第25話 キング・オブ・スカーレット その5
「さて……俺たちのターンになったわけだが」
「開幕ほど万全ではないので、火力を出すのが難しいですね。
今度はステラさまの多段攻撃も使えませんし」
「あの兵隊も厄介やな。王様のダメージを肩代わりする盾が9体。
どんだけ火力を上げて殴っても、9回まではダメージが通らん」
ターンが切り替わり、攻撃側になったメンバーたち。
しかし、状況はあまり芳しくない。全てのユニットが攻撃に9000もの弱体化を受け、各員の消耗も激しい。
何より問題なのが、王を守る近衛兵だ。
9体の【インペリアル・スカーレット・ドレイク】がずらりと並び、下手に攻撃を仕掛けても彼らに防がれてしまう。
これまで戦況を観戦していたサクヤは、静かに歩み出てクラウディアに語りかけた。
「そんな感じやけど、リーダー。うちはいつでもいけるで」
「ええ、ここからは温存してきたサポーターたちに動いてもらうわ。
でも、サクヤの前にひとり挟むわよ――ソニア!」
「うおおお~~~っ! ついにわたしにもお呼びが!
このソニア・シルフィード、ご命令とあらば撹乱から汚い仕事まで、何でもいたしましょう!」
「別にそこまでしなくてもいいけれど……とりあえず、最初の役目はリセットよ」
「了解であります! 今回は集団戦ゆえ、略式召喚!
我がもとへ来たれ、大空の獣――【エアリアル・グリフォン】!」
Cards―――――――――――――
【 エアリアル・グリフォン 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃2200/防御2100
効果:このユニットは常に【タイプ:飛行】以外のユニット全てに攻撃と防御-1000を与える。
スタックバースト【裂空波】:瞬間:フィールド上に存在するユニット以外のカード全てを破棄する。
――――――――――――――――――
「グェエオオオオーーーーーーン!」
ワシの上半身にライオンの体。西欧でも非常に有名な幻想生物、グリフォンが地の底で召喚される。
その羽ばたきから繰り出される烈風は、敵味方を問わず広範囲に弱体化を与えてしまう。
さらにはネームドモンスターや配下には効き目がなく、逆にグリフォンまで攻撃力-9000の重圧に取り込まれてしまった。
もっとも――それら全てが、クラウディアにとっては予定どおり。
姉の作戦を信じるソニアは、さらに1枚のカードを手に取る。
彼女が装着しているアクセサリー『属性ヲ開眼セシ者ノ左目』が発動し、その瞳が風属性の翠緑に輝いた。
「我はソニア・シルフィード! 鉄血の一翼なり!
敬愛せしお姉さまの命により、全てを吹き払う風とならん!
【エアリアル・グリフォン】、スタックバースト発動!」
「2枚目のグリフォン!? いつの間に……」
リンが驚きの声を上げる中、能力を発動させたグリフォンが空中で回転し始める。
洞窟内の大気が流動し、やがて強烈な暴風となって嵐を作り出す。
これがサポーターを務めるソニアの奥義、全てをリセットさせる最終手段。
「【裂空波】ーーーーーーーッ!!」
まるで地下鉄でも通ったかのように、トンネルを高圧の空気が駆け抜ける。
ユニット以外のあらゆるカードを吹き飛ばす、全体効果の妨害工作。
【ニューエイジ・マシン・フュージョン】が解除され、轟音を立てながら【ゴリアテ】と分離する【ダイダロス】。
リンの【アルテミス】と【パワード・スピノサウルス】も相互強化を断たれ、女神から水属性が失われて元の姿に戻る。
そうして嵐が過ぎ去った後、プレイヤー側の装備品や永続プロジェクトは、何ひとつ残っていなかった。
「任務完了っ! であります!」
左目の輝きが消え、ゆっくりとグリフォンが降りてくる中、ソニアは自信に満ちた顔でポーズを取る。
完璧に決まったときの中二病ほど、気持ちの良いものはない。
「うわ~……ほんとに全部、吹き飛んじゃったよ」
「あはは……ソニアちゃんが味方で良かったです。
これを決闘で使われたら、どれだけ計算が狂うことか」
全てを引き剥がされたステラたちは、笑えない状況に冷や汗を流す。
リンクカードやコンボを多用するプレイヤーにとって、妨害工作は天敵そのものだ。
しかも、相手は小学生。まだ開花しきっていないが、いずれ驚異になるのは間違いない。
「よくやったわ、ソニア。
そして、お待たせ。次はサクヤの番よ」
「はははは……なるほど、こういうことかい。
あの兵隊が撒き散らしたデバフと、飛行以外に効くグリフォンの効果。
余計なもんを吹き飛ばしてくれたおかげで、きれいに弱体化だけ残っとるなぁ」
「ええ、思う存分”傾かせて”ちょうだい」
「ここまでお膳立てされたら、やるしかないやろ!
ほな、お友達を呼んでみよか――ユニット召喚っ!」
サクヤが取り出したカードに炎が灯り、美しく燃え上がりながら発動する。
やがて、どこからともなく地の底で発生した雷鳴が、激しいスパークと共に1体の獣を呼び出した。
Cards―――――――――――――
【 白面金毛九尾の狐 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:神
攻撃2700/防御2500/敏捷100
効果:全てのユニットはステータスの増加と減少が逆になる。
スタックバースト【傾国】:永続:全てのユニットは攻撃と防御が平均化され、常に同値となる。
――――――――――――――――――
極東アジア最凶最悪の大妖怪、九尾の狐。
黄金色の体毛を輝かせ、特徴的な9本の尻尾をなびかせる獣。
これがサクヤの”お友達”。強化効果を重ねて戦うラヴィアンローズの常識を、根底から覆す★4スーパーレア。
九尾は国ひとつを傾かせる能力を持っているため、強化と弱体化が入り交じった状況では大混乱を巻き起こす。
しかし、今回はソニアが事前に整えてくれたおかげで、見事に弱体化だけが反転した。
「よっしゃあ! グリフォンのぶんも含めて、みんなに攻撃10000のプレゼントや!」
「(強化と弱体化が反転した……!
サクヤさまが九尾を持っているのは知っていましたが、この状況……
いったい、何枚の★4が出ているんですか!?)」
もはや、セレスティナには信じられない光景だった。
リン、クラウディア、サクヤのスーパーレアが勢ぞろい。さらにはステラがコピーしているため、実質的には計4体。
★4のバーゲンセールかと思うほど豪華な顔ぶれだが、それほどの総力戦を強いられているのも事実。
九尾の登場により【鉄血の翼】が得た戦力は圧倒的だ。
自身のスタックバースト効果で2000ほど下がったスピノサウルスを除けば、攻撃力10000以上のユニットが11体も並んでいる。
だがしかし、対する【ズユューナク】の軍勢にいるのも9枚の盾。
「これで残りの問題は、あの邪魔っけな兵隊だけや。
今の火力なら1体ずつ倒せるけど……それだと、もういっぺん王様にターンが回ってまうなぁ」
「あの攻撃を2回も受け止めるのは、さすがに不可能よ。
無論、私たちにも策はあるわ――ソニア!」
「はっ!」
「もう一度、”お片付け”してちょうだい。
これは、あなたにしかできないことよ。信じているわ」
「うひょおお~っ! お姉さま直々のご命令で、2回もお役に立てる日が来るとは!
ソニア・シルフィード、大忙し!
ソニア・シルフィード、大忙しっ!!」
なぜか2回も言いながら、左目に手を当てるソニア。
その状態からポーズを取った彼女の瞳は、雷属性の黄色へと変化していた。
「洞窟に棲まう地竜どもよ、そなたらには分かるまい!
天空の高さを、風の息吹を、雷の鋭さを!
我が名と共に、その身に刻むがいいっ!」
先ほどの風属性に続き、今度は放電するかのように輝き始めたソニアの左目。
そして、彼女の背後に控えていた霊獣【オボロカヅチ】が発光。4枚の翼に膨大なエネルギーを充満させる。
「いざ、ゆかん! スタックバースト、【朧雷鳴閃】ーーーーーっ!!」
「ウルォオオオオオーーーーーーーッ!!」
咆哮と共に電光放射を放つ【オボロカヅチ】。
これもソニアが使いこなすユニットの効果、敵全体への範囲攻撃である。
あくまでも通常攻撃を範囲化するだけなので、ネームドに無効化されることもない。
【オボロカヅチ】は飛行ユニットなため、グリフィンによる弱体化を受けていなかった。
しかし、反転した9000の効果が乗るだけでも、敵軍の盾を破壊するには十分。
「グワァアアアアーーーーーー…………ッ」
ずらりと並んで王を守っていた近衛兵が、次々と粒子化して消えていく。
その中の1体が能力を発動させて【ズユューナク】を守り、最期の意地とばかりにダメージを通さなかったが、しかし――
これで相手は丸裸。ここから先の攻撃は全て、巨竜の本体に直撃する。
「再び任務完了っ! であります!」
「すご~い! ソニアちゃん、大活躍じゃない!」
「お見事です! これで、もう……あとは1体だけ!」
リンとステラをメインに据え、ユウとセレスティナも火力を担当。
クラウディアが全員を守り抜き、サクヤとソニアが敵の能力を阻害する。
【鉄血の翼】に所属する7人が最大限の力を発揮した結果、ついに竜を射程圏内まで追い詰めたのだ。
戦術指揮を執るクラウディアは、無言のまま妹の頭に手を置く。
そうして優しげな視線を向けるだけで、妹にはどんな褒め言葉よりも価値のある報奨になった。
「みんな、準備はいいかしら?」
「おう! やってやるぜ!」
「このあと、第3形態とか来たらどうする?」
「そんときは『運営のアホー!』言うて、帰って反省会やな」
メンバーたちの表情は明るく、今か今かと”そのとき”を待っている。
クラウディアは追い詰められた竜の姿を撮影すると、その画像をラヴィアンローズのプレイヤーが集まるSNSにアップした。
界隈が大騒ぎになるまで、それほど時間は掛からないだろう。
「それじゃあ、これで倒せるかどうか、試してみましょうか」
ここまで指揮を務め、メンバーたちの能力を見極めながら采配を振ってきたクラウディア。
彼女は前方へ腕を伸ばし、この戦いで最後の指令を下す。
「全軍――総攻撃っ!!」
そして――その直後に描かれた光景は、まさにVR世界の神話であった。
戦車が砲撃し、宵闇の女神が弓を放ち、魔物殺しの英雄が駆ける。
夜叉を引き裂いた剛腕の半獣に、翼を広げて飛び立つ甲虫。
太古の恐竜から、金属に覆われた機動要塞、東洋と西洋の怪物に至るまで、10体ものユニットたちが竜に挑んでいく。
あれほどまでに強靭だった【ズユューナク】の体力が、一撃ごとに大きく削られていく圧巻の最終決戦。
やがて息も絶え絶えになり、残りHPが4桁になったとき――
その向かい側で矢をつがえていたのは、月の女神【アルテミス】であった。
「あたしが最後になっちゃったけど、いいかな?」
「リンが言い出して始まった戦いだもの、あなたが終わらせることに異議はないわ」
「OK! それじゃあ、いっくよー! これが、あたしの……」
「俺たちの!」
「「「「「「「ファイナルアタックだーーーーーー!!」」」」」」」
女神の弓から放たれ、衝撃波を発生させながら突き進む最後の一撃が、【赤晶竜王”ズユューナク”】の胸に命中する。
この瞬間、113000ものHPは再びゼロへと到達した。
「ボォアアアアアアアアアアーーーーーーーーーッ!!」
トンネルを震わせながら響き渡る、壮絶な断末魔。
巨竜の体から光があふれ出し、全身が黄金像のように美しく輝く。
そして、静かにサラサラと。
ネームドモンスター【ズユューナク】は、その巨体を光の粒子へと変えていった。
Notice――――――――――――
【 クエスト達成報酬を受け取れます 】
中級『ネームドモンスターに戦いを挑む』
覇級『ネームドモンスターの討伐に成功する』
覇級『【赤晶巨竜”ズユューナク”】を討伐する』
――――――――――――――――――
「うわ……」
コンソールの通知を見たリンは、その一言しか口から出てこなかった。
トンネルを塞ぐほどの巨体が消え去り、キラキラと舞う粒子がドロップアイテムへと変換される。
それらを確認するよりも早く、彼女らは顔を見合わせて事実を確かめあった。
「やっ……やった」
「やったああああああああ~~~~~~っ!!」
「うおおおおお~~~、勝ったぞ~~~~~~!!」
もはや、洞窟の中に響くのは竜の咆哮でも、激戦の轟音でもない。
ネームドを倒した7名の勇者、少年少女たちの喜びに満ちた声が、高らかに響き渡ったのだった。




