名を代表して、このシグルドリーヴァが質疑応答を行いますので、質問のある方はどうぞ」


 直後、先を争うかのように挙げられた記者たちの手。

 その中からひとりが選ばれ、彼女に問いかける。


「ありがとうございます。『ホビットジャパン』です。

 半年にわたる海外遠征、お疲れ様でした。手応えはいかがでしたか?」


「とても有意義なものでした。

 特に本社のあるアメリカや、西欧の最先端といわれているドイツ、アジア圏の強力なライバルである中国。

 いずれも新しいカードの発見やミッドガルドの攻略が進んでいて、正直なところ日本人としては危機感を覚える結果になりました。

 海外の強豪に比べれば、この国はまだ発展途上というのが素直な感想です」


 報道陣はざわめきながらも、小さく(うなず)いて納得する。

 アメリカ発祥のゲームなため、日本がやや遅れ気味なのは薄々と感じていたところだ。

 実際にその目で世界を見てきたシグルドリーヴァの言葉は、ワールドが閉じた空間でしかないことを再認識させた。


「それでは、次の方」


 再び記者たちが一斉に手を挙げると、またひとりが選ばれて質疑応答の権利を得る。


「どうも、『電激ネットゲーム』です。

 去年はLWCが終わってから1ヶ月後にジュニアカップが開催されましたが、今年からは日程をずらして同時開催となる予定だそうで。

 これについてのコメントはありますか?」


「それが運営の方針でしたら、特に言うことはありません。

 むしろ、このような機会を与えてくださった【拳闘王マスター・オブ・ランペイジ】とスタッフの皆様に感謝しております。

 出場している間、もう片方の観戦に集中できないのは少々残念ですが」


「ご安心ください。ジュニアカップとLWCの決勝トーナメントは日程がずれているようですよ」


「それは朗報ですね。ありがとうございます」


 緊張感が高まっていた空港で笑いが起こり、少しだけ雰囲気がほぐされた。

 シグルドリーヴァは真面目な性格の少女だが、年相応の可愛らしい笑顔を見せることもある。


 第4回のLWCが開催され、初のアジア人チャンピオン【拳闘王マスター・オブ・ランペイジ】が誕生したのは、今からほぼ1年前。

 彼の願いは『戦いの舞台を多彩にすること』であり、特にLWCへの出場資格がない低年齢層の処遇を(うれ)いていた。

 それが要望として受け入れられた結果、チャンピオン誕生から1ヶ月で初めてのジュニアカップが開催。

 異例のスピード可決であったにも関わらず、数多くの少年少女が参加して激戦を繰り広げる。


 その戦いを制覇したのが、シグルドリーヴァを筆頭とする4名の猛者。

 いずれも大人顔負けの強豪プレイヤーであり、ここ数ヶ月ほどは海外のワールドへ遠征に出かけていた。

 そして、今――再びジュニアカップに出場するため、彼女たちは日本へ帰ってきたのだ。


「では、次の質問を……そちらの女性の方、どうぞ」


「あっ、はい! ありがとうございます。『サイバーワールド通信』です」


 報道陣に混じって手を挙げていたオニキスは、運良く選ばれて取材の機会を得る。

 とあるギルドと交流がある彼女は、すでに質問の内容を決めていた。


「皆さんが海外へ行かれている間、日本ではとても大きな動きがありました。

 特に最近では力のある中高生たちがイベントの上位に浮上し、ネームドモンスターの討伐にも成功しています」


 と、そこで帰国した4人全員がピクリと反応する。

 先日、ワールド全域を衝撃的なニュースが駆け巡ったばかり。

 これまで誰も成し得なかった偉業、ネームドモンスターの討伐を中高生が成功させたのだ。

 他の記者たちも注目する中、オニキスは質問を最後まで述べた。


「次の大会では、そういった新人たちとの対決になるかと思われますが、どのようにお考えでしょうか?」


「そうですね。ネームドの件については、私たちの耳にも届いております。

 日本ワールド初の快挙ということで、この国の進歩を誇らしく思います」


 そこで横1列に並んだ帰国者たちに目配せをした後、シグルドリーヴァは言葉を続ける。

 まっすぐな瞳と、揺るぎない闘志。そして、強者の笑みを見せながら彼女は言い切った。


「ですが、ジュニアカップを目前に控えている以上、それとこれとは話が別です。

 私たちとはライバル関係になりますので、うかうかと喜んではいられません。

 もしも、大会で戦うことになるなら――いいえ、きっと決勝トーナメントまで浮上してくることでしょう。

 そのときには全力でお相手いたします」


 真っ向から挑戦を受けると言わんばかりの布告。

 ずらりと並んだ強者の姿を、報道陣のカメラが(とら)える。


 昨年の上位者たちと、今年になって台頭してきた【鉄血の翼】やアリサ。

 ジュニアカップの舞台で彼女たちが激突するのは、もはや避けようのない運命であった。

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